― 日本の歯科矯正 - 医療の歴史

   伝来とその翻訳 ― 齒科矯正學

      irregularity of the teeth / orthodontia / orthodontics

      波那美 / 齒幷 / 齒列 / 齒列不整 / 齒牙鹺跌

      齒列ヲ正シ(1875) / 齒列を撓匡の術(1881) / 齒の療法(1885) / 齒列矯正術(1889) / 矯正歯科学(1906)

 

 

- -  目 次  - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 到達目標

 

 日本の成書・辞書における記述の歴史的考察

   時代区分 @ 欧米 と 日本

 

 明治期の翻訳された養生書,養生,健康,病院

 

 日本の成書に記述された歯科矯正医療の意義と目的の考察

    @ 技術的次元の時代(術:treatment として)

    A 道徳的次元の時代(医療:care として)

    B 国家の健康指標の時代(公衆衛生上の課題,QOL として )

    西洋諸国との比較(尊厳,人権;欧米 と 日本)

 

 日本の歯科医療(含: 矯正)と 西洋諸国:基盤となる医療価値,概念思想,社会保障制度の相違

   リベラルアーツ,プロフェッショナリズム

   Orthodontic treatment と Orthodontic care

 

 歯科矯正:医療から学問への経過

   日本への学問・医療として歯科矯正が伝来・受容された歴史的流れ

   社会保障制度(法令・政策形成)の歴史的背景として

   海外から日本へ受容された歯科矯正の著作物.

   歯科矯正の社会的受容への障害となった歴史的宿命について

    史実(一次資料と歴史の流れ)から歯科矯正への社会医学を俯瞰する.

    公衆衛生(社会医学)概念が遅れた歴史的宿命;

      @ 伝来と受容時期による歴史的宿命.

      A 戦争による情報枯渇による歴史的宿命.

      B 科学者共同体間における制度設計の論争

      C グローバルな健康概念下での公平なあり方(世界共通の歯科矯正の価値)

      D 歯科矯正の基盤となる価値・倫理

   古代ギリシャ・ローマ時代

   中世から近世のヨーロッパにおけるorthopedia(cs) / orthodontia / 齒科矯正

    フランス

    ドイツ

    英国

   米国における近代矯正歯科学

 

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― 到達目標 learning odjective

 

 

 

  問い:いかにしてこの病いへの医療が生まれ,個別科学へと分化し,学問(歯科矯正學)となったのか. 

  問い:どの段階で(どのように いつ 誰)わが国へ伝来し,どのぐらい受容継受されているのか.

  問い:日本国民にとっての歯列矯正は,健康で文化的な最低限度の生活,医学的に必要な医療となりつつあるのか.

  問い日本では,歯列矯正を求める児童生徒の医学的ケアを,医療費の支払い能力を理由に拒んでもよいのはなぜか.

 

  わが国の位置(あなたの視座)はどこか?

    @ 技術的次元の時代(術:treatment として)

    A 道徳的次元の時代(医療:care として)

    B 国家の健康指標の時代(公衆衛生上の課題,QOL として )

        → 西洋諸国と比較(基本的人権; 健康概念,社会モデル,欧米と日本の医療史)

 

   諸外国の歴史・現状を学び,わが国の医療体制の現状との相違や課題を知る.

   歯科矯正医療の健康格差,公平なアクセス,医療保障適用範囲が制限されてきた理由を探る.

   医療機会の公平性,児童・生徒の人権,国民の健康で文化的な生活を妨げている原因を社会問題として知る.

   国民,とくに児童・生徒の口腔の健康格差解消のため,われわれ(科学者共同体)がなすべき使命はなにか?

 

      謎1.学校健康診断における歯の不正の評価(あいまいなデータで医療政策を決めていいの?)

      謎2.歯科疾患実態調査(基幹統計調査に国際疾病分類が適用されていないの統計法違反?)

      謎3.日本の子どもたちが歯科矯正医療を選択できる権利(基本的人権・幸福追及権,健康の不平等)

 

     ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ UHC

       わが国の法令上における歯科矯正の位置と学際的課題

       医療倫理の問題解決の視点

       歯科矯正と応召義務

       いじめ,自尊心,QOLと歯列不正(学校における歯科保健教育)

 

 

 

 

 

 

— 日本の成書(教科書・辞書)における歴史記述の考察:

 

日本の歯科矯正学の教科書における記述では,人物に焦点がおかれて述べられている.

その人々の名前,出版された書籍のについて以下に記した.

 

発行年
引用版
 
1949

最新歯科学全書
第十三巻

齒科矯正學
第4版

 初 版 1949
 第4版 1953

 歯科矯正の発達史
 松風陶歯製造株式会社 編
 『最新歯科学全書』 第13巻 永末書店,1953.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/2423205/1/8



 心理的障害

 山内和夫, 作田守 編集
 『上顎前突 : その基礎と臨床』 医歯薬出版 1981.2.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/12667064



 

 日本の歯科矯正の歴史について始めて記載している.この中に 「我が國における矯正學の専門書としては,大正年間に榎本美彦氏が新纂齒科學講義の中にこれに関して執筆したのが恐らくはじめてではなかろうか.次に寺木定芳氏が...」 とある.しかし,確認できた史料では,寺木定芳氏以前の新纂齒科矯正學講義は,佐藤運雄によるものである.参考文献に年代の記載なく,高橋自身の記憶違いかもしれない.
 これと同様の例は,正木氏の 「齒科医学概論」 においても見られ,後の読者たちはこれを信じることが継続し,いつの間にか 「言い伝え」,あるいは 「脚色や偏好された定説」 となってしまった.
 史料が存在しない場合はそれが正しいことなのか迷信なのかさえわからないことがよくあるのである.

 ☞ 中原泉,樋口輝雄:検証・歯科医学史の書誌.日本歯史学会々誌 29(3): 183-191, 2012.
1960
新編歯科矯正学
永末書店

1960_新編歯科矯正学
 高橋新次郎 著 
 『新編歯科矯正学』 永末書店 1960.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/1378149

 
1974
歯科矯正学
第1版
医歯薬出版

第1篇 総論

1.歯科矯正学の歴史

(前略)
 最後に,わが国における歯科矯正学の発達の歴史について簡単にしるしてみよう.
 わが国の歯科矯正学は,はじめは主としてアメリカの教科書の翻訳によってその大様が紹介されたに止まっていたが,その技術面が実際に紹介されたのは Angle の矯正塾を卒業した寺木定芳によってである.しかし当時の Angle 法は,主として初期の歯弓拡大法であって,今日の技術革新を経たものとはかなり異なっていた.のち榎本美彦によってAngleの改良された edgewise 法が紹介されたが,その装置方法はまだ非抜歯論的立場をとっていたために多くの支持者を得るにはいたらなかった.一方 Angle 派とは対照的に,より簡単な装置で歯弓や顎の発育を助長しながら歯牙を移動しようと試みる,いわゆる生物学派ともいえる Mershon 派の舌側あるいは唇側弧線装置が岩垣高橋新次郎等によって紹介され多くの支持者を得,第二次世界大戦前まではこの唇・舌側弧線装置を用いる方法がわが国矯正学会の主流を占めていた.また1940年代には,ヨーロッパの機能学派ともいえる機能的顎矯正法が高橋新次郎によって導入され,急激に支持者を得たが,その技術的限界が知られるに及んで今日では限られた適応症のみ応用されている.これはこの治療法が白人の不正咬合とくに上顎前突にはかなり有効であるにもかかわらず,日本人のそれには応用されにくい一面をもっているからである.
 第二次世界大戦後は世界の矯正学会の情報が瞬時のうちにわが国にもたらされ,矯正学に対する多くの新しい基礎研究や,治療面での新しい技術が紹介された結果,わが国の歯科矯正学研究と臨床とは急速な進歩をとげつつある.とくに基礎的な研究では世界のレベルと比較して遜色のない進歩がみられる.これらの研究面と臨床的な技術面との間隙をいかに埋めていくかが明日の課題となるであろう.


 
1979
歯科矯正学
第2版
医歯薬出版

第1篇 総論

1.歯科矯正学の歴史

(前略)
 最後に,わが国における歯科矯正学の発達の歴史について簡単にしるしてみよう.
 わが国の歯科矯正学は,はじめは主としてアメリカの教科書の翻訳によってその大様が紹介されたに止まっていたが,その技術面が実際に紹介されたのは Angle の矯正塾を卒業した寺木定芳によってである.しかし当時の Angle 法は,主として初期の歯弓拡大法であって,今日の技術革新を経たものとはかなり異なっていた.のち榎本美彦によって Angle の改良された edgewise 法が紹介されたが,その装置方法はまだ非抜歯論的立場をとっていたために多くの支持者を得るにはいたらなかった.一方 Angle 派とは対照的に,より簡単な装置で歯弓や顎の発育を助長しながら歯牙を移動しようと試みる,いわゆる生物学派ともいえる Mershon 派の舌側あるいは唇側弧線装置が岩垣高橋新次郎等によって紹介され多くの支持者を得,第二次世界大戦前まではこの唇・舌側弧線装置を用いる方法がわが国矯正学会の主流を占めていた.また1940年代には,ヨーロッパの機能学派ともいえる機能的顎矯正法が高橋新次郎によって導入され,急激に支持者を得たが,その技術的限界が知られるに及んで今日では限られた適応症のみ応用されている.これはこの治療法が白人の不正咬合とくに上顎前突にはかなり有効であるにもかかわらず,日本人のそれには応用されにくい一面をもっているからである.というのは,日本人の上顎前突の症例では抜歯を必要とするものが多く,この種の症例にはこの機能的矯正装置は,空隙の閉塞や歯軸の整直という点で技術的な限界があるからである.これに反して日本人の幼若者に多い仮性のいわゆる反対咬合には時として著効を発揮することがあるので,症例を選択して用いられる.床矯正装置も限局的な矯正治療に用いられて現在に至っている.
 第二次世界大戦後は世界の矯正学会の情報が瞬時のうちにわが国にもたらされ,矯正学に対する多くの新しい基礎研究や,治療面での新しい技術が紹介された結果,わが国の歯科矯正学研究と臨床とは急速な進歩をとげつつある.とくに基礎的な研究では世界のレベルと比較して遜色のない進歩がみられる.これに反して臨床技術面では矯正の専門医標榜が長年にわたって許されていなかったこととも関係して,必ずしも基礎的研究と同じレベルにあったとは言えない憾みがあった.しかし1979年から,専門科名ではないが,歯科の中に ”矯正歯科" という診療科名の標榜が許されるようになったので,臨床面での飛躍的な発展が期待され,現に外国の学会で臨床報告をする者も近年になって増加している.したがって基礎的研究とお間の間隙は急速にうめられつつあるといってよい.

 ・・・・・ 部 は,第2版への追記分.

 
1991
歯科矯正学
第3版
医歯薬出版

総論

第1章 歯科矯正学の歴史

 翻って,わが国の歯科矯正学の歴史を振り返ってみよう.1908年に寺木定芳がアングルスクールを卒業(1906)して帰国したが,当時は矯正患者がほとんどいなかったとのことである.その後,岡田 満が1918に,その翌年には榎本美彦がアメリカより帰国した.寺木は ”歯科矯正学綱領”(1913)を出版し,”歯科矯正学研究”という月刊誌を発効している.また,寺木は東京歯科医学専門学校で歯科矯正学の講義を行い,その後1914年に榎本美彦が担当した.そして実際に附属病院で矯正患者の治療を開始したのは1914年10月と記録されており,その臨床例が1918年4月に開催された第5回日本医学会の第16分科会において”顎間固定法−興味ある転位歯矯正例についての矯正実験模型供覧” として斉藤久により発表された.
 高橋新次郎はペンシルバニア大学でムシャーン(Mershon, J. V.)の舌側弧線装置(1918)を修め,1925年に帰国して,文部省歯科病院に勤務し,矯正治療を開始した.舌側弧線装置は Olover, O. A. の唇側弧線装置と併用され,今日では labiolingual system として体系づけられている.
 日本矯正歯科学会の設立は,1926年9月で,榎本美彦が初代会長に就任し,1939年まで会長職にあって,学会の基礎を作った.日本矯正歯科学会会誌の第1巻は,第1回矯正歯科学大会記念号として昭和7年4月に刊行された.
 Angle の教えを浮けた三内多喜治は,松本茂暉(1924〜1927,Angle school )が帰国すると,日本赤十字社病院矯正室を作り,彼にAngle学派による矯正治療を行わせた.松本はその後いわゆる松本式矯正法として,日本中の開業医に対して講習会を行うなど矯正治療の普及に努めた.
 以上,わが国の歯科矯正学の創設期のことについては,日本矯正歯科学会50周年記念特集”座談会—創設期を振り返って—”より一部引用した.
 第二次世界大戦による空白時期の後,・・・・・


2001
歯科矯正学
第4版
医歯薬出版

T編 総論

1章 歯科矯正学の歴史

 さて,わが国における歯科矯正学の歴史であるが,1908年に寺木定芳がアングルスクールを卒業(1906)して帰国し,矯正歯科臨床を行った.その後,岡田 満(1918),榎本美彦(1919)が米国より帰国し,1914年に寺木が行っていた東京歯科医学専門学校の歯科矯正学の講義を引き継いだ.その臨床例は1918年の第5回日本歯学会第16分科会で”顎間固定法−興味ある転位歯矯正例についての矯正実験模型供覧−” として斉藤 久が発表した.
 また,高橋新次郎はペンシルバニア大学で Mershon の舌側弧線装置(1918)を習得し,1925年帰国し,文部省歯科病院で矯正治療を開始した.舌側弧線装置は Olover, O. A. の唇側弧線装置と併用され,Angle の流れをくむ榎本美彦らの機械的矯正治療とは対照的に,より簡単な装置で歯列弓や顎の発育を助長しようと試み,いわゆる生物学派であり,多くの支持者を得,第二次世界大戦まではこの唇舌側弧線装置を用いる方法が,わが国矯正歯科界の主流を占めていた.また,1940年代には機能的矯正装置として Andresen と Hauple (1936)により開発されたアクチバトール(FKO)を用いた”機能的顎矯正法”を高橋新次郎が導入し,かなり普及したが,その適応症に限界があり,その後,主として Angle T級の反対咬合患者の矯正歯科治療に用いられるようになった.
 第二次世界大戦後は,・・・・・・


2003
花田晃治 「日本の矯正歯科学の歴史」 掲載にあたって
 日本の矯正歯科学の歴史」掲載にあたって」
 Orthodontic waves: 日本矯正歯科学会雑誌 62(2) 
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/10631625

鈴木祥井,石川富士郎,大野伴粛英
日本の矯正歯科学の歴史(T)序.Orthod Waves 62(2): 75-95, 2003.
日本の矯正歯科学の歴史(U)第2章 大正デモクラシー下のわが国の矯正歯科学 Orthod Waves 62(2): 96-122, 2003.
日本の矯正歯科学の歴史(V)第3章 日本矯正歯科学会の草創期(1926〜1936)Orthod Waves 62(5): 279-310, 2003.
日本の矯正歯科学の歴史(W)—発展期から現在まで— 日本矯正歯科学会の組織と構成 Orthod Waves 62(5): 311-331, 2003.

  歴史には様々な切り口や視点がある.鈴木らの論文からは,多くの疑問,未発見の史実が多く残されていることが一読するとわかる.
   人物史を中心にした歴史観で記載されており,輸入され翻訳された多くの書物についての記載は少ない.




 

日本の矯正歯科学の歴史(T)p.78 には,

 『この山がアメリカ式歯科教育を目指して東京府の認可を得て1890(明治23)年1月18 日に設立した 「山齒科醫學院(注5)(現・東京歯科大学)」 では,同年10月から毎月1冊のペースで 「山齒科醫學院講義録」(第1版,図4)を発刊した 8).これは1892年の9月まで続いた.その 「齒科…班」〔注6)のなかで,歯科矯正学の部分を青山松次郎(別掲)が執筆している.岩垣によれば,これが日本における「齒科矯正學」という用語の使われ始め 9),といわれる.しかしその1年前(1889年),パライトの著書を翻訳した小林義直の 「齒科提要」(注7)(図5)にすでに 「矯正」 という語がでている 10).』 という記述がある.

 史料を検証すると,岩垣の説は1次史料によって検証されたものではなく,間違いであった.過去の座談会の発言などで,その出席者の 「.....と思う」 といったことを根拠にして,「〇〇によれば,.......  」 という間接的引用は,引用や史料批判としてあってはならないものである.1次史料を自身で確認することの大切さは,歴史認識に偏りの生じる理由として坂井氏が述べている.著者自身での確認は研究者の基本である.

2008
歯科矯正学
第5版
医歯薬出版

T 歯科矯正学の歩み
 8 わが国における歩み
 転じて,わが国における矯正學の歩みについて一顧してみると,まず歯科の最初の教科書とされる山紀齋の著書(1881)に 「蹉跌論」 として不正咬合についての記載がわずかにあるが,実際の矯正の治療技術を最初に伝えたのは,Angle スクールを卒業し1908年に帰国した寺木定芳である.その後も榎本美彦によって,拡大装置を主としたいわゆる器械派の装置が紹介されるが,多くの支持を得るにはいたらなかった.Mershon の講義を留学先で聴いた高橋新次郎は,1925年に帰国し,いわゆる自然派のラビオリンガルテクニックを岩垣 宏とともに伝え,広く浸透させた.加えて,高橋は1940年代にヨーロッパよりアクチバトールを導入しているが,戦時下の社会情勢にあってか,十分な普及にはいたらなかった.戦時中,米国からの器械派を軸とした情報は一切が絶たれる状況となったが,戦後を迎え,ライトワイヤ―テクニックとして,Begg 法や jarabak 法が導入された.しかし,そのライトワイヤ―ブームも次第に下火となり,エッジワイズ本来のテクニックが再燃することになる.ただし,わが国の臨床の特徴として,器械派的な手法ばかりでなく,戦前,戦後から踏襲されてきた自然派や機能派の考え方が,底流にあるように思われる.



 第4版までは,「日本人による臨床技術の導入」 を以て日本の歯科矯正学の始まりとしていたが,第5版からは 「文章としての記述」 をもって歯科矯正の始まり(歯科矯正という語はなかった)とするようになった.
 日本の歯科矯正学の歴史は寺木定芳から始まっていたが,第5版より山紀齋の 「鹺跌論」 (教科書の蹉跌は鹺跌の間違い)が最初の教科書として登場する.
 歯科の最初の教科書と書かれているが,それ以前にもいくつかの翻訳書は存在する.

 後記した坂井氏の指摘するように,現代医学のルーツやパラダイムの変換点を探し求める遡及的医学史では,医学の発展・進歩の真の姿を描くことはできない.




2019
歯科矯正学
第6版
医歯薬出版

II・2 日本における歯科矯正学の発展の歩み
 歯科矯正学の日本における夜明けは明治に入ってからである.山紀齋は1872(明治5)年から私費で渡米し,歯科医学を修めて1878(明治11)年に帰国した.そして開業のかたわら 『保齒新論』 を著した.その中に 「蹉跌論」 <注:原文のまま.蹉跌論は,鹺てつ(齒に失う)が正しい>の記載がある.これが現在の不正咬合論に当たるものであり,日本における歯科矯正学の夜明けと考えてよいだろう.山は 1890(明治20)年に山齒醫学院(後の東京歯科大学)を創立した.その後,血脇守之助に移譲され東京齒科醫学院と名称が変わったが,引き続き講義録が改訂,出版されていった.その中で歯科矯正学に関しては,青山松次郎,血脇守之助,佐藤運雄,榎本美彦らが執筆している.一方で 1909(明治42)年に認可された日本齒科醫學専門学校(後の日本歯科大学)における講義録の中で 「齒科矯正術」 を著したのは高島多米治であった.また日本で最初に著された歯科矯正学の成書は小島原泰民の 「鹺齒矯正術」(1900)であるとされている.


 山紀齋の著書名 「保齒新論」 が登場.その中の 「鹺跌論」 が,現在の不正咬合論に当たることが紹介された.山齒科醫学院の創立,青山松次郎による講義録も記述されている.

【 保齒新論 の著者はだれか? という問題.和本の編著の役割について 】
 保齒新論は,山氏の著作物ではなく,編纂されたものであることは山氏自身が述べている.保齒新論の前書きには,トーマス氏 比較解剖書 / オーウン氏 齒牙論 / カーレットソン氏 口科全書 / ハーレイ 口内外科書 / ヲーハア氏,ガブレイ氏 齒病書 等を参伍鈔譯シ編シ(抜粋翻訳して編集し)保歯新論と名付けたと本人が書いている.
 書誌研究(樋口ら)によって,保齒新論は1879年に米国で出版された The mouth and the teeth, Series Title(s): American health primers. / by White, James William, 1880. を翻譯(抄訳)したものであり,その最後に,「歯黒」に関する章を付け加えたものであるとの報告があr.
 山自身も「著」 ではなく,「述」 を使っていること,保齒新論の図はホワイト氏の書と全く同じで,各章の構成も同じである.明治期の和本のルール 「著」 として,内容に創造性あるとは認定できないのではなかろうか? 史学における史料批判としての検証は欠かせないものである. 山自身も「著」 ではなく,「述」 を使っていること,保齒新論の図はホワイト氏の書と全く同じで,各章の構成も同じである.明治期の和本のルール 「著」 として,内容に創造性あるとは認定できないのではなかろうか? 史学における史料批判としての検証は欠かせないものである.

   明治期の和本・翻訳書のルール:

     纂(さん) :集めてそろえる.編集する

     著(ちょ) :書物にあらわす.内容に創造性があり,書き手が責任を有する.著述.

     述(じゅつ):述べること.述べたもの.人の言行を記述したもの.

     著述:書物を書きあらわすこと.著作.

     編纂/纂述:いろいろの材料を集め,整理・加筆などにより書物にまとめる.

     翻譯/共譯/〇〇氏著/譯述:翻譯したもの

     筆記/口述ノ筆記:誰かの講義を記したもの

 

編著の役割例)書名
和本 述 保齒新論
 譯述 歯科提要
 共譯 歯科全書
 纂述 鹺齒矯正術
  著 齒科矯正學綱領

 

  ☛ 参考:編著の役割と用語.

         橋口侯之介:和本入門 千年生きる書物の世界.p.145-   

         平凡社ライブラリー 2011.

 

以下のリンクから各自で実際に比較確認されたい.

  ● 保齒新論:鹺跌論
     山紀斎 著 『保歯新論』 下,有新堂,明14.6.
     国立国会図書館デジタルコレクション
     https://dl.ndl.go.jp/pid/836566

  ● 翻譯された原本:
     The mouth and the teeth. / by White, James William, 1826-1891. ©1879
     Irregularities of the teeth 『鹺跌』 と翻譯

 編纂の参考にしたという 「ガレットソンの口科全書」は,後に河田麟也によって 「歯科全書」 として翻譯出版された.この中に orthodontia という語があり,河田麟也はこれを 「齒の療法」 と訳している.歯科全書の中での 「歯の不正」 の章は大変長く詳しいのに比べれば,保齒新論はあまりにも簡単すぎる冊子である.したがって orthodontia を始めて翻譯した日本人は,河田麟也であり,これに 「矯正」 という語を適用させたのが後の小林義直ということになる.
 The mouth and the teeth を抄訳した保齒新論は,こうした記載がなくどう評価すべきだろうか.歯科矯正とはなにか?ということにもなるが,それ以前に歯の不正について記載された養生書はいくつも翻譯されている.

  樋口輝雄: "The Mouth and the Teeth" 初版本(1879) と 『保齒新論』(1881) について.
  日本歯科医史学会会誌 23(1)
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/11496481 (参照 2024-10-15)



2024
歯科矯正学
第7版
医歯薬出版

第1章 歯科矯正学の定義と歴史

I・1 歯科矯正学の語源
 「矯正」の語源には,曲がったものをまっすぐにするなどの意味をもつ「矯(た)める」が含まれている.わが国の教科書では,1891年に青山が初めて 「歯列矯正術」 と記載し,1906年に血脇が 「歯科矯正学」 を独立した教科とした.
 欧米では,まず1841年のフランスで,ギリシャ語の 「正しい」 ορθος ,と 「歯」 οδους の2語に由来する "orthodontia" と表現された.その後,1849年にアメリカで,Harris が教科書に "orthodontia" と記し,1908年にはイギリスの Oxford 辞典に ”orthodontics" と収載されて現在に至る.

@ 日本歯科医史学会による 「歯学史研究 第一巻(1969)」 には,昭和42年4月15日(土)午後2時より日本大学歯学部大学院小会議室にて開催された 第4回集談会(4月例会)の抄録が載っている.開催演題は,「日本に於ける矯正歯科史について」 であった.その中で,岩垣宏 氏が,「日本における矯正歯科史」 について発表し,その抄録には 「歯科矯正学という用語は,従来佐藤運雄が最初といわれていたが,明治23年に青山松次郎が歯科矯正学を山歯科医学院講義録中に記述しているのが最初であろう.」 と書かれている.この部分が後に, 「岩垣によると,」 として引用され間違った歴史の連鎖になっている源である.同じ項には講演後の質疑も記載されており,明治42年に寺木定芳が帰国する以前,明治25年に榎本積一氏が症例報告をしていることが追加発言されている.しかし,実際の原典史料を渉猟し確認しても,「歯科矯正学」という言葉はない.この時期は,歯列矯正術から歯科矯正学として学問が成立しつつあった時代であるため,昭和42年の岩垣の時代から見たときに,講義録の記述が歯科矯正学に該当する内容であったことを述べたに過ぎないと解釈すべきであろう.いつの間にか,講義録の中に「歯科矯正学」という用語が初めて記述されたと誤解されたのであろう.

A 「1906年に血脇が「歯科矯正学」を独立した教科とした」 について;
 1906年に医師法,歯科医師法が制定され,
同時に公立私立齒科醫學校指定規則が定められた( 1906年の項:官報10月30日 文部省令第17號 を参照.).文部科学省令第17號にて,その指定を為すべき授業内容として,必修科目:解剖學,生理學,病理学総論,診断学大意,薬物学,細菌学,外科学総論,歯科学を定め,歯科学の課目として,@歯科病理学,口腔外科学,歯科治衛學,歯科技術學,矯正歯科學を備えること.教員数や学生数に応じた患者数などの条件が法令で定められた.この法令を遵守するために,東京齒科醫学院においても授業内容に 「歯科矯正学(法令では,矯正歯科學)」 が独立の課目とされた.政策・医療制度によって定められたのであり,血脇が... という記述ははたして適切なのであろうか.

 榎氏が第2版で指摘していたこと,基礎研究と臨床技術面の憾み,すなわり医学の社会への適用,歯科矯正学を国民へ公平に配分するという 矯正歯科医の社会的使命 はうめられているだろうか,格差なく国民にとって公平な歯科矯正医療は達成できているだろうか.われわれ歯科界,歯科矯正医はすべての国民のために自問自答すべき喫緊の社会課題である.




 【まとめ】
  @ 歯科矯正学は,社会的,経済的,文化的因子とも関連する幅広い分野であり,その歴史について教科書一冊にまとめることは困難であろう.
  A 学問の伝来は,解體書などの医学書から始まっていたが,現行の教科書は人物に焦点をあてたものがほとんどであった.
  B 取り上げられた人物は,著者によって,
その始まりとするところ(何の嚆矢なのか不明)に定説がなかった.
  C これは,樋口・中原らの指摘するように,歴史における恣意的な過大評価,偏見や過信,先人たちへの感情移入による陥穽とされる.
  D 成書に書かれていることを,疑ったり疑問を持つことは学生たちには困難であり,定説,歴史認識の誤認の連鎖となっていた.
  E 一次史料(原典)から確認すると,以下のようになる.
 

 

 歯科矯正 〇〇 の嚆矢(日本)

- -  知識として

    @ 記述 の   嚆矢:太 安万侶(712 和銅5)古事記; 波那美波 志比斯那須(歯並は椎や菱のごとく)

    ※ 伝来 の   嚆矢:ヘラルドゥス ディクテン(1722)ターヘルアナトミア;脚注の未翻訳部分.

    A 翻譯 の   嚆矢:ヘボン, J. C.(1867 慶応3)和英語林集成歯並が悪いthe teeth are irregular.)

    B 翻譯 の   嚆矢:土岐 頼徳(1872 明治5)啓蒙養生訓齒列整はぬときの抜去

    C 翻譯 の   嚆矢:横瀬文彦/阿部弘国(1873 明治6)西洋養生論歯列(ハナラビ)の用語

    D 翻譯 の   嚆矢:小林 義直(1875 明治8)四民須知養生浅説irregular を 「歯列不整」 と訳す

    E 翻譯 の   嚆矢:松本順:閲・澤田俊三:譯(1876 明治09)育児小言a double teeth を「八重歯」 と訳した.

    F 記述 の   嚆矢:伊沢道盛(1881 明治14)固齢草: 一名歯牙養生譚「齒列を撓匡の術」 と記した.

    F 翻譯 の   嚆矢:山 紀齋(1881 明治14)保齒新論irregularity of the teeth を 「齒牙鹺跌」 と訳した.

    G 翻譯 の   嚆矢:河田鱗也と大月龜太郎

                           (1885 明治18)歯科全書orthodontia を 「歯の療法」 と訳した.

    H 翻譯: 矯正の嚆矢:小林 義直(1889 明治22)歯科提要orthodontishe behandlung を 「歯列矯正」 と翻訳.

    I 講義 の   嚆矢:青山松次郎(1890 明治24)山齒科醫學院講義録 「齒の不整」 

- - 実践として

    J 演説   の 嚆矢:榎本 積一(1892 明治25)亂排齒矯正術(16歳女)の矯正例.(現在の症例報告か?)

    K 論文報告の 嚆矢:八百枝康三(1896 明治29)鹺跌矯正ノ實験

    L 学会発表の 嚆矢:佐藤  久 (1918 大正7)              ということが一次史料から確認された.



 <今後の社会への適応として検証すべき課題:>
☛ ある国,ある地域の,ある時期や時代において,各国,各地域における不正咬合の疫学的調査では,どの調査においても,医学的に治療を要する歯列不正の発現率は40-50%程度である.日本においても,歯列不正は児童生徒の健康で文化的な生活を妨げ,いじめやからかいによる不登校の原因になっているが,医学的な治療が必要な歯列不正は外科的介入が必要な重篤症例(IOTN grade5)のみに公的医療保障が適用されるという状況であり,子どもの権利条約,あるいは児童生徒の基本的人権さえ保障されていない,のんきな国家である.矯正歯科医は目の前の診療に忙しく,歯科界は社会的問題に気づいてさえいない.学校健康診断における咬合・歯列の健康診断の発現率は4-5%(県によっては10%以上もある)はなぜか?
 判定基準が世界的な基準(IOTNやSalzmann index など)とは異なる日本独自の主観的直観による基準(3段階法)という調査者間の経験値の違いが大きな原因であろう.日本人の歯列不正の発現率が低いのはなぜか? 
 また,歯科疾患実態調査では,長年にわたり,総務省統計法による法的に定められている疾病分類 K7 が,厚生労働省において実施されていないのはなぜか? 
 結論として,日本の歯科矯正医療,その社会への適用はまだ始まったばかりである.歯科矯正専門医の社会的使命は何か?

 歯科矯正は医療か?という質問もよく受けるが,本人の心の持ちようを自身の利益に置くか,困っている国民に求めるかでことなる.歯科矯正医療は,「健康で文化的な最低限度の生活」 に必要ないと考える歯科医は美容医療と考え,経済的理由で歯科矯正医療を受けることができない本当の患者,歯並びによる苦悩や いじめ/からかい にあう児童生徒の心情を思う気持ちがある歯科医は医療と考えるであろう.歯科医療とは何か.


日本国憲法
基本的人権の尊重とは,人が生まれながらにして持つ権利を尊重することです.
憲法第11条では,基本的人権を,「侵すことのできない永久の権利」 として国民に与えられると宣言しています.
第25条では,生存権を保障し,「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」 と記しています.

第十四条 すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない.
二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 A 国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない.

 



 

 

 身体の姿勢を正す(美容好姿)ための整美のための徒手体操として 「身體矯正術(身體美容術)」 も古くから用いられていた.あるいは,「矯正施設」 や 「非行を矯正スル」 といった用例,「視力矯正」など.渉猟した限り,明治2年の法令全書に 「弊風を矯正セシム」,1882年には 「身体矯正法」 が全国の尋常小学校などに配布されている.いわゆる ラジオ体操 の全国普及も始まっていました.

 

身體矯正術  身体美容術

 

 出典:

   (上左)

   『新制体操法』 体操伝習所 明15.6.(1882)

   国立国会図書館デジタルコレクション

   https://dl.ndl.go.jp/pid/860229

   (上右)

   増田正章 編 『尋常小学生徒戸外遊戯法』 下 開発社 明20.4.(1887)

   国立国会図書館デジタルコレクション

   https://dl.ndl.go.jp/pid/860226

 

 

 

岩波書店 広辞苑 第4版 p.670
きょう-せい 【矯正】 欠点をなおし,正しくすること.「歯並びを―する」
 ―・いん【矯正院】
 ―・きょういく【矯正教育】
 ―・じゅつ【矯正術】@身体の姿勢を矯正するために行う徒手体操.A機械的作用を応用して,人体骨関節系の運動障害または変形を手術せずに矯正する術
 ―・しょぶん【矯正処分】
 ―・やく【矯正薬】

 

 

小学館 大辞泉 第1版 p.693

きょう-せい 【矯正】〘名〙スル 1⃣ 欠点・悪習などを正常な状態に直すこと.「発音を―する」 「歯列―」  2⃣ 刑務所・少年院などに収容されている人たちの改善更生のための処遇を行うこと.従来の「行刑」に代わって用いられている語.「―施設」 「―職員」

 ―いん【矯正院】

 ―きょういく【矯正教育】

 ―じゅつ【矯正術】四肢の変形などを,機器を用いて矯正する術.また,身体の姿勢を正すための徒手体操.

 ―しりょく【矯正視力】

 ―ほご【矯正保護】

 ―やく【矯正薬】

 

 

以上についてまとめると,矯正という言葉,「矯正術」,「矯正セシム」 や 「補綴セル」 という日本語は,漢学に由来した言葉であり,日本国にイーストレーキ氏が西洋歯科醫術を伝える遥か以前,中国大陸における後漢初期(西暦25年〜250)に書かれた春秋戦国時代の吾と越に関する書物 『越絶書』 の 「越絶篇叙外伝記」 にまで遡ることができます.

『康字典』 より

 

 鹺

 齒失

 跌

 

 鹺  歯失(てつ)

 

 

【さてつについて; @ 鹺跌 と A 鹺てつ(齒失)

   保齒新論では, 「鹺跌」 と訳されているが,

   講義録では,  「鹺てつ(齒に失と書く)」 が用いられている

   ※ 鹺跌は,irregularity を翻訳したものである.

 

Irregularity_1876

 A History of Dental and Oral Science in America. / by James E. Dexter 1876. P.108-
本書は,米国歯科科学会 American Academy of Dental Science がとりまとめ,
p.108-111 に IRREGULARITIES(齒の不正)の記述がある.

この全文を直訳したものは,山歯科醫学院講義録第六巻に 「歯科学術沿革史」 として転記されている.

☛ 山齒科醫学院講義録(歴史)鹺てつ(齒失)は p.251-258

 

講義録では 鹺てつ(齒に失と書く)

 

『山歯科医学院講義録』 第6巻 p.251 山歯科医学院

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/836548

 

 

 

1728 Pierre Fauchard1678-1761

 dérangement des dents 歯の乱れ / mal arranges 位置異常 / les dresser 正す

 など述べ,治療例を記述した.

 

1841年 J. Lefoulon

 歯の配列の異常を orthodontosie と述べた.
 1844年に,Thomas E. Bond, jr. は,Orthodentosy と英語に翻訳した.

 

1849 Chapin A. Harris

 歯科医学辞典を編纂し,以下の定義を記述.p.558

ORTHODON'TIA. Dental orthopӕdia; from ορθος, straight, right, and οδους, a tooth. That part of dental surgery which has for its object, the treatment of irregularity of the teeth. See Irregularity of the Teeth, treatmeot of.

ORTHODON'TIC. Relating to the treatment of irregularity of the teeth.

ORTHOPÆDl'A. From ορθος, straight, right, and παις, a child. The correction of deformities of children, such as club-foot, &c.

ORTHOPED'IC. Relating to orthopӕdia.

 

Irreurality of the teeth. は別項参照.

 

 

 

 

 

本国 は; - - - - - - - - - - - - -

  0712年.太安万侶は,波那美波 志比斯那須(歯並を椎や菱)と例えた.齒黒.

irregular:

  1867年.ヘボン(Hepburn,J.C.)は,歯並が悪い The teeth are irregular. と翻譯

  1872年.土岐頼徳は,齒列整はぬとき の抜歯と翻譯

  1873年.横瀬文彦・阿部弘国は,「歯列(ハナラビ)」 と翻譯.

  1875年.小林義直は,irregular を 「歯列不整」 と翻譯.

  1876年.松本順・澤田俊三は,double teeth を 「八重歯」 と翻譯.

  1881年.伊沢道盛は,「齒列を撓匡の術」 と述べた.

Irreulaity of the Teeth:

  1881年.山紀齋は,「齒牙鹺てつ(齒に失う)」 と翻譯.

  1885年.河田鱗也は,「齒の不整」と翻譯.

Orthodontishe Behandlung(英;orthodontic treatment):

  1885年.河田鱗也は,orthodontia を「歯の療法」と翻譯.

  1889年.小林義直は齒列矯正術」 と翻譯.

  1892年.山紀齋は,「鹺てつ(齒に失う)療法」 という用語を用いた.

  1900年.小島原泰民は,「鹺齒矯正術」 という用語を用いた.

 

 

 

【まとめ】

1. 歯並びや姿勢は,わが国においても古代(古事記)より対人関係において重要なものであった.

2. 「矯正」 という日本語は漢学に由来し,その概念はずっと以前から存在し,日常的に使用されていた.

3. 歯並に関する翻譯は,1867年の ヘボン Hepburn J.C. の 「和英語林集成」 が嚆矢とされる.

4. 齒列を撓匡の術,鹺てつ療法,歯列矯正,鹺齒矯正 といったいくつかの候補中から,しだいに選択され,現在に至った.

5. 漢学の素養があった小林義直によって考案適用された「矯正」が,現在に至り選択され使用されている.

6. 歯科の教科書は,ドイツ語や英語の書籍の直訳,抜粋抄録,翻訳したものが多く出回っていた.

 

 

 

 

 

 

— 明治期の翻訳された養生書,養生 hygine ,健康 health,病院

 

 養生文化は中国が起源であり,紀元前の商(殷),西周の時代にまでさかのぼり,経書 『周来』 「天官」 には,専門医の毎年のテストなどの記載があると,謝心範氏はその著書 「養生の知慧と気の思想」 で述べている.この当時の日本は,まだ弥生時代から古墳時代であり,日本での 「養生」 という言葉は,伊予国風早(現在の愛媛県北条市)の人で歴代天皇に使えて始めて養生に関する記述を行った 物部広泉 が 『摂養要訣』20巻を著したのが始めである.とのことである.また,江戸時代までの養生に関する書籍の著者は100名を超え,これらの詳細も謝氏の書に丁寧に記載されている.

 以下に,明治期において,齒に関する 「養生」 と名のついた書をあげた.いずれも明治以降,医学書の翻訳によるものである.学問としての「歯科(歯科矯正)」が成立する以前は,その記述は種々の一般的養生書や医学書の中に散在して見られ,多くは医師や歯科医ではない蘭学医や翻訳者によって書かれていた.

 

 

 

【日本の養生書:】

 

成立年不詳     『摂養要訣』20巻     物部広泉(平安前期の医師)

 

1712(正徳02) 養生訓

 

     >>>江戸時代までに 100を超える養生書がある

              「齒の不正」 や 「生え変わりによる位置異常」 を記述した書は年表にも記載.

- - - - - - - - - - - - - -

1872(明治05) 養生新論          鈴木良輔 

1872(明治05) 啓蒙養生訓         土岐頼徳 纂輯

1873(明治06) 西洋養生論         横瀬文彦,阿部弘国 

1875(明治08) 四民須知養生浅説     小林義直 

1876(明治09) 育児小言(智巴士氏)   松本順 澤田俊三

1879(明治12) 小學校用養生淺説    小林義直 譯述

1879(明治12) 小学校用養生浅説釈解 小林義直 校閲三田利徳 編輯

1879(明治12) 齒乃養生法         小幡英之介 桐村克己 

1881(明治14) 保齒新論          山紀齋 

1882(明治15) 齒の養生           山紀齋 

1890(明治23) 通俗 齒の養生法      山紀齋 演述,和田中 筆記

1890(明治23) 齒之羪生法         塩島栄作 

1906(明治39) 官報 10月30日 文部省令第17號 法令上の授業課目 矯正齒科學 となる.

1912(明治45) 通俗 齒の養生法     齒科衛生普及會 編纂

 

 

 

(出典引用:文部学省:日本の人文学およ社会科学の課題) 

 ここでは、これらの課題に入る前提として、日本の近代化の過程において、近代西欧起源の「学問」を受容・継受した、いわゆる 「輸入」 したという歴史について一言触れておきたい。重要なことは、その時期が、欧米において「学問」が概ね専門分化を遂げた直後の19世紀後半であったという事実である。特に、日本が受容した欧米の人文学及び社会科学とは、知の全体としての総合性や体系性を保とうとする「学問」というよりも、西洋社会において専門分化を遂げた「個別科学」であったのである。おそらく、このような歴史的な経緯が、その後の日本の「学問」の在り様を規定していると考えられる。このことは、「サイエンス」の訳語として、専門分化を前提とした「科の学」としての「科学」という日本語が当てられたということにも現れていると言ってよい。

 このように、西洋社会において専門分化を遂げた「個別科学」を受容・継受したことが、結果的に日本の人文学及び社会科学の展開の中で、人間、社会、歴史、文明といったものを俯瞰しつつ総合的にとらえる視点の確立を阻害する要因として作用した可能性を考えることができる。この問題は、一種の歴史的な宿命と言わざるをえないものであるが、日本の「学問」の在り方を考えるに当たり、踏まえておくことが必要な視点と考えられる。

 

 

 

 

— 齒科矯正医療から学問への歴史

 “Orthodontics” という言葉が創られる遥か昔,紀元前五万年以前のサピエンス史の当初より,今でいう ”叢生” や “骨関節症” は既に存在していました2).これらは発掘されたネアンデルタール人の下顎や頸椎に,そして驚くべきことにギリシャや王政ローマ以前のエトルリア文明の遺跡,エジプトのミイラからも歯を移動(固定)する装置が報告3)されています.

  

 

 

 

― 日本の歯科矯正:医療から学問へと受容された歴史的経過

歯科矯正医療から Public Health,社会保障制度(法令・政策形成)への歴史背景

海外から日本へ受容された,あるいはされなかった歯科矯正の著作物.
 歯科矯正の社会的受容への障害となった歴史的宿命について

出版年

和書名

編著の役割 と
その人名

原書 / 著者名

BC1400
|
BC450


旧約聖書
 ソロモンの雅歌 第六章
 「なんじの歯は毛を剃りたる牝羊の浴場より出たるが如し,......   」

   白い清潔な歯がきれいにならんでいることを美と健康の象徴であると伝えたことは古今東西に共通したものであるらしい(歯科矯正学 第一版 榎恵)と書いてある.


日本最古の書 『古事記』 には,道端でであった美しい娘の 歯並 は 「菱」 や 「椎の実」 に例えられた.
     ☞ 「白いきれいな並び」 は,古今東西に共通の美と健康ではなかった
      712年 古事記の項.参照.
      黒歯国.お歯黒.


 日本の公共放送では,八重歯の国民的キャラクターが 平然 と存在しています.
 一方では,家庭の経済的事情で治すことのできない子どもたちは,
 「いじめ」,「からかい」 の対象となり,不登校の原因にもなっていることを文部省も認定しています.
 はたして,チコちゃんの 立ち位置は?
 
    身体障害である歯の位置異常のキャラクター(日本の公共放送NHK:チコちゃん) 日本の公共放送キャラクター

 わが国の歯科医療,「文化背景」,「制度設計」 や 「口腔の健康」 の 思想的背景 をよく表しています.

 グローバルな社会,人間の移動による価値の変容により,多くの変化は主として明治以降におりました.
 日本における歯科矯正医療は,西洋諸外国からの社会への適用,道徳的な側面において約半世紀近くの相違があります.
 こうした相違にさえ気づいてさえいない歯科医・歯科矯正医が大多数ではないでしょうか.
 歯列不正に悩み,医療制度の不平等や健康格差について,多くの国民や子どもたちは気づいています.


 人々の生活水準が向上するにつれ,歯科矯正を含むより高いレベルの医療を受ける権利が国民にはあります.
      
■ 健康とは: 社会的 精神的 身体的 良好な状態.


では,世界から日本国に,「歯の不整」 が伝来してきた歴史を順に見てみましょう.

 

BC460

|

377

弥生時代

-

Hippcrates

Hippocrates

BC460377

 

成書4)によると,顔面の変形の中で歯の叢生について最初に記述した人物は,古代ギリシャの医者ヒポクラテス(Hippocrates, BC460377)とのことです.しかし,その文章は,”Among individuals whose heads are elongated, some have a big neck and strong members and bones; others have an arched palate, teeth arranged in an irregular fashion, topsy-turvy, and they suffer from headache and otorrhea.(英訳)” と記述され5),残念ながら二千年前で実際の実物出典6)を確認できませんでした.歯が凸凹しているという記述でのみです.

 

 

BC25

|

AD50

弥生時代

-

Aulus Cornelius Celsus

Aulus Cornelius Celsus

BC25AD50

 

De Medicina(邦訳:医学論)全8巻」

 現存するケルススの著書De Medicina(邦訳:医学論)全8巻」は,アレクサンドリア図書館の喪失によって一部消失したとのことですが,古代ローマ医学を知る貴重な資料です.ケルススの研究者によると,彼の病気の治療に対する原則は,「健常な体の動きをよく観察し,患者の体がそこから外れていれば矯正する」というものであり,De Medicina VIIp.371には,” In children too if a second tooth is growing up before the first one has fallen out, the tooth which ought to come out must be freed all round and extracted; the tooth which has grown up in place of the former one is to be pressed upwards with a finger every day until it has reached its proper height. (ラテン語からの英訳) と記述があり,歯列から外れた永久歯は,乳歯を抜歯後に,正しい高さにもってくるように指で毎日力を加えることが述べられており,多くの成書にてこれが矯正歯科治療の初めなる記述として記載しています.継続的な力によって歯が動くことは,約二千年前から知られていました.

 当時の書物は,パピルスや羊皮紙に記録されたもので,複製するには書き写しするしかありません.複製を多く作る場合は,誰か一人が書を読み,複数人がそれを聞きながら書くという手法のため,書き間違いが起こります.こうした時代に新しい知識や発見・思想を,異なる遠い地域に広く啓蒙し伝えるということには,大変な年月を要しました.このケルススの書も1478年(グーテンベルグによる活版印刷技術の発明後)になって初めて印刷されました.今日ではこうした「古書」のデジタル化により,いつでも誰でも自宅で読むことができます.本文にハイパーリンクリンク処理をしています.

 

 

AD23
|
AD79

Gaius Plinius Secundus

AD23-79


不整を矯正するための最初の機械的治療は,Gaius Plinius Secundus ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(プリニウス)(A.D. 23-79)によって提案された.彼は,適切な歯列を得るために細長い歯を削ることを提唱した.

  → 
出典: Practice of Orthodontics. vol. 1, by Salzmann, J.A.
660Paul of Aegina
A.D. 625-690

過剰歯について初めて言及した人物で次のように述べている.
When the supernumerary teeth cause an irregularity of the dental arches, they may be corrected by the resection of such teeth or by extraction.
過剰歯が歯列弓の不整の原因となる場合,そのような歯の切除や抜歯によって修正できる.
604

645

672

701

710

十七条の憲法

大化の改新

壬申の乱

大宝律令

平城京遷都

712
和銅5
古事記太安萬侶
おおのやすまろ

( -723)
( -養老7)

太朝臣安萬侶 編
『古事記 3巻』 前川茂右衛門 寛永21 [1644].
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/13380695

太安萬侶の墓:

太安萬侶墓_20250618
  (2025.6.18 撮影)

太安萬侶の墓へのルート:

太安萬侶の墓:発見のエピソード@
太安萬侶の墓:発見のエピソードA

橿原考古学研究所附属博物館
  世紀の発見 太安萬侶墓の調査:ダイジェスト版
  https://youtu.be/zxWg4hEbRyk?si=KT1axnIUpHwlDpnz
 注:このビデオでは,太安萬侶は歯槽膿漏であったといった発言とテロップがあるが,以下の調査報告では,火葬による歯槽骨突起の消失や収縮により歯周病については証明できないことが書かれているし,収集された遺骨はすべてではないので,このビデオにおける歯槽膿漏説は間違い.

『奈良県史跡名勝天然記念物調査報告』 第43冊
 奈良県教育委員会 1981.9.
国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/9574826
  出土火葬骨について. 池田次郎 p.79-88

発掘された墓で見つかった火葬された骨や歯の解析について述べられている.
写真115: 埋葬人骨.太安萬侶の下顎骨と歯.
太安萬侶の骨_写真115


「古事記」 は 8世紀始め(712年) に,太安萬侶によって編纂献上されたとされる日本最古の歴史書.
天武天皇に仕える稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた 「天皇の系譜」 と 「古い伝承」 を書き留めて編纂されたものとされ,「誰が何をしたか」 に重点を置いて書かれているのが 古事記 の特徴.

  序文:
  上巻」 日本神話が書かれた:
  中巻」 15代応神天皇の時代までを書いた:
  下巻」 16代仁徳天皇〜33代推古天皇までを記録した:  の3巻 からなる.  ☛ 古事記の全文検索

   → 中巻 の 応神天皇 の中に,
歯並(波那美)について書かれている.


笠原節二 著 『古事記新註』 文学社 昭和4.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1172024/1/201

古事記 波那美波
応神天皇が道端で見染めた娘に声掛けし,翌日に会って詠んだ歌.....


昭和4年の註
では,娘の後ろ姿がすっきりとし,歯並びは菱のように鋭く.と解釈され,
現代語訳では,白い歯並と解釈される.
令和の現代語訳では,白くきれいな歯並びするものもある.

日本最古の本であるため,解説書も多く,それぞれの時代背景を反映している.
明治までの黒歯國といわれた日本のお歯黒が,現代の時代劇で用いられないように,その時代の正確な文化背景は脚色され,間違って伝えられる良い例である.


  一時、天皇越幸近淡海國之時、御立宇遲野上、望葛野歌曰、

  知婆能 加豆怒袁美禮婆 毛毛知陀流 夜邇波母美由 久爾能富母美由

  故、到坐木幡村之時、麗美孃子、遇其道衢。
  爾天皇問其孃子曰「汝者誰子。」
  答白「丸邇之比布禮能意富美之女、名宮主矢河枝比賣。」
  天皇卽詔其孃子「吾明日還幸之時、入坐汝家。」
  故、矢河枝比賣、委曲語其父、於是父答曰「是者天皇坐那理。
  此二字以音。恐之、我子仕奉。」云而、嚴餝其家候待者、明日入坐。
  故獻大御饗之時、其女矢河枝比賣命、令取大御酒盞而獻。於是天皇、任令取其大御酒盞而、

  御歌曰、

  許能迦邇夜 伊豆久能迦邇 毛毛豆多布 都奴賀能迦邇 
  余許佐良布 伊豆久邇伊多流 伊知遲志麻 美志麻邇斗岐 
  美本杼理能 迦豆伎伊岐豆岐 志那陀由布 佐佐那美遲袁 
  須久須久登 和賀伊麻勢婆夜 許波多能美知邇 阿波志斯袁登賣 
  宇斯呂傳波 袁陀弖呂迦母 
波那美波 志比斯那須 伊知比韋能 
  和邇佐能邇袁 波都邇波 波陀阿可良氣美 志波邇波 邇具漏岐由惠 
  美都具理能 曾能那迦都爾袁 加夫都久 麻肥邇波阿弖受 
  麻用賀岐 許邇加岐多禮 阿波志斯袁美那 迦母賀登
  和賀美斯古良 迦久母賀登 阿賀美斯古邇
  宇多多氣陀邇 牟迦比袁流迦母 伊蘇比袁流迦母



 
 仁徳天皇と弟の皇太子・菟道雅郎子(うじのわきいらつこ)の話

お歌 歯並
https://youtu.be/REHocluigKQ?si=FF3YlOsEuTK3xIV8
https://youtu.be/REHocluigKQ?si=fccg_MT1mluHj2sb&t=6615
1:51:00




「古事記」 校註/現代語における比較:

出版年  訳者    発行所       校註/翻訳     

1847
   岩瀬百樹 編撰
   『歴世女装考 : 4巻』 冬 藤井利八 弘化4(1847)年刊.
   歴世女装考 ㉑ 御歯黒の起原 本居頼長の解釈:  
   国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/pid/1879503


  

○古事記に応神天皇人皇十六代近淡海国越幸時木幡の村に到座其道衢にて比布礼の意冨美が娘・矢河枝比売といふ顔美嬢子を見玉ふて家など問せ玉ふて其明日比布礼が家に入坐て御酒■を矢河枝比売に玉ふ時の御哥に」長哥也略「・美知尓阿波志・歯ならひ也比比斯那須中略麻用賀岐許迩・加岐多礼」書物をこくつくるなり下略・さて此「波那美波志比比斯那須」といふ言を本居大人が[古事記傳]巻三十の四十二丁に註して曰「波那美波志は歯並■にて歯の並生たる嘴といふことなり・比比斯那須は菱如也比の字一ッは若くは衍か中略・さて此魚の歯の勝て利由なり中略菱は云々鋒の如く甚く尖りて刺突物なる故に歯の鋭に譬給へるなり中略契沖此二句を歯並者如椎として斯は助字なり歯並のうつくしきこと椎をならべたるが如しとなり・詩云・歯如瓢犀これ似たることなり・と云て此嬢子の歯のことくしたるは非なり又師も百伝師とは真淵也同其意にて志比比は下の比は濁りて美に通ひて椎実かと云れたるもわろし先是若此嬢子の歯をほめて詔るならば眉画の次にこそあるべけれ此に在てはいか>゛也其故は先づ眉と歯とを云むに次第も眉は先に歯は後にあるべく又たとひ其れは歯を先に詔ふとも若然らば先なる方にこそ序の詞はあるべきことなかに先なるには序なくたふとた>゛歯並はと詔ひいで>返りて後なる眉に長き序は初にこそあることなれ左右に是を嬢子の歯にしては俄に出たるこ>ちぞするたとひひ上は一ッ御哥ならんにても歯は・なほ俄なり且斯の助字も甚穏ならず決て助字を置べき処には非るをや」以上本居大人の説なり・そも>本居宣長大人は天下にゆるされたる博達にて此大人の著書の為に御国学びに於て益を得ると趙壁を得て闇夜を照すが如しおのれ百樹此大人を師とせざりしを常に悔此ゆゑに此大人の著述は我かならず拝して読・其多かる中にも件の古事記傳は学力を竭されたる物なれば一言半句といへとも金玉の響あれば誰か感伏せざらんや然るに我が浅学の布鼓をならして博達の雷門を過んは甚愚魯けれどかの「歯並は菱如」の説に於て窃に謂へらく・そも>応神天皇の件の御哥は山城国宇治郡木幡村の衢にて丸迩と云所の比布礼の意美といふ人の女矢河枝姫といふ美人に行遇ひ玉ひしによびと>゛め玉ふて名も住所も問ひ玉ふて明日還幸の時は汝が家に入御と詔ひて入御ありし時御肴に奉りたる蟹によそへてはる>゛こ>にいたりまししことをも・きのふかしこにて姫にゆきあひ玉ひしことをものたまふて姫の麗美を称玉ひし御哥なり・さてきのふ姫が天皇にゆきあひたる時のすがたを古書にあて>推量するに白き衣赤き裳髪は垂髪べにもおしろいもなき世なれば赤土を頬にぬりて假粧とし
   上古の粧ひはへにおしろい
   の条にくはしくのふべし
 他行の時なればかならず淤須比此事うちかけの所にくはしくいふべしといふ物の布にて作りたるをかぶりて頬にはほのかにてありしならん・さて件の御哥に姫が歯のことを先をし眉を後に詔ひたるを前にしるしたる如く大人不審せられしかどおのれ浅学ながら心をふかめておもひはかるに天皇路にて姫にゆきあひ玉ひ姫がゆき過たるうしろすがたのた>゛ならぬに御目とまりてよびと>゛めさせ玉ひし時ふりかへりたる淤須比のはざまよりみえし御もと
歯並も美しくさて住家など問はせ玉ふ時は眉を濃くひきたるをもよく御らんじつけいよ>美人なれば入坐玉はんおほせもありしならんさるからにきのふ御らんじたるま>に次第して「みちにあはししをとめ・うしろでは・をだてろかも・はなみはし・ひ>しな次・まよかきこに・かきたれ」と第一にうしろすがた第二に御もと第三にまゆいづれも艶しかりしゆゑ今日こ>へ入坐てよくみればいよ>うつくしとての御哥なれば歯を眉の先にほくは不審とほもはる>・さて又御哥に「波那美波斯比比斯那須」一ッの比を衍文とすることさもあるべし・はなみを歯並はもちろんなり・ひしなすを契沖真淵両大人の説をわろしとせられて菱如とあるは論なけれど「菱は鋒の如く甚く尖りて刺突物故に歯の説にたとへ玉へるなり」といひ其前にも「丸迩てふ地名を鰐魚に取りて此魚の歯のすぐれて利由なり」といはれたるはいかがあらん此姫の歯菱の如く尖り鰐魚の歯のごとくあればいかでか麗美嬢子とて天皇の御意にかなふべきかの路にて口つきを御らんじたる時こは鬼娘かとて逃さり玉はんされば歯並は菱の尖りたるを賦せ玉ひたるにはあらじ「波那美波斯・比斯那須」と歯並は菱の如く光澤なりとて黒歯したるつや>かなる歯を菱に準て称美玉ひたるにはあらざるか然おもふよしは此応神天皇の御世西土は西晋の始祖武帝が世にて日本をさして黒歯といひたる件の漢籍どもは此武帝が時より以前の物なれば応神天皇の御世にも黒歯する風俗はありしならんされば此矢河枝姫もはぐろめしつらんとぞおもはる>是則「比斯那須」を黒歯ならんとするの本拠なりさて山海経は巻九に黒歯国の事みゆ夏の禹王が作と西土にて古くいひつたふるは信がたされどまづ禹王が作とすれば御国は■■草■不合尊の御世なり此頃に作りたりといふ山海経を証とすれば黒歯は神代よりの風俗ともいふべけれどさにはあらじとおもふ一証あり此応神天皇より御四代前景行天皇の御時熊曽・建るといふ二人王命にしたかはざるを王子に碓命御父景行天皇の命によりて御一人にてかの二人を討に行せ玉ふに御歳十六の時なりければ御ン鬚は生ざりけんそれゆゑにや此王子のちに日本武尊とや御身のたけ一丈と古事記に見ゆ女子の服飾に易玉ふ事を[古事記]景行天皇の巻に御髪をも乙女のさまにゆひかへ玉ふ事などまでは巨細にしるしあれど黒歯し玉ふことはみへず依ておもふに此時かの者を欺得て討玉ひしはかれら女をあつめて酒宴する席へつらなり玉ひしを乙女とおもひて戯れたる時の事なれば此比及の婦女はぐろめする風俗ならば必はぐろめし玉ふ事をも古事記にあるべきをさらにみえざるを以て推量すればまへにいひたる漢籍どもに黒歯といひしは今の如く天下翕然の風俗にはあらざりしか・なに>まれ和名抄にみへたれば千年以上より婦女の黒歯したる事慥なれば今錦殿蓬匆婦女として必ず歯を染るはいと>古き風にぞありける・猶七八百年まへにありぬる歯黒めの事どもはつぎ<にいはまし



現代語による解釈として:
この娘の歯並は椎や菱のごとくである.歯並はきれいに並んでいたのか疑問である.未婚であるから「歯黒」をしておらず
白かったのかもしれないが,いわゆる八重や亂排のように尖っていたと解釈もできる.しかし当時は,こうした齒並を美しく惹かれるのであるから,現代の白く整った歯並を美しいとする泰西の概念とはまったく異なるものであったことがわかる.これを理解したうえで,白く美しい歯並びであったと,現代で解釈するのは間違っているわけではない.


1929
   笠原節二著
   文学社 『古事記新註』 昭和4
   国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/pid/1172024   歯並は菱のように鋭く.

1956
  『日本国民文学全集』 第1巻 河出書房 1956.
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/1668642   歯並の白さといったなら,椎の実か菱の実か。

1963.1.16
  第96版  倉野憲司 校注
  岩波書店 岩波文庫30-001-1   歯並びは椎や菱の実のように真っ白で。

1979.11
  倉野憲司
  三省堂 『古事記全註釈』 第6巻 (中巻篇 下)
  344-359

1979
  西宮一民 校註
  新潮社 新潮日本古典集成 『古事記』

1992
   記紀歌謡に歌われたもの(二) : 植物を中心に(中)
   岡田, 喜久男 日本文学研究 28 1-12, 1992-11


1997
  山口佳紀・神野志隆光 校注
  小学館  新編日本古典文学全集1        

2013.10.1
   武田恒泰  滑w研プラス       歯並びは真っ白。

2014.8.25
  三浦佑之
  NHK出版   NHK「100分de名著」ブックス

2014.9.14
  神野志隆光
   講談社選書メチネ 本居宣長 『古事記伝』 を読む W
   32,『古事記伝』 三十二之巻・明宮上巻 ― 宇遅能和紀郎子をめぐって
   「この蟹や 何処の蟹」 の歌の理解 25-30.


2017.1
  烏谷知子
  学苑 日本文学紀要 第915号 1−14(2017.1)
  宇遅能和紀郎子伝承の考察 第42番歌謡 第51番歌謡を中心に

2023.10.10
  池澤夏樹
  河出書房新社  日本文学全集01  歯並びはまるで椎の実か菱の実のよう。

  
 
 由良弥生
  三笠書房   9784837929956   歯並びは椎や菱(水草)の実のように白く美しい。


2022.4.8
  小野寺優
  階ADOKAWA             歯並びも椎や菱の実のように綺麗に並んでて


720
養老4
日本書紀舎人親王
古事記に続いて720年には 「日本書紀」 が完成.舎人親王(とねりしんのう)らの手になるもので,「いつ,何があったか」 をポイントに,年代順に出来事を記録しています.

日本書紀のあとを受けて,
  「続日本紀」
  「日本後紀」
  「続日本後紀」
  「日本文徳天皇実録」
  「日本三代実録」
と同じ形式の歴史書が作られ,この6つの歴史書をまとめて 「六国史」 と呼ぶ.

NHK for School より引用.
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005403022_00000

984
永観2
医心方

全30巻
丹波康頼
912-995


『医心方』(全30巻)は,日本に現存する最古の医学書.
永観2年(984)に丹波康頼(たんばのやすより 912-995)が,中国の多くの医書を引用して病気の原因や治療法を述べたもの.


医心方 〈巻5〉 耳鼻咽喉眼歯篇
   歯並に関する記述やこれの治療の記述は見られない.

1530
享禄3
--

歯科 Dentistry の最初の書.

Artzney Buchlein(The Little Medicinal Book for All Kinds of Diseases and Infirmities of the Teeth, "Atrzney Buchlein, der allerley franckheiten und gebrech en der Zene gesogen aus dem Galeno, Avicenna, Mesue, Cornelio Celso und ander mehr der Artzney Doctorn sehr nutzlich zu lessen")について.

ドイツ語で書かれた本.ラテン語の部分もある.13章からなり,まざまな著者によって書かれた医学論で,健康や病気とその治療について,さまざまな角度から論じられている.1530年に出版されたこの本は人気があり、少なくとも13版が出版された.
 
9章は,Artzney Buchlein(The Little Medicinal Book for All Kinds of Diseases and Infirmities of the Teeth, "Atrzney Buchlein, der allerley franckheiten und gebrech en der Zene gesogen aus dem Galeno, Avicenna, Mesue, Cornelio Celso und ander mehr der Artzney Doctorn sehr nutzlich zu lessen")と題され,歯科学に特化した最初のセクション/小冊子で,ドイツ語で書かれ,別冊として出版もされた.
 
小冊子には,13のサブセクションがある(B. Weinberger, Early Dental Literatureの後):
Section I: いつ、何本の歯が生えるのか
Section II. 歯はどのような原因でダメになるのか
Section III. 歯が生えやすくなるように、子供たちをどのように援助するか
Section IV. 歯痛について
Section V. 空洞と虫歯について
Section VI. 端の歯について
Section VII. 黄色と黒の歯
Section VIII. 窪んだ歯(埋伏歯)について
Section IX. 緩んだ歯
Section X. 口の中の虫
Section XI. 潰瘍、悪臭、歯茎の病気
Section XII. 悪い歯を抜く方法
Section XIII. 良い歯を残す方法
 
この章は、コルネリウス・ケルスス(BC25-AD50),クラウディウス・ガレン(AD129-216),長老メシュー(777-857)として知られるユハンナ・イブン・マサワイ(Yuhanna ibn Masawaih),アヴィセンナ(イブン・シンナ)(980-1037),その他の古代・中世医学の著名人の著作からの知識をまとめたもの.


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 16世紀初頭にはじめてドイツ語で書かれた歯科啓蒙書について(その1)
 −Zene Artzney(歯のおくすり)の書誌学−
 森山徳長:日本歯科医史学会会誌 13(4): 189-196, 1987.
 国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/11495148

 16世紀初頭にはじめてドイツ語で書かれた世界最初の歯科啓蒙書について(その2)
 −Zene Artzney(歯のおくすり)の和訳(1)−
 森山徳長 日本歯科医史学会会誌 13(4):197-201, 1987.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/11495149

 16世紀初頭にはじめてドイツ語で書かれた世界最初の歯科啓蒙書について(その3)
 −Zene Artzney(歯のおくすり)の和訳(2)−
 森山徳長:日本歯科医史学会会誌 14(3):234-237, 1988.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/11495277

 16世紀初頭にはじめてドイツ語で書かれた世界最初の歯科啓蒙書について(その4)
 −Zene Artzney(歯のおくすり)の和訳(3)−
 森山徳長:日本歯科医史学会会誌 14(3): 238-242, 1988.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/11495278



1543De Humani Corporis FabricaAndreas Vesalius
1514-1564
1563Libellus de Dentibus
歯に関する小論
Bartolomeo Eustachi
1500/15-1574

1563_Bartolomeo Eustachi_Libellus de Dentibus










1575Ambroise Paré
(1510-1590)
          アンブロアス・パレ









1600
慶長5
   
1603
慶長8
--徳川家康 征夷大将軍に任命され江戸幕府を開く.
1616 William Harvay
1578-1657

1616年の講義原稿に『血液循環説』がはっきり述べられている.

1628: 「動物における心臓と血液の運動の解剖学」 をフランクフルトで出版.




1654De tandmeester
歯医者
Jan Victors
1619-1676

アムステルダム・ミュージアム 所蔵
ヤン・フィクトルス Jan Victors
76cm × 94.5cm 油絵具


歯医者は17世紀の画家たちが好んで描いた題材である.
印象的なのは,歯科医の東洋風の服装である.
ヤン・ヴィクトルスはアムステルダムの風俗画家であり,肖像画家でもあった.
1640年頃,レンブラントのアトリエで見習いとして働いていた.

1654_De tandmeester 歯医者



1685  The operator for the teeth.
1712
正徳2
養生訓貝原益軒福岡藩儒学者貝原益軒によって書かれた養生健康健康法)についての書.
83歳の著作で,実体験に基づいた健康法を解説した書.
長寿を全うする身体の養生だけでなく,精神の養生も説いている.
一般向けの生活心得書として広く人々に愛読された.

 歯の衛生についても,巻5 に述べられている.


1712
正徳2
倭漢三才圖會

巻十二
支體
寺島良案

編纂

寺島良安により編纂された日本の類書(百科事典,105巻81冊ある).明代の学者,王圻(おうき:1530-1615)による中国の類書 『三才圖会(1609年,全106巻)』 に触発され編纂された絵入りの百科事典.30年程かけて編纂された.空想上のものもあるが貴重な文化遺産とされる.
三才とは,「天」・「地」・「人」 のこと.

  「十二巻 支體」には,
 口 唇 歯牙 齶齗 齧齕 齲 舌 齵 齲 齕 齧
 など,歯に関する記載がある.歯黒も記載されている.

倭漢三才圖會1

倭漢三才圖會2

倭漢三才圖會3

寺島良安尚順 編
『和漢三才図会: 105巻首1巻尾1巻』 [13] [江戸時代]
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2596360


1722
享保7
Anatomishe Tabellen,
nebst dazu gehörigen Anmerckungen und Kupffern

解剖学表、
および
関連する注釈と銅版画



「解體新書」の原書
Johann Adam Kulmus
(1689-1745)

杉田玄白らによる 『解体新書』 は,フォシャールの書と同時代のものであった.



1740年版の独逸語書.
一番下に書かれているのが出版年 「MDCCXXXX」 はローマ数字による記載法.時計の文字盤などで 12 ぐらいまでは知っているが,DMCCXXXX となると? 10以上では下記のようになる.

   MDCCXXXX は,アラビア数字(算用数字)に変換すると,
     M = 1,000
     D = 500
     C = 100
     L = 50
     X = 10
     V = 5
     I = 1
   したがって,M (1,000) + D (500) + C (100) + C (100) + X (10) + X (10) + X (10) +X (10) = 1740年
   この 独逸語書 は 1740年 の出版になる.



 杉田玄白らによって日本語に翻訳された 『解体新書』 は,オランダ語版 『ターヘル・アナトミア(解剖学図表)』 を翻訳したものだが,大城氏の研究 (2) によると,『ターヘル・アナトミア』 には,独語書,ラテン語書,仏語書,蘭語書の四ヶ国語があり,原本は1722年の独語書であるとしている(2).杉田らが翻訳に用いたオランダ語の 『ターヘル・アナトミア』 は,独語書の初版 (1722年) を翻訳したもので,1734年にオランダ語で翻訳刊行された.この1734年のオランダ語版の 『 Ontleedkundige Tafeken(オランダ語の初版) 』 から,日本語の 『解体新書』 が訳されたことを考察している(2).
 
   原著 独語書:1722年 『Anatomishe Tabellen, nebst dazu gehörigen Anmerckungen und Kupffern
                    解剖学表,および関連する注釈と銅版画
        ↓

   翻訳 蘭語書:1734年 『Ontleedkundige Tafeken』

        ↓

   翻訳 日本語:1774年  『解体新書』   


 原書は 「本文」 と 「脚注」 からなり,本書名は,「Anatomische Tabellen, nebst dazu gehörigen Anmerckungen und Kupffern」 であり,日本語にすると,「解剖学表、および関連する注釈と銅版画」 というように,図に対して 「本文」 と 「注釈」 からなっている.注釈は本文よりも多く記述されているが,解体新書では翻訳されなかった.酒井氏(1)も 大城氏(2)も述べているが,この注釈が翻訳されていたら,少し歴史が変わっていたかもしれない.



 【 解体新書における歯の記述について 】

 解体新書においても,同時期のフォシャールの書に歯の移動の記述があるように,乳歯脱落,歯の萌出,歯の不正の記述がある.

  4) de beenderen des aangezigts, en in het vyzonder de tanden, dienen meede tot fehoonheid;
     顔の骨、特に歯は、美しさにも役立つ。






【出典:】
(1) 酒井恒,小川鼎三監修:「ターヘル・アナトミアと解体新書」 名古屋大学出版会 1987.
(2) 大城孟:「解体新書の謎」 ライフ・サイエンス社 2010.
    序章 『解体新書』 とは
    第2章 『ターヘル・アナトミア』 翻訳
      II.原書 『ターヘル・アナトミア』
        1. 本邦に散見される 『ターヘル・アナトミア』
        2. 翻訳に用いられた 『ターヘル・アナトミア』
(3) 酒井シズ:『解体新書 全現代語訳』 講談社学術文庫 1982.



1728

享保13

1723.2.28以前に完成

 

1728.2.28 初版発行

 

1746 第2版発行

 

(1761.3.21 死去)

 

1786 第三版発行

 

 

Pierre Fauchard

Pierre Fauchard

1678-1761

 

 

1728_Fauchard_Le chirurgien dentiste_1786年版表紙  1786版

 

Le Chirurgin Dentiste, ou Traité des dents. by Pierre Fauchard1678-1761.3.21 1728.

 1巻の27 p.309-330に,歯並びの不正であった12才から22才までの12例ついて,これを改善したことを記述.各治療年や患者名も記述され,最も古い患者は第7の症例で,彼が歯科医となってすぐの1696年,22才の家具屋さんの犬歯を抜いて切歯の位置異常を改善したと記述されています.

原文では

 ・ dérangement des dents 歯の乱れ

 ・ mal arranges 位置異常

 ・ les dresser 正す

といったフランス語で記述されている."Orthodontia" の単語はまだ用いられていない.

 

具体的な施術方法は,第2巻 TOME SECOND 8章 Chapitre VIII p.85-110 に驚くほど詳細に記述されている.両端に穴をあけた薄い銀板に糸を通し,それを歯にしっかりと結ぶことで,間接的な力を歯に加えていた.口蓋に転位した歯は舌側に,唇側に転位した歯は唇側に薄板を位置づけ,銀板を結紮して力を加えていた.十分なスペースがない場合,ヤスリで歯を削る(今のIPR処置)ことや抜歯処置を行っていた.また移動の前に,ペリカン(抜歯鉗子の原型)で歯を脱臼させていた.薄板つける固定のための糸は,2-3日に1回以上は必ず交換すべしと記述されている.弾性のある装置は未だ使われていないこと,多くの症例は一週間程度で位置が改善したと記述している.今でいう,脱臼とRAP現象を併用したコルチコトミーに近い方法だったのだろうか.エーテル麻酔が1840年代で,その100年以上前であので,患者はそれなりの痛みに耐える必要があっただろう.

 

    

 

Salzmann, J. A. は,その著書 "Pracice of Orthodontics. Vol 1" の中に,ワインバーガーの言葉を引用した以下の記述がある.

 

Weinbergerによると,歯科矯正学は、その最初で最良の始まりについて、フランスに多くを負っている.フォシャール (1728年) は,純粋に歯科的なテーマに関する最初の広範な論文を書き,後に 「拡大アーチ 」 として知られる バンデレット を歯科矯正学に与えた.歯列不正とその治療については,フォシャール以前にも多くの文献があるが,記録されている器具はわずかである.最初の器具の形状や,誰が使用したかは不明である.フォシャールはこの器具が自分から生まれたものではないと述べている.このような装置の使用は,間違いなく歯列矯正装置の歴史において最も重要なステップであり,粗末なものではあったが,基本的な機械的原理は1728年当時と基本的に同じである.この装置の主な機能は,現在行われているのと同じ一般的な機械的原理によって歯列弓を拡大することであった.フォシャール は 12症例 の不正咬合の矯正について述べており,この方法による幼児の治療を提唱している.

 

Weinbergerは,パリでは 1700年 以前に,歯科診療を行う希望者への試験委員会が存在しており,歯科医は別個の職業として見なされていた.日本の明治初期の歯科医,口中医がそうであったように,フォシャール以前の歯科医は自分の技術を秘密にして公開していなかった.フォシャールは,技術上の秘密をすべて公開したという点では,過大評価ではあるが,多くのことはすでに知られていたことであり,フランスには歯科医療に貢献する有能な人が多くいたに違いないだろうと述べている.

 

  ☛ この100年以上後,明治期に海外の洋書から西洋医学を学んだのわが国においても似たような状況であった.

  ☛ 初期の矯正歯科を含む歯科医療の文献は,一般外科に関する専門書の中に散見して見られ,その多くは医師や,時には医療を行っていない人物によって書かれていた.

 

 

文献:

1) Weinberger, B. W.: Pierre Fauchard SURGEON-DENTIST. a brief account of the beginning of modern dentistry, the first dental textbook, and professional life two hundred years ago. PIERRE FAUCHARD ACADEMY, Minneapolis, Minnesota 1941.

ベンハード・W.ワインバーガー著,山直秀訳:概説 ピエール・フォシャール 歯科外科医.近代歯科学の瑞諸,最初の歯科医学書および200年前の歯科医に関する論述.時空出版,2015.11.15,第1版. 

2) Fauchard P. Le Chirurgien dentiste ou Traite´ des dents. Chapitre XXVII  Paris : Mariette, 1728; vol.I: 309–330,

3) Fauchard P. Le Chirurgien dentiste ou Traite´ des dents. Chapitre VIII Paris : Mariette, 1728; vol.II : 85–111.

4) Walsh J.J. Fauchard, the father of the modern dentistry. Fauchard on Orthodontia. Dental Cosmos 1923; 65(8): 816-817.

5) Viau G. The life of Pierre Fauchard. Dental Cosmos 1923; 65: 797–808.

6) Viau G. The manuscript of Fauchard. Dental Cosmos 1923; 65: 823–826.

 

1741
元文6
寛保元
--
L’orthopedie

Orthopedicsという用語が,Nicolas Andry de Bois Regard1658-1672)による整形外科書 ”L’orthopedie”で始めて用いられた.整形外科書にある有名な図はこの書籍のものである.

 

 

 

1743年に,Robert Bunon1707-1749)は,歯と顎骨の不調和について記述したが,Orthodonticsという用語はまだ用いられていない.

 

1741
元文6
寛保元
 Robert Bunon
1702-1748


1741_Bunon_Dissertation sur un prejugé très-pernicieux concernant les maux de dents qui surviennent aux femmes grosses

Dissertation sur un prejugé très-pernicieux concernant les maux de dents qui surviennent aux femmes grosses
(Dissertation sur un prejugé très-pernicieux concernant les maux de dents qui surviennent aux femmes grosses.
(妊婦の歯痛という悪質な偏見に関する論文)



☛ ロベール‣ブノンの略歴

ブノンは,「歯の正しい配置」と呼ぶものについて、重要な章を割いて論じている.
「まず,乳歯が抜ける時期に,歯を正しく配置することが非常に重要である」 と書いている.
彼が推奨する規則や使用する技術は,現在のものと非常に似ている.

 乳歯は,永久歯の成長に悪影響を与えない限り,できるだけ長くその位置に維持する.
 しかし,子供の顎の幅が不十分であると判断された場合,最後の乳臼歯を抜歯する必要がある.
 また,子供の顎が十分に発達していない場合,いくつかの小臼歯を抜歯する.
 なぜなら, 「各顎に 1,2本の歯が少なくても,適切な配置で補えるなら,すべての歯がそろっていても,乱雑で不快な配列であるよりはましだ」 と書いている.
 必要であれば,ワイヤー,糸,金や銀のプレートを使用して治療する.

彼は,正しい咬合の重要性を強調し,今日私たちが SADAM と呼んでいるものを正確に説明しています.
これを改善するために,彼は選択的な歯の削り込みを行っています.

ブノンが 「歯の病気に関する論文」 の終わりに記した数行は,

安らぎと平穏な生活にとって致命的な歯の病気を,幼い頃から予防する方法を確立した今,私の願いは,この確実かつ簡単な方法が,私の著作の主な対象である父親や母親たちによって見過ごされないことです.私は,あらゆる種類の支援が不足することのない大都市でこれを書いていますが,困難な状況では常に高すぎる費用がかかる救済策を,自ら提供できる手と治療法を,それを手に入れることができないすべての人々に無償で提供してきたように,同じ申し出を繰り返して,特にそのような状況にあるかもしれない父親や母親たちに,私から提供できる助けを子供たちに惜しまずに与えてほしいとお願いしている.私は,多くの同僚たちと同様に,公衆と結んだこの種の約束を,常に厳守します.そして,私の無私無欲の姿勢も,注意深さも,決して損なうことはありません.


1742 

Joseh Hurlock

1715-1793

 

 

1742_Hurlock_Practical Treatise upon Dentition

 

Practical Treatise upon Dentition or the Breeding of Teeth in Children (London. 1742)

 

 

NYU の website には,ワインバーガーの書評などを引用した解説がある.

ワインバーガーによると,「英国の歯科文献に関する限り,それは1742年のジョセフ・ハーロックから始まった」という.

また,「ハーロックは、歯がより容易に萌出することを可能にし,痙攣を防ぐために幼児の歯茎を生えることを強く主張した」と述べている.

この本には,ハーロックが歯の生え変わりで苦しんでいると思われる子供たちの歯茎を切開したXXの事例が紹介されている.実際には,これらの症例はすべて,母親のアルコール依存症が胎児の発育に及ぼす影響や,出生後のけいれん,あるいは単に極端な寒さによるものなど,当時の医学状況では認識されなかった他の深刻な全身的問題を抱えていた.ハーロックが診た乳児の多くは結局この世を去り,ハーロックは誤った結論を導き出すことになる.

この本に書かれていることすべてが,現在の医学的知識とかけ離れているわけではない.彼は早くから,食生活と乳歯のう蝕との関連性を指摘していた.彼はまた,歯の生え変わりで悩む若者を,新鮮な空気とより良い食べ物が手に入る田舎に送るよう勧めた.とはいえ,簡単な英語で書かれたこの本を読むと,過去275年間に医学と歯科学で大きな発見があったことに感謝する.

 

 

 


















1743
















Robert Bunon
1702-1748


1743_Bunon_Essay sur Les Maladies des Dents
Essay Sur Les Maladies Des Dents.(Essay on the Diseases of the Teeth)

副題は、「幼少期から歯の良好な形成を図り、生涯を通じてその維持を確保する方法を提案する」


1746年に、Bunonは,このエッセイの貴重な補遺を出版.

Expériences et Démonstrations, faites à l’Hôpital de la Salpêtrière, et à St Côme en présence de l’Académie Royale de Chirurgie(サルペトリエール病院およびサン・コムで、王立外科アカデミーの立会いのもとに行われた実験と実証.



☛ パリ大学図書館 の website に,Bunon の略歴や本書の要約が記載されている.
      Micheline Ruel-Kellermann: "Essay sur les maladies des dents" (アクセス 2025/08/27)
   本論文の内容を翻訳すると,以下のような記述がなされている.

この著作 『エッセイ』 は212ページで構成され,6つの大きな章に分かれており,各段落が余白に明記されているため、専門家、父親、母親、その他情報を求めるあらゆる読者にとって非常に読みやすいものとなっている。


I :歯の保存の重要性、歯の生え始め、生え始めに先立つ病気、母親と乳母に依存する歯胚の正しい配置方法。歯の生え始め、その過程を容易にし、それに伴う事故を予防または軽減する方法。口内炎や小さな潰瘍、およびその治療。

最も重要な目的:ブノンは、歯のあらゆる疾患について、その原因、治療法、外科手術や器具の説明がさまざまな形で解説されている多くの著作が存在することを指摘しつつ(p. 5)、予防の考え方がまったく見られないことを嘆いている。 これらの疾患そのものを予防し、その根源に遡って原因を取り除き、悪の根源を破壊し、発生を阻止する方がより有用ではないだろうか?(5-6ページ)。そして、次のように述べている。歯が生える際のこうした事故は、事前に予防策を講じ、妊娠中の女性が、妊娠期間中、自分自身、そして胎児にもっと注意を払えば、その頻度は減少するだろう。胎児の健全な成長と健康は、女性が想像する以上に、母親の健康状態に大きく依存しているのだ(16ページ)。確かに、形成・成長過程にある子供のあらゆる部分に影響を与える母親の体質は、歯の胚にも同じ影響を与えます(17ページ)。したがって、多血質または虚弱な女性の血液は余剰物質で満たされており、その欠陥は胎児に伝わり、必然的に胎児の体質全体を乱し、歯の胚にまで浸透する。同様に、その激しさや持続性によって血液の劣化を引き起こす可能性のある激しい感情(...)、妊娠中の不適切な食事、父親や母親が妊娠期間中に罹患する可能性のある秘密の病気も、さまざまな形で影響を与えます(18ページ)。出産2、3カ月前に乳母を選ぶ際の推奨事項、乳母の食事や行動(穏やかで、悲しみから解放され、喜びに満ち、適度な運動を行うこと)についても忘れてはならない(19-20ページ)。

歯の生え変わり:あらゆる歯の病気の中で、この骨質の器官の生え変わりは、しばしば最も痛みと敏感さを伴う。体の一部に刺さったとげによる痛みは、歯茎を突き破って生えてくる歯による痛みには及ばない。歯は絶えず、膜や骨膜の神経繊維を引っ張りながら、常に炎症を起こしている(25ページ)。

予防策:温めた指で歯茎を擦り、炎症がある場合は軟化剤(ナルボンヌの蜂蜜、生バター、ウサギの脳など)を使用すること(p. 33)。そして、歯が生え始めたら、子供の首筋、肩、背中、太もも、脚をこすってあげるとよい(34ページ)。また、早い段階で子供におもちゃを与えることも推奨されているが、この提案については、特にブルデなど、しばしば議論が交わされている。最後に、これらすべてが効果がない場合は、重要な 縦方向の切開を行うが、この処置には乳母の爪は使用してはならない(35ページ)。


II:痙攣、および子供の歯の生え変わりや歯の生え始めに伴うその他の症状、その原因と事故、それらの違いと区別する方法。この点に関する子供の状態の検査。

歯の生え変わりに伴う事故:
それらは恐ろしいものです:痙攣、発熱、下痢、嘔吐、不眠などは、歯の生え変わりだけでなく、歯の成長にも起因します。歯の胚が成長するにつれて、歯槽の特殊なバネが拡張し、体積が増加することで、繊維を引き離して引き裂き、歯槽の壁を徐々に圧迫し、歯の本体が自然な大きさに達するまで続きます。その時点で、強い拡張、 繊維の断裂と壁への圧迫によって、事故が発生します。特に、この段階の歯は、強く、そして痛みを伴って歯槽の縁を引き離すため(…)、これらの自然な影響(…)は、非常に多くの場合、子供たちを危険にさらし、その多くを死に至らしめる のです(p. 40-2)。続いて、下顎切歯の最も軽度の症状から、犬歯や臼歯の最も重篤な症状まで、症状の比較分析が行われている(p. 45)。
続いて、歯の生え変わりによる事故を誤って判断しないための興味深い鑑別診断が述べられている。口内の非常に注意深い検査が不可欠であり、唾液分泌過多が、歯茎の赤み、痛み、腫れとともに、病態を特徴づける徴候である。最後に、ブノンは、マーティンと同様、食事療法や治療については、最も熟練した医師、外科医、助産師に、また、歯科医による処置が必要な場合は、歯科医に依頼することを推奨している(50-53ページ)。


III:小児期の病気が歯に与える影響。歯の侵食。その原因と進行。侵食に関する様々な観察。

一般的に、7、8歳未満の子供たちの病気はすべて体液の質に起因しており、それらは歯に計り知れない悪影響を及ぼしていることは確かである(54ページ)。多くの子供たちは、生まれつき父親や母親から受け継いだ性病や壊血病を患っており、多くの乳母たちは、授乳している子供たちに同じ病気を感染させています(55ページ)。これにより、子供はチャートル、ラキティス、衰弱などの病気にかかりやすくなり、これらの病気は歯に多大な悪影響を及ぼしますが、母親の体調が良好で妊娠中に完全な健康状態を保ち、その後良質の乳母に育てられた子供たちでは、これらの病気の発生頻度が低くなるか、発症が遅くなる傾向があります。こうした幸運な状況により、これらの病気はすべて、そのほとんどが9歳または10歳まで、根絶または発症を遅らせることができ、第二歯列がそれらの悪影響や、その寿命に与える悪影響から守られることになる(56-57ページ)。
リカイは、あらゆる歯の病気にかかりやすい(57ページ)。[ライキ、くる病に苦しむ子供たち]。
歯の異常:そのほとんどは、くる病の影響によって芽が破壊され、歯槽の縁を広げて歯茎を貫通するだけの力が決して得られない(これは内包物か?)、あるいは不規則で、完全なものはほとんどない (切歯、犬歯、小臼歯の形成不全?)、あるいは、それらはねじれて、奇形であり、自然の奇妙さとして見なされるような乱雑さを持っているが、それは自然の作用によるものである(57-58ページ)。
歯の侵食(現在のエナメル質形成不全に類似)。
フォシャールが「私はこの病気をエナメル質表面の侵食、あるいは虫歯になりやすい状態と呼ぶ(T I、p. 94)」と述べ、この用語を使用したのに対し、実際にこの現象を記述し、その原因を研究したのはブノンである。侵食は、 小児疾患の最も一般的な症状の一つであるが、すべての歯が侵されるわけではない(58ページ)。最も侵されやすい子供たちは、リカイ、はしか、天然痘、壊血病()にかかった子供たちである。しかし、これらの病気は、その悪性度や子供の年齢、あるいは体液の分泌量が多いかどうかによってのみ、この影響をもたらします。したがって、私は、これらの病気にかかった人すべてに侵食が避けられないと言いたいわけではありません。私は、それが最も一般的な結果であり、影響であるということを主張しているだけであり、少しの経験があれば、これらの病気のうちどれが人の歯に悪影響を与えたか、また、その影響が子供のどの時期に現れたかを把握することができる(p. 59)。
最初の大臼歯、犬歯、切歯は、侵食を受けやすい歯である(…)。これらの歯は溝があり、穴が開き、ざらざらしていて、不快な色をしており、エナメル質に浸透している。つまり、斑点のある黄色い。多くの場合、これらの歯はエナメル質が完全に失われており、空気、熱、冷気、そしてわずかな圧力でも痛みを感じます。一方、8本の小臼歯は健康で、強く、美しく、非常に白い(62-63ページ)。しかし、これらの疾患がより高齢で発生した場合、侵食はほとんど心配する必要がありません(67ページ)。


IV:歯並びの良し悪しの利点と欠点歯の交換の順序歯並びの悪さの原因。乳歯の脱落。その根元に関するさまざまな見解。乳歯の根元に関する観察、その存在の証拠。乳歯の虫歯。その影響。虫歯全般に関する所見。歯の交換期に適切な歯並びを得る方法。歯並びの悪さの弊害。

歯を管理する:その病気を予防し、進行を食い止めるためには(…)、乳歯が抜ける時期に適切な歯並びを確保することが非常に重要である。そうすることで、その後生えてくる歯が過度に邪魔されたり圧迫されたりすることがなくなり、その寿命や美しい並び、口元の美観に悪影響を及ぼすことを防ぐことができる(80ページ)。なぜなら、口元の乱れは顔つきに悪影響を与えるだけでなく、声や発音にも大きな悪影響を与え、その結果として(…)非常に厄介な問題が生じるからです。子供時代に口元のケアを怠ったというたった一つの問題によって、どれほどの教育機会が失われたことか。確かに、この怠慢は特定の年齢では修復不可能というわけではないが、乳歯の交換期、つまり歯に適切な調整を施すことができる唯一の時期に比べ、子供にとってははるかに大きな苦痛を伴うことになる。この時期であれば、ほとんど痛みや苦労なく調整を行うことができるのだ(81-82ページ)。
ブノンは、根の吸収のメカニズムを初めて明確に説明している:新しい歯の上端または歯冠が、生えてくる際に乳歯の根を直撃すると、乳歯を摩耗させ、その歯冠を脱落させる。その結果、乳歯はすぐに抜けるか、少なくとも簡単に抜ける状態になる。しかし、その歯が乳歯の根元をうまく捉えられない場合、その歯は根元に対して滑るだけで、その結果、乳歯を揺さぶることは少なく、非常に不揃いな状態になることがある(p. 83)。

乳歯の根の存在(p. 99)という、決して一致した見解ではなかったことを主張しながら、彼は切歯、犬歯、臼歯の根について詳細な説明を行い、その吸収過程について次のように説明している。第一歯と第二歯の胚芽は、間違いなく 同時に形成される。最初の歯は乳汁から栄養分を得るが、2番目の歯はその用途上、乳歯よりも強固である必要があるため、その芽は最初の歯の下に留まり、乳汁に続くより栄養価の高い食物から得られる栄養分によって成長が完成するまで待機する(…)。(第二の歯)が成長し、根が歯槽の縁に向かって伸びていくにつれて、それは乳歯の根を先端で押し出し、柔らかく、幼少期の食物の繊細な汁で形成された乳歯の根は、それに抵抗する状態にはありません。こうして、より弱い体はより強い体に屈服します。乳歯の根は 知らぬ間に圧力によって磨耗し、その根の粒子は、同じ部分の熱によって消耗されるか、唾液によって流される。これは、第二の歯が第一の歯の場所を占め、その根をすべて消耗するまで続く(p. 103-104)。そして、これを証明するために、早期に抜歯された乳歯には、永久歯の歯冠が押し出した痕跡が見られ、その痕跡は、その歯が生えるにつれて、根が磨耗し消耗した程度に応じて見られる、と付け加えている(p. 104)。

ブノンはまた、歯列不正を名指しせずに定義した最初の人物でもある。それは、スペースの不足が歯の配列不良を引き起こす。したがって、美しい歯並びは、顎の長さと周囲の長さの両方に依存する。…顎のアーチ、あるいはその前部が狭くなっているか、適切な大きさであるかに応じて、歯は正しく、あるいは不適切に配置される(86-87ページ)。 そして、ガイド付き抜歯を推奨している。新しい歯が生えてきて、その大きさが元の歯があったスペースを超える場合は、その歯を快適に収めるために、自然に抜けるのを待たずに、その隣の2本の歯を抜く必要があります。これらの歯を適切なタイミングで抜くことで、他の歯の生え変わりが容易になり、歯に快適なスペースを確保 することができます(130-131ページ)。また、必要であれば、永久歯の抜歯も躊躇してはいけません。実際、歯の数が完全でなくても、通常の数の歯が不快に並んでいるよりはましです(127-128ページ)。同様に、隣の歯に虫歯を移す乳歯の虫歯になった部分を残しておくべきではありません(111-112ページ)。そうすることで、整然と並んだ歯は虫歯、ぐらつき、汚れにさらされることが少なくなります(88ページ)。虫歯は特にぎっしり生えた歯を攻撃する。歯が窮屈な状態にあると、エナメル質が割れたり欠けたりして、酸性の食物や、少量の泥や酸っぱい唾液が入り込む原因となる(122ページ)。

あらゆる歯の病気の中で、虫歯は一般的に最も厄介であり、最も多くの事故を引き起こし、また最も大きな痛みをもたらす(124ページ)。

子供たちに不快感をできるだけ与えない最も確実な方法は、父親と母親に、経験豊富な歯科医に子供の口の中を見てもらうよう促すことです。歯科医は、その面会を円滑に進めるためにあらゆる努力を払わなければなりません。歯科医は、子供たちの年齢の弱さに配慮し、細心の注意を払う必要があります。子供たちが、口の中のさまざまな治療に対して嫌悪感や忌避感を抱かないように、暴力的な手段、特に性急な対応は避けることを強くお勧めします。忍耐と優しさをもって、子供たちを落ち着かせ、さらには信頼感さえ与えることができる。しかし、父親と母親は、子供たちに従順さを教え、彼らが常に恐れている職業に徐々に慣れさせることによって、歯科医を支援しなければならない(p.132-133)。その少し後に、巧妙な処置戦略が述べられている:複数の歯を同時に抜歯する場合、抜歯の痛みが少ないと思われる歯から検査し、軽い処置で準備を整えて、より痛みの強い処置に耐えられるようにする(p. 134-135)。


V:歯の保存のために、子供時代に避けるべき欠点。虫歯の特別な原因。歯の虫歯に関する観察。若い人たちに口腔ケアを習慣づける必要性。あらゆる年齢層にとって、歯を健康で清潔に保つための簡単で適切な方法。アヘン剤や粉末の使用。その結果生じる利点と欠点。いくつかの緩和剤の乱用。指で触れることで歯痛を治す方法。歯石に関する観察。そのさまざまな種類。歯石に関する危険な誤解。珊瑚の使用。珊瑚に与えられている特性についての検証。

親は、子供たちが何かが手に抵抗すると、すぐに歯で解決しようとする習慣を改めるよう注意しなければならない。同様に、お菓子、(...) 酸っぱい未熟な果物を食べたり、温かいものを食べた後に冷たいものを飲みすぎたりしないよう注意しなければならない(143-144ページ)。
上顎切歯は虫歯になりやすい歯である。虫歯の進行を防ぐには(…)、わずかな虫歯の兆候が見られた場合、過度に接触している歯を分離する(エナメル質に虫歯が浸透してはいけないため)(p.149)。しかし、少しずつ、何度も、歯が徐々に強くなる ように研磨しなければならない(p. 150)。
歯髄腔のばらつき:歯の感度の個人差の原因は、特にやすりの使用にある。歯髄腔が非常に広く、そのため骨質が薄い歯もある。そのため、歯の血管は体積が大きくなり、より多くの体液を含むことになる。これは、歯の骨質の薄さと相まって、その歯を非常に敏感にする。一方、歯髄腔が狭く、歯質も厚みがある歯は、その構造がより緻密であるため、知覚もはるかに鈍くなります。最後に、歯に神経を供給する血管が歯冠内でより深く位置し、骨組織に神経を供給する量が多いほど、その歯の知覚はより鋭敏になります。
年齢を重ねるにつれて、歯の内部は、その物質の性質に応じて、多かれ少なかれ骨化が進み、それに比例してその空洞は減少または存続し、それが確実に歯の感度の程度を決定する。私は、40歳や50歳の人で、切歯や犬歯の歯冠に非常に広い空洞がある人、また18歳や20歳の若者で、その空洞が歯頸部で終わり、残りは骨質で満たされている人を見たことがある(p.151-153)。

歯石
毎日の衛生ケアに関する推奨事項は、非常に軽視されがちな歯石が付着するのを防ぐことを目的としています。歯石は、おそらく歯と歯茎にとって最も危険な敵であり、それらを蝕み、消耗させ、その結果として歯が抜け落ちる原因となります。虫歯とは全く関係なく、良質の歯を持つにもかかわらず、歯を失った人はどれほど多いことか(…)。しかし、歯石の発生と進行は、純粋に怠慢の結果である(p.157)。若い頃から小さなケアに慣れることは、その習慣が一生続き、何の費用もかからないように見えるにもかかわらず、非常に有益である。ただし、少しでも中断すると大きな不快感をもたらす。習慣がないため、ある年齢になってこの習慣を勧められた人の多くは、それを面倒な作業だと感じ、すぐに怠ってしまう(158-159ページ)。
この推奨事項は、保護者だけでなく、学校、寄宿舎、宗教団体にも同様に当てはまります。
衛生に関するアドバイスをまとめましょう:毎朝、明るい場所で鏡の前に立ち、自分の口の中を確認し、歯と歯茎の縁の状態を確認してください。羽根で歯間の汚れを取り除き、布、綿、準備した根、あるいはさらに良いのはよく準備した細かいスポンジで歯を磨く。 上顎の歯は上から下へ、下顎の歯は下から上へ、歯茎の縁から歯の根元まで、歯全体を磨く。毎食後、口を洗い、爪楊枝を使用すること(p. 163-164)。オピエートは2、3ヶ月に1回のみ使用すべきである:歯垢が頑固になるまで待ってはならない。なぜなら、それが固着し、硬くなり、歯石に変化すると、粉末やオピエートでは除去できなくなり、鉄で削るしかなく、遅滞なく歯科医の診察を受ける必要があるからである。そのため、1年に1、2回は歯科検診を受ける必要があり、歯科医による歯のクリーニングはかえって歯を汚すという主張には耳を貸すべきではない(p. 169-170)。さらに、オピエートやその他の薬剤は、虫歯や壊血病を予防する効果はない(p. 185)。。
歯科医への恐怖だけが、毎日特定の人々に引き起こす特異な影響:
ファウシャールが簡潔に引用したエマールのように、ブノンは、歯科医が近づくだけで、あるいは器具や装置を見ただけで、突然発作が治まり、痛みがすべて消えたという事実について言及している。彼はこれを動揺した想像力、パニック状態の恐怖が(…)脳内に革命を引き起こし、痛み(p. 177)を一時的に停止させることによって説明している。
同様に、指で触れることで、患者は、自分の病気よりもさらに不安になる手術を受けることなく、治癒するという確信によって安心する(p. 179)。しかし、その痛みが必ず、多かれ少なかれすぐに再発することは、その誤りをさらに明確に示している(182ページ)。


VI:サヴォワールと呼ばれる子供たちの歯、および田舎の人々の歯に関する、非常に一般的な偏見の検証。

彼らの歯の美しさ、特にその白さは、子供や大人の口のケアにそれほど気を使う必要がないことを証明するために、最もよく用いられる議論の一つである(203ページ)。これらの子供たちの日焼けした肌、そして常に煤や汚れで覆われた顔の汚さは、この輝きをさらに引き立てている(206-207ページ)。
最後に、結論として、ブノンは、このような確実で簡単な手段が、父親や母親によって軽視されないことを願っており、次のように付け加えている。 しかし、私は、困難な状況では常に高すぎる費用がかかる救済策を、自ら手と治療薬で、それを購入する余裕のないすべての人々に無償で提供してきた。同じ申し出を改めて繰り返すにあたり、特にそのような状況にある父親と母親たちに、私によって提供できる救済策を子供たちに惜しみなく与えるよう呼びかけたい。私は、多くの同僚たちと同様に、公衆と結んだこの種の約束を、常に厳格に遵守します。そして、私の無私無欲の姿勢も、注意深さも、決して損なうことはありません。以上。(p. 212)。


結論

この文章は、その内容がとても明確で、美しく書かれているため、コメントを一切必要としない、全文を引用せざるを得ないと思いました。予防は、このエッセイの骨格となっている。矯正歯科の貢献は、技術的なものではないが、歯科疾患の予防と、快適さ、美しさ、そしてより良い社会的統合をもたらす歯の正しい配置という観点では、同様に注目に値する。特定の考察の驚くべき現代性、そして多くの発言の人間性に、しばしば驚かされる。心理学的アプローチに関する助言は、賢明であると同時に感動的であり、父親が子供たちに対して抱く真の愛情を物語っている。また、子供たちの両親の経歴や環境、乳母の行動など、子供たちの背景に関する彼の関心も、現在の小児心身医学に見られる概念と同様に、非常に有意義である。最後に、同時代の学者たちの主張も礼儀正しく議論されており、この独創的で寛大な著者にさらなる威厳を与えています。

参考文献
André Besombes et Georges Dagen, Fauchard et ses contemporains. SNPMD, 1961, Paris.
ロベール・ビュノン。『サルペトリエール病院における実験と実証』、ブリアソン、ショーベール、ピソ未亡人、パリ、1746年。
オーギュスタン・カバネス。 Dents et dentistes à travers l’Histoire(歴史における歯と歯科医)、ラボラトワール・ボトゥ、パリ、1928年、121-122ページ。
ディディエ・グラニエ。「小児歯科の先駆者」、Le Chirurgien-dentiste de France(フランスの歯科外科医)、第447号、11月18日、54-64ページ、1988年。
カルロス・ギゼル。 矯正歯科の歴史、436-458ページ、ベルギー矯正歯科協会、1997年、ブリュッセル。
ジュリアン・フィリップ。 矯正歯科の歴史、17-18ページ、S.I.D.E、2003年、パリ。

1756 Philipp Pfaff
Philipp Pfaff
1712-1766



1756_Philipp Pfaff_表紙

Abhandlung von den Zähnen des menschlichen Körpers und deren Krankheiten
人体の歯とその病気に関する考察.

ドイツ語で最初の歯科学の教科書.


ドイツ語の原書原文は,上記のリンク先(wellcome collection)から読める.

下記の市川博保氏の論文(
市川博保:松本歯学 17: 341-357, 1991. )に,全文の抄訳が記載されている.

歯列に関する記述は以下の部分がある.

17.歯の交代期における歯科医の注意と義務について(H・S)
 歯には,固有の歯根は無く,根に似た小さい長めの尖ったものがある。子供は,7歳のころ前歯が,11〜13歳のころ臼歯が交代する。交代期になっても残っている乳歯が,動揺したり,う蝕になっているときは抜歯する。抜歯するにあたって,後継歯が正しく崩出するかどうかを,判断できるような知識と技術を持った歯科医を選ぶべきである


1756_Philipp Pfaff_図


1757
宝暦7
-

Etienne Bourdet

1722-1789

 

 

1757_Par M. Bourdet._Volume 2

 

Volume 2
Recherces et observations sur toutes les parties de l'art du dentiste / Par M. Bourdet. Bourdet, Bernard, 1757.

 

 

Fauchardの支持者.であった Etienne Bourdet (エチエンヌ ブルーデ1722-1789)は,Recherches et observations sur toutes les parties de l’art du dentiste.”の第二巻 の中で Fauchard のプレートを改良し,弯曲した装置を考案.叢生の改善のため 「serial extraction 便宜抜歯」 として第1小臼歯の抜歯を勧めた

 

 

 1757_Bourdet_図

 

 

 

1760英国人歯科医
Surgen-dentis
の渡米


ヨーロッパから
英国人歯科医
 John Baker が
北米へ移住.
-

アメリカに初めて渡米した歯科医師第一号は,1760年,John Baker(英国人)であった.

1860年に,日本国に初めて来日した歯科医師 イーストレーキ(米国人)が来日後にあちこち転々としたように,
ベイカーもまた,北米に移住前,ヨーロッパのいくつかの国を旅し,植民地の各地を経て,
ボストン,ウィリアムズバーグ,ヴァージニアなどに居を構えたことが記載されている.

フォシャールの書にあるように,歯科医 dentist という言葉ができる以前,歯の治療を行う人は Operator for the teeth (歯の治療者)あるいは Tooth-drawer (歯を抜く人)と呼ばれていた.ベイカーは,Surgen-dentis という名前でボストンの新聞に広告を出した.


出典:John Baker の生涯は,ワインバーガー氏の書 vol. 2 に詳しく書かれている
     AN INTRODUCTION TO THE History of Dentistry vol. 1

     AN INTRODUCTION TO THE History of Dentistry in America vol. 2

        

       お墓の場所     John Baker のお墓






日本の歯科医療は米国から伝わり,日本の歯科は米国の発祥である,ということになっている.しかし,そもそも現在の米国はイギリスの植民地であった.歴史という時間軸では人間の移動により,伝えるのは個人であり国でもない.今の米国を経由して伝わってきたというのが歴史的解釈ではなかろうか.

医学/医療の歴史は,医学教育,医療技術,そして国民の求めるケア,公平な医療制度といった,視点によってその始まりも異なってくる.


・ 英国の歯科の歴史:
   Dentistry and the British Army: 1661 to 1921

1783年の医籍登録簿第三版で 「歯科医」 が別個のグループとして記載された.しかし,登録は義務でなかったため,歯科治療を行う者の大半は記録されなかった.

1764
(明和元年)
|
1798
(寛政10)

古事記傳本居宣長
1730-1801

1790年(寛政2年)から宣長没後の1822年(文政5年)にかけて版本として刊行.

古事記の 「
波那美波 志比斯那須」 についての註.


「古事記傳 三十二之巻(應神)」

古事記伝 三十二之巻(應神)
本居豊頴 校訂 ほか
『本居宣長全集』 第3 吉川弘文館 昭和12至13.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/1117163

1768
明和5
-Thomas Berdmore
1768_Thomas Berdmore
Source: Wellcome Collection.

A treatise on the disorders and deformities of the teeth and gums ... with cases and experiments / By Thomas Berdmore. 1768.
  Part III. Chapter IV.
  Of Irregularities of the teeth, and the Reduction of them by Ligatures

   p. 212- ; 歯の不正について書かれている.


【メモ】: 1700年頃の文章:"s" と "f" のこと.
古い英文では,「s」が「f」と似たような字になっている.これは,long s という装飾文字らしい.
見分ける方:fの水平な横棒「-」が,右半分にまで出ていないのは「s」.
OCRスキャンでデジタル化された文章には誤認識したものもある.

s と f のこと

以下の文章は現代表記にしている.

CHA P. IV.
Of Irregularities of the Teeth, and the Reduction of them by Ligature.


Irregularities of the Teeth are extremely frequent, where none of the above-mentioned precautions have been taken, and where the second as well as the first dentition has been neglected, as a matter of no concern: it is often required therefore to correct by art what at first might easily have been prevented.

To bring Teeth which are ill set into beautiful order at any time of life, is promised every day in the public papers, with the greatest assurance, by several people who profess themselves Dentists; and I am afraid that there are people enough to believe such advertisements, and to accuse every man of ignorance who should affirm that it is impossible. Yet notwithstanding all this I will freely own, that I never have, nor ever will attempt this ingenious practice upon grown people; for reasons which I shall assign, after having first shewn the different methods of it.

The first is to pass a gold wire or silken ligature from the neighbouring Teeth on either side, in such a manner as to press upon that which stands out of the line, in a direction which shall tend to reduce it.

The second is to fix a thin elastic gold plate of the breadth of a watch-spring on that side of the Tooth which recedes most from the proper line, and then to fasten the ends of it to the Teeth on either side, so that the bent of the spring may tend to press the irregular Tooth back to its place. This and the former contrivance may be applied where one or more Teeth incline inwards, as well as when they project externally.

The next method is not quite so gentle, and consists in breaking the Teeth into order, by means of a strong pair of crooked pliers, after which the ligature is to be applied.

The last is, to file them into order.

In advanced age it is well known, that the Teeth are so deeply and firmly fixed in the substance of the jaw-bone, that it requires a considerable power to force them out of their places, and that none of the bones at this period will yield to flight continued pressure, in the same manner as the tender growing bones of children will do. But without a yielding of the bony fides of the sockets, or of the flinty substance of the Teeth, how is it possible to bring a Tooth which projects outward, or inclines to the inside, into the proper line? or supposing this were feasible, if the pliant bones of children require a considerable length of time to effect such alterations, what would be the time necessary on this occasion? what the degree of pressure ? who could support such lasting uneasiness? if we may tell the truth, such notions belong to fancy, not to practice; and such promises are founded on ignorance, or intended for deceit.

The fame observations apply to the second method, or to those that pretend to have used the elastic plate successfully.

As to the third, it is such a treatment as need not be opposed; because it is not credible that any grown person is so easily persuaded, and so regardless of pain, as to submit to the trial. But supposing the case were otherwise, it is well known that a Tooth in a grown person cannot admit of any considerable change or situation without being raised out of the socket; so that whilst the operator brings it into the line on one hand, he raises it above the level on the other; he destroys its connections, exposes it to looseness, pain, and decay, and makes it incapable of bearing the ordinary impressions in chewing; an evil much greater than the total loss of a Tooth.

As to filing the Teeth into proper shape, size, and order, I know that it is practised every day, and shall therefore consider it more at large, after I have first pointed out some instances where the reduction of the Teeth is practicable and safe, and which serve as a pretext for the exaggerated accounts, and the incredible pretensions of those, who promise to succeed at all times.

Between the seventh and twelfth year, whilst the Teeth are growing, and the sockets in a condition to yield by degrees to any constant pressure, if the edge of a Tooth stands out of its proper direction, it may oftentimes be brought back, provided the patient will bear a ligature, as described above, to continue on for a long time, and to be tightened occasionally; provided likewise that the projection of the Tooth out of its required direction, be not very considerable, and that the pressure do not fall solely on the two neighbouring Teeth; for it always should be divided by throwing a few turns of the wire or ligature over some of those that stand at a distance. The use of the elastic plate is more inconvenient to the patient, but not more effectual than this method; and the application of instruments, to force the Teeth at once into order, is extremely dangerous at any age; since it is more likely to loosen them, and make them fall, than to give regularity and beauty.

 -- 

1771

明和8

-

John Hunter

John Hunter

1728-1793

 

 

The natural history of the human teeth: explaining their structure, use, formation, growth, and diseases / by John Hunter, 1st ed. 1771.

 

 

 

 

 

 

 

 

1760年代に歯科医 James Spence とこの仕事を行い出版された.

ロンドンの Hunterian Museum に,これらの図の標本が展示されている.

このミュージアムの場所は,BOS(英国矯正歯科学会)の本部でもある.

 

 

 

The natural history of the human teeth: explaining their structure, use, formation, growth, and diseases.

A practical treatise on the diseases of the teeth; intended as a supplement to the Natural history of those parts. / by John Hunter, 2nd ed. 1778.

 

 

☛ 下記の Chapter はリンク先に記載.

   Chapter VI. Of the Irregularity of the Teeth. P.72

   Chapter VII. Of Irregularities between the Teeth and Jaw. P.82

 

 

 

The natural history of the human teeth : explaining their structure, use, formation, growth, and diseases, Illustrated with Plates. / by John Hunter; with notes by Eleazar Parmly. 1839.

  Chapter VI. Of the Irregularity of the Teeth.

   Chapter VII. Of Irregularities between the Teeth and Jaw.

 

1772
明和9
和蘭全躯内外分合図

験号



所蔵:
京都大学附属図書館
本木良意
(1628-1697)


鈴木宗云
撰次

原書は,レメリン Johannes Remmelin の解剖圖書.
本木良意は元禄10(1697)年に死んだので,翻訳自体は解体新書より100年近く前だった.
周防の鈴木宗云が見出し,1772年に出版した.
良意は,商館医ケンペル や ライネ に学び,大通詞,通詞目付 まで昇進した.


1772_和蘭全内外分合図_口中并心臓経絡ノ圖



圖に対応する以下の名称が確認できる.

  唇
  顋(アギト):顎

  上顋肉
  下顋肉

  上顋ノ骨
  下顋ノ骨

  下顋ノ齒
  上下ノ歯



本木良意訳 『阿蘭陀経路筋脈臓腑図解』 をめぐる考察
成瀬勝俊,他.日本医史学会雑誌, 56(2): p.253, 2010.






1774
安永3
解體新書

序圓
巻之一
巻之二
巻之三
巻之四



杉田玄白

 ☛ 1722年の項(解體新書の原本)を参照.

1774_解體新書_序圓1巻

凡例には,
 1. 斯書ハ和蘭ノ人與般亞箪兒武思(ヨハン アタン キュルムス)所著打係縷亞那都米(タ−ヘル アナトミイ)者也
 2. 斯書に載せている圖は,和蘭解體諸本から明了なを取って載せた.といったことが述べられている.
 3. 諸本として5冊の圖を参考にしたことが書かれている.
         ※該当書と人物解説は,「小川鼎三著 解体新書-蘭学をおこした人々.中公新書 1968. p.51-54.」からそのまま引用.
              小川鼎三 著 『解体新書 : 蘭学をおこした人々』
              中央公論社 1968 国立国会図書館デジタルコレクション
              https://dl.ndl.go.jp/pid/1382964 (参照 2025-09-09)

    ・ 東米私(トンミュス)解體書        官醫 桂川法眼 所蔵
         Thomas Bartholin(1616-1680)
          デンマークの解剖学者.リンパ管の研究で有名な学者であり,,リンパ管 Vasa lymphatica という言葉を創めた.
    ・ 武蘭加兒(ブランカール)解體書     同
         Steven Blankaart(1650-1702)
          オランダ人.アムステルダムに住んだ医者ブランカールツ.解剖学の本を三種もつくり,出版していた.
    ・ 加私巴兒(カスパル)解體書       翼所蔵
          Caspar Bartholin(1585-1629)
          デンマーク人.先の Thomas Bartholin の父親であろう.コペンハーゲン大学で弁論学や医学や神学を教えたが,
          また解剖学の教科書をつくった.しかし,カスパル自身は解剖学にあまり熱心ではなく,息子のトーマス(トンミュス)が
          父の教科書を改訂してりっぱに作りあげて,これがカスパル解剖書(初版1641年)として世に出た.          
    ・ 故意的爾(コイテル)解體書       同以 羅甸 語記
         Volcher Coiter(1535-1600)
          オランダ生まれで,ニュールンベルグに住んだ医者で,若い時から解剖学に熱心で,イタリアやフランスの諸大学をめぐり,
          骨の発育やその比較解剖学を研究し,動物の脳を傷つけるとどんなことが起こるか研究した.
    ・ 安武兒(アンブル)外科書解體篇    中津侍醫 前野良澤 所蔵
         Ambroise Paré(1510-1590)
          フランスの大外科医.アンブロアス・パレ−
          解体新書では,4つの図にパレ―の符号がついているが,小川氏は,パレ―全集(第8版, 1614年)解体篇の
          全図と比較してみたが該当するものがなく,ワーゲンザイル教授の指摘;実際は G. Bidloo(1619-1713)の
          人体解剖書 Anatomia corporis humani. Amsterdam, 1685 (蘭訳本は Ontleding des
          menschelycken lichaams. Amsterdam, 1690)に載っている図と酷似していることなどを指摘.
   の図を参考にしたとある.

 4. また,諸説(解説)については,以下の6冊の諸説を参考にしたと書いている.

    ・ 加私巴兒(カスパル)解體書       官醫 桂川法眼 所蔵 以 羅甸 語記
    ・ 笴私林牛私(ヘスリンキス)解体書    官醫 山脇法眼 所蔵
          Johann Vesling (1598-1649)
           ドイツ人の解剖書
    ・ 武蘭加兒(ブランカール)解體書 異本   中津侍醫 前野良澤 所蔵
          前記のブランカールの三種の解剖書.
    ・ 巴爾靴員(パルヘイン)解體書           我藩侍醫 中川淳庵 所蔵
          Jean Palfyn(1650-1730)
           ベルギーの著名な外科医で,産科鉗子を創めたといわれるジャン・パルヘインの解剖書.
           外科用人体解剖学 Heelkonstige Ontleeding van's menschen lichaam という書名で
           ライデンで1719年初版,1733年再版.原著はオランダ語.           

    ・ 抜爾詩都私(ハルシトス)解體書    同

    ・ 米私計爾(ミスケル)解體書           処士石川玄常 所蔵 亜爾馬□亜國之書

 したがって,解体新書以前より,日本には多くの蘭学書は存在しており,オランダばかりでなくヨーロッパからの洋書を参考にしながら,これに私見を加えながら翻訳されたものであった.

    カスパル:Caspar Schamberger 1623-1706 ドイツ

    Lorenz Heister の外科書


 解体新書は,日本最初の本格的な翻訳書ではあったが,全文の正確な翻訳書ではなく,いくつかの西洋書からの図を用いたり,また本文と同等以上の文量で書かれていた 「注釈(脚注,注解,註解など)」 は翻訳されていなかった.前野良澤が共譯者を辞退した理由は,研究職にあるものにはよく理解できるであろう.


 1774_解體新書_骨節圖

巻之二
 〇骨節篇第五 に上下の顎骨,歯の構成についての記載がある.

 上顎骨は2ツに分かれ不動であり,下顎骨は動き,
  上下ノ骨。上ノ者不動。下ノ者動ク。
  下顎ノ骨。其ノ両端薄メ而單也。


  齒は32齒あり,
   
板齒(前歯)上下合八,
  犬牙上下合四。一ニ眼牙ト。
  齨齒上下合十有
  真牙上下合四,其形興齨齒同。



キュルムス 著 ほか
『解體新書 4巻序圖1巻』[1] 須原屋市兵衛 安永3 [1774].
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2558887 (参照 2025-08-27)


参考web: 京都大学所蔵資料でたどる文学史年表: 解体新書




1803

享和3

-

Joseph Fox

 

The natural history of the human teeth, including a particular elucidation of the changes which take place during the second dentition, and describing the proper mode of treatment to prevent irregularities of the teeth. To which is added, an account of the diseases which affect children during the first dentition / by Joseph Fox.

  Chap. V. Of the Irregularity of the Teeth      p.45

  Chap. VI. Of the Treatment to prevent Irregularity of the Teeth    p.52

 

  Chap. XII. The Treatment to remedy Irregularities of the Teeth    p.57

 

 

 

   

 

 

 

Histoire naturelle et maladies des dents de l'espèce humaine en deux parties / par Joseph Fox ; ouvrage traduit de l'Anglais par le Chevalier Lemaire. / by Fox, Joseph. 1821 (フランス語版)

1814
文化11

--

 

A treatise on the management of the teeth / by Benjamin James. 1814.

  Irregularity of the Teeth p.97-

 

1814
文化11
諳厄利亜語林大成
日本最初の 英和辞書

『諳厄利亜語林大成』
(鹿児島大学附属図書館所蔵)
出典: 国書データベース
https://doi.org/10.20730/100050891

 Teeth  歯
 Tooth 歯
 Tooth ach 歯痛
 Tooth picker 歯帚 → つまようじ

1819   
1825
文政8
-Jsep Sigmond
A practical and domestic treatise on the diseases and irregularities of the teeth and gums; with the methods of treatment / By Mr. Sigmond. 1825.

1829
文政12

-Thomas Bell
Joseph Foxの弟子.


The anatomy, physiology, and diseases of the teeth / by Thomas Bell. 1829.
 on Irregularity  p.82-
  Its orevention, and the Treatment of temporary irregularity

The anatomy, physiology, and diseases of the teeth / by Thomas Bell. 1831.

The anatomy, physiology, and diseases of the teeth / by Thomas Bell. 1835.

The anatomy, physiology, and diseases of the teeth / by Thomas Bell. 1837.


1829

文政12

-

Samuel Sheldon Fitch

 

A System of Dental Surgery. In Three Parts. / by Samuel Sheldon Fitch. 1829.

 

  Part I. Chapter II. Section VII. Irregularity of the teeth

  Part II. Chapter I. Section VII. Treatment of irregularity of the teeth

1834-William
Imrie

The parents' dental guide : a treatise on the diseases of the teeth and gums from infancy to old age : with observations on amalgams, cements, & etc. and remarks on the construction of artificial teeth / by William Imrie. 1834.

歯の異常の原因としての 「指しゃぶり」 に初めて言及した.これ以降,舌癖,軟食なども歯列不正の原因として認識されるようになった.
1836 Friedrich Christoph Knisel
歯科矯正学の最初の専門書


Der Schiefstand der Zahne.

1839Lefouin
othodontia
いう用語は,1839年に Lefouion によって初めて使用された.


Lischer によると,orthodontics という用語は,著名な文献学者である James Murray ジェームズ・マレー卿によって初めて使用された.

orthodontics という用語は,1909年に Schelling シェリング によって正式に定義された.

 

Weinberger は,『アメリカの歯科矯正史』 を以下に区分した.


Harris (1839) - - - - - - - > Kingsley (1880) - - - - - - - - -> Angle school (1900) - - - - - - - - - > present
          ・ early orthodontia                                                                 ・ modern orthodontics

 


  (1)Early orthodontia, 1839 to 1880, or from Harris to Kingsley;
  (2)from 1880 to 1900, or from Kingsley to the establishment of the Angle School of Orthodontia and the organization of the American Society of Orthodontists and
  (3)modern orthodontics, from 1900 to the present time.

 

出典:

Orthodontics; an historical review of its origin and evolution: including a extensive bibliography of orthodontic literature up to the time of specialization. vol.1

by Bernhard Wolf Weinberger. 1926. Volume I.

 

 

 

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『世界の歯科矯正史』 は,以下の5つに区分している.

 

 

 - - - - - - - - - 1530 - - - - - - - - - - - 1728 - - - - - - - - - - 1839 - - - - - - - - - - 1870 - - - - - - - - - - -

        1st period                  2nd                             3rd                          4th period

 

 

Orthodontics; an historical review of its origin and evolution: including an extensive bibliography of orthodontic literature up to the time of specialization. v. 1  / v. 1 by Bernhard Wolf Weinberger. 1926. Volume I.

 

   First period (up to 1530)

     The origins of dentistry in the ancient worlds

   Second period (1530-1728)

     Earliest dentistry from its first book, "Artzney Buchlein" to Fauchard

   Third period (1728-1839)

     The emergence of dentistry. Pierre Fauchard - "Father of dental science" - to Chapin A. Harris

   Fourth period (1839-1870)

     Early orthodontia - Chapin A. Harris to Norman W. Kingsley and John N. Farrer

     Fifth period (1870-1899)

         Orthodontia, to its culmination as a specialty.

 

 

 

注釈:日本では,Harris C. について教科書にも記載されていない.多くの歯科矯正医は,歯科矯正が1900年の Angle から始まったと記述するのは恥ずかしい事実である.医学・医療から歯科が分化した背景や流れについての考察は,現在の日本の歯科医療のあり方にも深く繋がっている.

 

 

1839
天保10
--
American Journal of Dental Science
が創刊
1839
天保10
-

Chapin Aaron Harris
Chapin A. Harris
1806-1860

 

 

1839_The Dental Art_A Practical Treatise on Dental Surgery

The dental art: a practical treatise on dental surgery.

by Harris, Chapin A. 1839.

 

CHAPTER V.

  Irregularity of the Teeth   p.97

  Their treatment,              p. 102

 

 

CHAPTER V.
IRREGULARITIES OF THE TEETH - THEIR TREATMENT.

 

THE increased number of teeth, their larger size, and other circumstances, attending second dentition, often give the teeth of the second set an improper direction, and occasion much irregularity in their arrangement. But this rarely affects the deciduous teeth; because, unlike the others, they seldom meet with any obstacles to their ascent and final protrusion through the gum.

A disproportion between the size of the permanentes, and the anterior part of the jaw, sometimes prevents the teeth from taking their proper places in the dental circles; but this seldom occurs, and even when it does, it is generally so inconsiderable, that it occasions but little disturbance. Irregularity is most frequently produced by a premature loss of one or more of the temporaries, and a consequent contraction of the maxillæ, by an incongruity between the absorption of the fangs of the first denture and the growth of the second teeth, and by the presence of supernumerary teeth.

The first of these causes, is probably the most frequent. The second often occasions such disturbances in the arrangement of the teeth, as are very difficult to remedy. The last is of rare occurrence, but when it does happen, it produces the worst kind of irregularity.
Irregularity is generally confined to the incisors and cuspidati, though it sometimes extends to the bicuspides, and even to the dentes sapientiæ, but rarely to the first and second molares. These two latter classes of teeth like the temporaries, meet with no obstructions to their ascent and protrusion through the gums. But the incisors, cuspidati, and bicuspides, often make their appearance before the roots of the temporary teeth, immediately over them, have been absorbed; and even when the crowns of the deciduous teeth fall out before they appear, they are so much larger than the temporaries, that the space thus made is frequently not large enough for their reception.

The first molares, are the first of the second denture, that are cut; and hence, the teeth that are to fill the anterior part of the arch, are limited to the space occupied by the first set, and if this is too small, a slight irregularity, at least, must of necessity ensue.
The dentes sapientiæ are sometimes prevented from coming out in their proper places, in the lower jaw, by a want of room between the second molares and coronoid processes; and in the upper, by a want of space between the second molares and the angle of the jaw.
When a bicuspis cannot occupy its proper place, it turns inward towards the tongue, or outward towards the cheeks, according as it is in the lower or upper jaw. But this order is sometimes reversed. It is comparatively seldom that the harmony of the arrangement of these teeth is disturbed, and when it is, the derangement is generally much less than that to which the incisors and cuspidati are liable.

These latter teeth are frequently so much disturbed in their dentition that they are entirely excluded from the arches. In such a case they seldom appear behind it, but are usually thrown outwards towards the lips, to which they often are a source of great annoyance, by causing them to protrude, and sometimes excoriating the delicate membranes with which they are lined to such an extent that their extraction becomes indispensable. Besides this, they always occasion more or less deformity, and when they protrude a great deal, they are apt, on the reception of a blow, to cut the upper lip.

The incisors of the upper jaw, present a greater variety in the manner of their arrangement than any of the other classes of teeth. The centrals sometimes appear before the dental circle, but much more frequently behind it: at other times, their lateral edges are turned either directly or obliquely towards the lips. The irregularity of these teeth, however, is much more generally characterized by an overlapping of their sides.
The laterals sometimes appear half an inch behind the arch, in the roof of the mouth, and sometimes before it. At other times, their sides are situated like those of the centrals, just described.

When any of the upper incisors are very much inclined towards the interior of the mouth, the lower ones, at each occlusion of the jaws, shut before them, and thus become an obstacle to their adjustment. This is one of the most difficult kinds of irregularity to remove, and one that often interferes with the lateral motion of the jaws.

The under front teeth sometimes shut in this manner even when there is no deviation of the upper to the interior. Here the irregularity is owing to a preternatural elongation of the lower jaw, which more frequently results from some fault in the dentition of the second denture, than from any defect congenital with the jaw itself.

Sometimes, the superior maxillary arch is so much contracted, and the front teeth in consequecce so much projected, that the upper lip is prevented from covering them. Cases of this kind, however, are of rare occurrence, but when they do occur they occasion much deformity of the face, and are a species of irregularity very difficult to remedy.

From the same cause, the lateral incisors are sometimes shut out from the row, and appear behind the centrals and cuspidati, the dental circle being filled up with the other teeth.
There are many other deviations in the arrangement of these teeth. Mr. Fox mentions one that was caused by the presence of two supernumerary teeth of a conical form, that came up partly behind and partly between the central incisors, which, in consequence, were thrown forward, while the laterals were placed in a line with the supernumeraries; the central incisors, though half an inch apart, thus formed one row and the laterals and supernumeraries, another. Mr. F. says, he has seen three cases of this kind.

This description of irregularity, is rarely met with, I have, however, in the course of my observations seen several cases.

Cases are occasionally met with, says M. Delabarre, of a transposition of the germs of the teeth, so that a lateral incisor takes the place of a central, and a central the place of the lateral. A similar transposition of a cuspidatus and a lateral incisor sometimes also occurs.
The incisors of the under jaw, being smaller than those of the upper, and in other respects less conspicuous, do not so plainly show an irregularity in their arrangement, nor are they so much affected by it. Still it should be guarded against, for any such disturbance, whether in the upper or lower jaw, is productive of injury to the health of the teeth, and to the beauty of the mouth.
The growth of the inferior permanent incisors is sometimes more rapid than the absorption of the roots of the temporary. In such a case, the former emerge from the gums behind the latter, and sometimes so far back, that they very much annoy the tongue, and interfere with the enunciation. At other times, the permanent centrals cannot come into their proper places, because the space left for them by the molting of the temporaries, is insufficient for their reception. The irregularity in the former of these two cases, is greater than in the latter. The same causes, in like manner, affect the laterals.

M. Delabarre mentions a defect in the natural conformation of the jaws, by which the upper frontal temporaries on one side of the medial line are thrown on the outside of the lower teeth, while the similar teeth, on the other side of the same line, fall within. The same disposition, he says, may be expected, unless the defect be previously remedied, after the dentition of the permanent teeth.* I have never met with more than two cases of this sort, and I did not see the subjects of even these, until after they had become adults.

 
THEIR TREATMENT.

 

THE efforts that are made to remedy or remove the irregularities of the teeth, should always be in strict accordance with the indications of nature. Whenever the permanent teeth are prevented from taking their proper places, she endeavors to correct the evil, and if foiled in her efforts, exerts herself for their destruction. But at what period these efforts cease, is somewhat difficult to determine. When the irregularity is neither great nor complicated, and its causes are removed before the nineteenth or twentieth year, the teeth of themselves soon find their proper positions.
When, however, the exertions of the economy are unavailing, recourse should be had to the aid of the dentist, which, if properly rendered, can in almost every case, produce symmetry and regularity from deformity and confusion.

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* Enfin il y a une espèce de torsion de l'une ou de l'autre mâchoire, et quelquefois de toute les deux, qui fait que les dents temporaires supérieures antérieures recouvrent les inférieures, d'apaès la meilleure disposition; tandis qu'à commencer de la ligne médiane, les semblables dents de l'autre côté, rentrent en dedans des inférieures; il est probable, dan ce cas, que si l'on n'y obvie, la même disposition se reproduira pour la seconde dentition.- Traité De La Seconde Dentition, p. 136.
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The practicability of altering the position of a tooth, after the completion of its growth, was well known to many of the earlier practitioners; but, as before the commencement of the present century, the more particular object of the dentist was, the insertion of artificial teeth, this branch of dentistry met with but little attention. Fauchard and Bourdet, were among the first who turned their attention to it. They invented a variety of fixtures for adjusting such of the teeth as were not rightly arranged; but most of these were so awkward in their contrivance, and occasioned so much inconvenience to the patient, that their use was soon abandoned.

Mr. Fox, whose name must ever hold a distinguished place in the catalogue of those who have contributed most largely to this department of surgical science, was the first to give explicit directions for remedying the irregularities of the teeth. These have formed the basis of the established practice for the last twenty-five or thirty years, and this long trial has proved that they were founded upon a knowledge of the laws of the economy, and much practical experience.

In describing the treatment for irregularity, I shall notice the means, by which some of its principal varieties may be removed; otherwise, the application of the principles of treatment would not be well understood, since it must be varied to suit each individual case.
Whenever any irregularity is discovered in the second denture, the sooner it is rectified the better, for, in general, the longer a tooth is allowed to occupy a wrong situation, the more the difficulties of its adjustment will be increased. The position of a tooth may sometimes be altered, after the fourteenth or fifteenth year, but generally, it is better not to delay the application of the means until so late a period. For a change of this kind may be much more easily affected, before the several parts of the osseous system have acquired their full size, and while the process of new formation is in vigorous operation, than it can be after the osseous growth has been completed.

If, previously to this time, there be any pressure against a tooth, it causes an absorption of the side of the alveolus against which its fang is pressed. But this does not necessarily destroy the socket, for as the internal paries is carried off by the absorbents, the external of the same side is thickened by a deposition of new bone; and the vacuum thus made on the opposite side, is also filled up.

Though this pressure, at a later period of life, would occasion an absorption of the alveolus, there would be no corresponding osseous deposition; and thus, not only would the tooth be loosened, but a morbid diathesis would be induced in the periosteum of its fang, in the alveolar membrane, and in the gum, which would, in all probability, very much injure the other teeth.
The age of the subject, therefore, should always govern us in forming a prognosis of the practicability of removing an irregularity. Previously to the fifteenth year, we may almost always form a favorable one, but after this time, our efforts will be less likely to succeed.

The first thing that should claim our attention in the treatment of these deviations, is the removal of their causes. Whenever, therefore, the presence of any of the temporaries has given a false direction to one or more of the permanent teeth, they should be removed, and the thumb or finger should, from time to time, be properly pressed upon the teeth thus wrongly situated. This, if the irregularity has been occasioned by the remaining of a diciduous tooth, will, generally, be all that is requisite.

But, when it is the result of a narrowness of the jaws, either natural or acquired, one of the secondary teeth on each side of the jaw should be removed, in order to make room for the admission of those that are improperly situated. The second bicuspids are the teeth that are generally extracted, and their places are soon filled up by the falling back of the first, which usually makes ample room for the adjustment of the cuspidati and incisors. But if the first bicuspids, of themselves, do not fall back into the stations made for them, a ligature of silk should be tied round them and the first molares, which should be renewed every two or three days, until the desired result is produced.

The most frequent kind of irregularity resulting from a narrowness of the jaws, is the projection of the cuspidati. These teeth, with the exception of the second and third molares, are the last of those of the second denture that are cut, and are consequently more liable to be thrown out of the arch than any of the others, especially when it is so much contracted as to be almost entirely filled before they make their appearance. The common practice, in cases of this kind, is to remove the cuspidati. But, as these teeth, contribute more than any others except the incisors, to the beauty of the mouth, and can, in almost every case, be brought to their proper places, the practice should certainly be discarded.

Therefore, instead of removing these teeth, room should be made for them by drawing two of the bicuspides. Much judgment, however, is requisite to determine which class of these teeth to remove. If, between the first bicuspides and the lateral incisors, there be spaces of one-half the width of the cuspidati, the second bicuspides should be extracted instead of the first; but if there be no such spaces, the first should be drawn; for although these might be carried far enough back, after the removal of the second, to admit the crowns of the cuspidati between them and the lateral incisors, yet still there would not be a perfect harmony of arrangement, for the fangs of these teeth would still cross each other; so that those of the bicuspides, would be found deeply seated in the arch, while those of the cuspidati would be thrown forward so much, that they would occasion considerable prominences in the gums that cover their alveoli; which, in consequence, would be gradually absorbed, and thus the teeth would be loosened and caused to drop out.

But when there are spaces such as have been just described between the lateral incisors and first bicuspides, a disturbance of this kind will never occur, and when this is the case, the first bicuspides should never be removed, unless there be an irrregularity in the arrangement of the incisors that cannot be adjusted in any other way, and at the same time leave room for the cuspidati.

The first bicuspides are next to the cuspidati in importance; hence, they should never be removed, unless it be absolutely necessary for the adjustment of the teeth occupying the anterior part of the arch.

The bicuspides are seldom disturbed in their arrangement, but when one of them is not in its proper position, and there is a considerable crowding of the teeth that are anterior to it, it should be extracted; for, although the irregularity itself may not be very conspicuous, yet a degree of pressure will be kept up between the other teeth, which must of necessity be injurious.
The treatment of irregularity of the incisors of the upper jaw, is generally more difficult and complicated than that of the lower incisors. These teeth are more conspicuous, and, when well arranged, contribute more than any others to the beauty and pleasing expression of the mouth; their preservation and regularity are, consequently, of the greatest importance. Hence, the practice of removing the laterals, when they are situated behind the centrals and the cuspidati, and when the dental arch is not completely filled without them, is one that cannot be too strongly deprecated. Without these teeth, the beauty of the mouth, however well all the others may be arranged, is incomplete. They should never be removed, unless their arrangement, and that of the other teeth, are such, that their adjustment is impossible.

One of the most difficult kinds of irregularity to rectify, is, when the central incisors are so situated that their cutting edges, instead of being in a line with the arch, form an angle with it of from forty-five to ninety degrees. This peculiarity is rarely met with in both centrals, but often in one, while the other occupies its proper position.

Some practitioners have recommended, when the space between the lateral incisors is equal to the width of the crooked centrals, to correct this species of irregularity, either by twisting the centrals suddenly round with a pair of forceps, or by extracting and immediately replacing them in a proper position.

I cannot, however, join in these recommendations, because, if a tooth be extracted, or forcibly and suddenly turned in its socket, the dental vessels, from which its living principle is derived, are severed, and though its alveolar connection may be partially re-established, and an imperfect degree of vitality thus kept up, yet it will ever after be deprived of the animation and brilliancy which are peculiar to healthy teeth; a morbid diathesis in the relative and contiguous parts will be induced, which will end not only in the destruction of the tooth, but also in the great injury of the adjacent teeth.

These teeth, moreover, in consequence of the transverse being greater than the horizontal diameter of their fangs, can neither be suddenly twisted in their sockets, nor taken out and replaced with their labial surfaces outward, without great injury to the alveoli.
This description of irregularity, however, may be rectified in the following manner, without being attended with any of the evils above described. For this purpose, a gold band should be made and accurately fitted to the tooth. Ligatures are then to be attached to the sides of it, that will front the exterior and interior part of the mouth, after it shall have been placed upon the tooth. The ligature on the interior part of the band, should be brought forward between the irregular tooth and the lateral incisor, and then carried, on the outside of the circle, back to the first or second bicuspis, to which it should be made fast. The ligature attached to the anterior part of the band should be taken back between the centrals, and then extended, on the inside of the arch, to the cuspidati or the first bicuspis, on the opposite side of the jaw, to which it also should be secured. These ligatures should be renewed every two or three days, and each succeeding one drawn a little tighter than the preceding, until the tooth be properly adjusted.
If both the central incisors are affected with this species of irregularity, we should wait a few weeks after adjusting one of them, until it becomes firmly fixed in its socket, before we attempt to move the other, lest the pressure of the ligature against the newly adjusted tooth should throw it back into its former position.

The band should be so adapted to the tooth, that it may not be moved by the force that will necessarily be exerted upon it by the ligatures. It should be stamped between a metallic cast and die of the tooth; the manner of obtaining which, will be described hereafter.
Before, however, any attempt is made to adjust the tooth, it should first be ascertained, whether there is space enough between the other teeth to admit of its being turned. If there is not, room should be made, by extracting the second bicuspides, and proceeding, as has been before described.

Treatment similar to this, is also applicable to the lateral incisors, when similarly situated.
Irregularities arising from the presence of supernumerary teeth, may generally be removed by their extraction; and if this is not effectual, then properly directed pressure should also be applied.

In all cases, in which the upper teeth of the front part of the mouth, are thrown forward and caused to project, by the narrowness of the jaws, the second bicuspides should be removed, unless the first molares be decayed, for then it is more advisable to draw them. The anterior teeth are, thus, allowed to fall back, and form a more regular curve. Mr. Fox, in cases of this kind, recommends, that the first bicuspides should be extracted, but, for reasons before stated, I think it better to remove the second.

There are other varieties of irregularities in the front teeth, but I shall only notice one, which, from its peculiar character, is sometimes exceedingly difficult to remedy. It is when one or more of the upper anterior teeth are placed so far back in the maxilla, that the under ones come before them at each occlusion of the jaws; and thus present an insuperable obstacle to their ever being remedied without the aid of art.

Of this variety, Mr. Fox enumerates four kinds:— The first is, when one of the central incisors is situated so far back, that the lower teeth shut over it, while the other central remains in its own proper place.

The second is, when both of the centrals have come out behind the circle of the other teeth, and the laterals occupy their own proper positions.
The third is, when the lateral incisors are thrown so far back, that the under teeth shut before them, while the centrals are well arranged.
The fourth kind is, when all the incisors are placed so far in, that the lower ones shut before them.

He might also have added to this variety of irregularity, a fifth kind, for it sometimes happens that the cuspidati of the upper jaw are thrown so far back, that they drop on the inside of those of the lower. I do not, however, recollect of ever having met with more than two cases of this arrangement.

This variety of irregularity is not always occasioned by the upper teeth's being thrown too far back; it is frequently consequent upon the too great length of the under jaw.
Two things are necessary in the treatment of the irregularities which have just been described; the first, is to prevent the upper and lower teeth from coming entirely together, by placing between them some hard substance, so that the former may not be hindered by the lower teeth, from being brought forward. The second is, the application of some fixture, that will exert a constant and steady pressure upon the deviated teeth, until they pass those of the lower jaw, that obstruct them.

For these purposes various plans have been proposed. M. Duval recommends the application of a grooved or guttered plate, but I cannot determine how it was applied, or in what manner it effected the object proposed, since he has given neither drawing nor description of it. It was, perhaps, as M. Delabarre conjectures, a sort of inclined die, which was so placed over the teeth that are more exteriorly situated, that it strikes, at each occlusion of the mouth, the inside of the teeth that meet it. An instrument based upon the same principles, is also mentioned by M. Catlin. But fixtures of this kind, as has been remarked by M. Delabarre, can only be used, when there is a deviation both in the upper and lower teeth.

M. Delabarre proposes to pass silk ligatures around the teeth, and in such a way, that a properly directed and steady force may be exerted on those that are too far back in the maxilla; while the jaws are prevented from coming in close contact, by means of metallic grates, fitted to two of the inferior molares.

This plan possesses the merit of simplicity, and occasions but little or no inconvenience to the patient; but it, sometimes, will not only be found inefficient, but also to loosen the teeth adjacent to those that are to be brought forward. The force on the irregular teeth, and those to which the ligatures are attached being equal, in opposite directions, the latter will be drawn back, while the former are being brought forward; and thus the means that are used for the correction of one evil, will sometimes be productive of another.

Of the various fixtures that have been invented, for the correction of these kinds of irregularity, that recommended by Mr. Fox is unquestionably the best. It consists of a gold bar about the sixteenth part of an inch in width, and of proportionate thickness, which is bent to suit the curvature of the mouth, and fastened with ligatures to the temporary molares of each side. It is pierced, opposite to each irregular tooth, with two holes. The teeth of the upper and lower jaw, are prevented from coming entirely together, by means of thin blocks of ivory, attached to each end of the bar by small pieces of gold, and resting upon the grinding surfaces of the temporary molares.

After the instrument has been thus fastened to the teeth, silk ligatures are passed around the teeth, that have deviated to the interior, and through the holes opposite them, and then tied in a firm knot, on the outside of the bar. The ligatures must be renewed every three or four days, until the teeth shall have come forward far enough to fall plumb on those that formerly shut before them, and acquired a sufficient degree of firmness to prevent them from returning to their former position. But as soon as the teeth shut perpendicularly upon each other, the blocks may be removed, and the bar alone retained.

For the last twelve or fifteen years, many practitioners, both in England and the United States, have substituted golden caps for the blocks of ivory, recommended by Mr. Fox; and, instead of simply bending the bar, they now stamp it between a metallic cast and die, so that all its parts, except those immediately opposite the irregular teeth, may be perfectly adapted to the dental circle. The apparatus, with these modifications, is both more comfortable, and less liable to move upon the teeth.

Mr. Fox directs, that the blocks of ivory should be placed upon the temporary molares, but the golden caps, that are now substituted, are entirely disconnected with the bar, and are often used after the molting of these teeth, they are therefore placed upon the first permanent molares.
The caps, since the teeth are prevented from coming together, will have to perform the function of mastication. They should therefore be placed upon the stoutest teeth; and it is for this reason that the molares should be selected to wear them.

The curved bar should be removed and washed every time the ligatures are renewed. If this be neglected, the particles of food that collect between it and the teeth, will soon become putrid and offensive, and may produce considerable inflammation in the gums.
Before we apply the apparatus, we should first ascertain whether there be sufficient space for the reception of the deviated teeth, and if there be not, room should be made in the manner before described.

Some diversity of opinion exists as to the most suitable age for removing these kinds of irregularity. Mr. Fox, it would seem, preferred the period immediately previous to the molting of the temporary molares, probably the ninth or tenth year after birth.
Some think, that the fore part of the dental arch continues to expand until the second denture is completed, and that the bicuspides afford a better support for the ends of the bar than any other teeth, and are therefore content to wait until the fifteenth or even sixteenth year. But though the arch does sometimes thus expand, yet even when the expansion occurs, it is generally so inconsiderable, that very little advantage can be derived from it. Moreover, the arch, instead of expanding, is much more liable to contract, whenever a vacancy occurs in the dental circle, either by the extraction, or from the improper growth of one or more of the teeth; hence the difficulty is very apt to be increased by delay.

The evil, it is true, may be remedied at the fifteenth, seventeenth, or even eighteenth year; but yet it is never advisable voluntarily to defer it to so late a period.

The most that is required in the treatment of irregularity of the lower incisors, is to remove a tooth, and to apply frequent pressure to the teeth that are improperly situated. These teeth are less conspicuous than those of the upper jaw, and the loss of one of them, if the others are well arranged, is scarcely perceptible.

 

 


 

第V章.

歯の不正 - その治療

永久歯列では、歯の数が増えたり、歯が大きくなったり、その他の事情により、2番目の歯が不適切な方向に生えたり、歯並びが乱れたりすることがよくある。しかし、乳歯がこのような影響を受けることはほとんどありません。なぜなら、乳歯は他の歯とは異なり、歯肉を突き破って最終的に出てくる際に、障害となるようなことがほとんどないからです。

永久歯の大きさと顎の前歯の大きさが不釣り合いなために、歯が歯列の中で適切な位置を占めることができないことがあるが、このようなことはめったに起こらないし、たとえ起こったとしても、一般的には非常に小さいので、ほとんど支障はない。不規則な歯並びは、1本または複数の顎前歯の早期喪失とそれに伴う上顎骨の収縮、第1義歯の牙の吸収と第2義歯の成長との不調和、過剰歯の存在によって生じることが最も多い。

これらの原因のうち、おそらく最も頻度が高いのは前者であろう。第二の原因は、歯並びを乱すことが多く、改善が非常に困難である。最後の原因はまれなケースだが、発生した場合は最悪の不規則性をもたらす。

不規則な歯並びは一般に切歯と犬歯に限られるが、時には小臼歯やサピエンチアにも及ぶことがある。後者の2つの歯は、暫間歯と同様に、歯茎を突き破って上昇したり突出したりするのを妨げるものはない。しかし、切歯、犬歯、小臼歯は、そのすぐ上にある仮歯の歯根が吸収される前に、しばしばその姿を現す。また、乳歯の歯冠が出現する前に脱落した場合でも、それらは仮歯よりも非常に大きいため、このようにできたスペースは、それらを受け入れるのに十分でないことが多い。

また、乳歯が生える前に歯冠が脱落した場合でも、乳歯は暫間歯よりも非常に大きいため、このように形成されたスペースは乳歯を受け入れるのに十分でないことが多い。

下顎では、第二大臼歯と冠状突起の間にスペースがないために、上顎では、第二大臼歯と顎角の間にスペースがないために、小臼歯が正しい位置に出てこないことがある。

小臼歯が本来の位置を占めることができない場合、下顎にある場合と上顎にある場合とで、小臼歯は舌の内側を向いたり、頬の外側を向いたりする。しかし、この順序が逆になることもある。これらの歯の配列の調和が乱れることは比較的まれで、乱れたとしても、その乱れは切歯や犬歯の乱れに比べればはるかに小さいのが一般的である。

後者の歯は、歯列が大きく乱れ、歯列弓から完全に外れてしまうことがよくある。このような場合、アーチの後方に現れることはほとんどなく、通常は唇の外側に投げ出される。唇の外側に投げ出されると、歯が突出し、時には抜歯が不可欠になるほど、歯が裏打ちされているデリケートな膜を傷つけ、大きな悩みの種となる。その上、常に多かれ少なかれ変形を引き起こし、大きく突出している場合は、打撃を受けると上唇を切ることがある。

上顎の切歯は、他のどの歯よりも配列の仕方が多様である。中切歯は歯列円の前に出ていることもあるが、歯列円の後ろに出ていることの方が多い。しかし、これらの歯の不規則性は、側面が重なっていることの方が一般的である。

側縁はアーチの半インチ後方、口蓋に現れることもあれば、アーチの前に現れることもある。また、その側面は、先ほど説明した遠心歯と同じような位置にあることもある。

上顎の切歯が口腔内側に大きく傾斜している場合、咬合するたびに下顎の切歯がその前に閉じ、咬合の障害となる。これは最も除去が難しい不正のひとつであり、顎の側方運動を妨げることが多い。

上の歯が内側に偏位していなくても、下の前歯がこのように閉じてしまうことがある。このような不規則な歯列は、下顎の不自然な伸長によるもので、顎そのものに先天的な欠陥があるというよりも、永久歯列の歯列に何らかの欠陥があるために生じることが多い。

時には、上顎のアーチが非常に縮小し、その結果、前歯が非常に突出して、上唇がそれらを覆い隠すことができなくなることもある。しかし、このような症例はまれであり、発生した場合には顔面が大きく変形し、改善が非常に困難な不整の一種である。

同じ原因で、側切歯が列から外れて、中切歯と犬歯の後ろに出てくることもある。

これらの歯の配列には他にも多くの逸脱がある。フォックス氏は、円錐形の2本の過剰歯が中切歯の後ろと間に生えていたために、中切歯が前方に投げ出され、その結果、側切歯が過剰歯と一直線上に並んだと述べている。F氏は、このような症例を3例見たことがあるという。

このような不規則な歯並びはめったに見られないが、私はこれまで何例か見てきた。

M.デラバールによれば、側切歯が中切歯の代わりに、また中切歯が側切歯の代わりに生えているような、歯胚の転位が見られることもある。犬歯と側切歯が同じように転位することもある。

下顎の切歯は、上顎の切歯よりも小さく、他の点でも目立たないため、配列の不規則性がそれほどはっきりと表れることはなく、その影響を受けることもあまりない。しかし、上あごであれ下あごであれ、このような乱れは歯の健康と口元の美しさを損なうので、気をつけなければならない。

下顎の永久切歯の成長は、仮歯の歯根の吸収よりも早いことがある。このような場合、永久歯は歯ぐきから永久歯の後方に出てくるが、時には非常に後方に出てくるため、舌を刺激し、発音を妨げることがある。また、永久歯の中耳が、仮歯の脱皮によって残されたスペースが十分でないために、本来の場所に来ることができないこともある。この2つのケースのうち、前者の不規則性は後者よりも大きい。同じ原因が、同様に側頭にも影響する。

M. M.デラバラは、顎の自然な形態における欠陥について言及している。この欠陥によって、内側線の片側にある上顎の前歯部暫間歯は下顎の歯の外側に投げ出され、同じ線の反対側にある同様の歯は内側に入る。このような症例は2例しか見たことがなく、その2例でさえ成人になるまで見たことはなかった。

 

治療

 

歯並びの乱れを改善したり、取り除いたりするための努力は、常に自然の徴候に厳密に従うべきである。永久歯が適切な位置に生えるのを妨げられたときはいつでも、彼女はその悪を正そうと努力し、その努力が挫折したときは、その破壊のために力を尽くす。しかし、その努力がどの時期に終わるかは、判断が難しい。歯列不正の程度がそれほど大きくなく、複雑でもない場合、そしてその原因が19〜20歳になる前に取り除かれた場合、歯はすぐに本来の位置を見つける。

しかし、経済的な努力が報われない場合は、歯科医の助けを借りるべきである。歯科医の治療が適切であれば、ほとんどすべてのケースで、変形や混乱から対称性と規則性を生み出すことができる。

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* このような場合には、歯科医の助けを借りるべきである; この場合、永久歯列の2番目にも同じような歯列が再現される可能性が高い。 - 永久歯列論』136ページ。

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しかし、今世紀に入る前までは、歯科医のより特別な目的は人工歯の挿入であったため、この歯科学分野はほとんど注目されなかった。フォシャールとブルデは、この分野に最初に注目した一人である。彼らは、歯が正しく配列されていない部分を調整するためのさまざまな器具を発明したが、そのほとんどが非常に厄介な構造であり、患者に大きな不便をもたらしたため、その使用はすぐに放棄された。

フォックス氏は、外科学のこの分野に最も大きく貢献した人物の中で、その名は常に傑出した位置を占めるに違いないが、歯の不整を改善するための明確な指示を最初に与えた人物である。これらは、過去25〜30年にわたって確立された診療の基礎を形成してきたが、この長い試みは、それらが経済法則の知識と多くの実践的経験に基づいていることを証明した。

そうでなければ、治療の原則の適用がよく理解されないであろう。なぜなら、個々の症例に合わせて治療法を変えなければならないからである。

一般的に、歯が誤った位置にある時間が長ければ長いほど、調整の難易度が増すからです。歯の位置は、14〜15歳以降に変更することもありますが、一般的には、このような時期まで矯正を遅らせない方がよいでしょう。というのも、この種の変更は、骨系の各部位がその大きさを完全に獲得する前であり、骨系の成長が完了した後よりも、新しい形成過程が活発に活動している間の方が、はるかに影響を受けやすいからである。

その前に歯に圧力がかかると、歯槽骨の牙が当たっている側が吸収される。しかし、これは必ずしも窩洞を破壊するわけではない。なぜなら、内部の齲蝕が吸収体によって取り除かれるにつれて、同じ側の外側の齲蝕が新しい骨の沈着によって厚くなるからである。

この圧力は、後期には歯槽骨の吸収を引き起こすが、それに対応する骨の沈着はない。したがって、歯が緩むだけでなく、その牙の骨膜、歯槽膜、歯肉に病的な異常が誘発され、おそらく他の歯にも大きな損傷を与えるであろう。

したがって、歯列不正を除去することが可能かどうかの予後を判断するには、対象者の年齢が常に重要である。15歳以前であれば、ほとんどの場合、良好な予後を得ることができるが、15歳を過ぎると、成功する可能性は低くなる。

このような逸脱の治療において、まず注意を払うべきことは、その原因を取り除くことである。したがって、仮歯の存在によって永久歯の1本または複数本が誤った方向に生えている場合は、それらを取り除き、親指または指を、このように誤った方向に生えている歯に時々適切に押し当てる必要がある。不規則な歯並びが乳臼歯の残存によって生じたものであれば、一般的にはこれで十分である。

しかし、生まれつきであれ、後天的であれ、顎の狭さが原因である場合は、顎の両側の副歯を1本ずつ抜いて、不適切な位置にある歯を入れるスペースを確保する必要がある。第二小臼歯は一般的に抜歯される歯であり、その場所は第一小臼歯の後退によってすぐに埋まる。しかし、第一小臼歯がそれ自体で所定の位置に後退しない場合は、第一小臼歯と第一小臼歯に絹の結紮糸を巻き付け、望ましい結果が得られるまで、2〜3日ごとに結紮糸を交換する必要がある。

顎の狭さから生じる不規則な歯並びで最も多いのは、犬歯の突出である。これらの歯は、2番目と3番目の臼歯を除いて、2番目の義歯の中で最後に削られる歯であり、その結果、他のどの歯よりもアーチから放り出されやすい。このような場合、一般的には犬歯を抜歯する。しかし、これらの歯は、切歯以外のどの歯よりも口元の美しさに貢献し、ほとんどの場合、本来の位置に戻すことができるため、このような習慣は確実に捨てるべきである。

したがって、これらの歯を抜歯する代わりに、小臼歯を2本抜くことでスペースを確保すべきである。しかし、どの歯を抜歯するかは、多くの判断が必要である。もし、第一小臼歯と側切歯の間に、犬歯の幅の2分の1のスペースがあれば、第一小臼歯の代わりに第二小臼歯を抜歯すべきである; その結果、小臼歯の歯は歯列弓に深く固定され、犬歯の歯は歯槽骨を覆っている歯肉にかなりの隆起が生じるほど前方に投げ出されることになる。

しかし、先ほど説明したようなスペースが側切歯と第一小臼歯の間にある場合は、このような障害は決して起こらない。このような場合は、切歯の配列に他の方法では調整できないような不規則性がない限り、第一小臼歯を決して除去すべきではなく、同時に犬歯のためのスペースを残すべきである。

第一小臼歯は、犬歯に次いで重要な歯であるため、前歯列の調整にどうしても必要な場合を除き、決して抜歯してはならない。

小臼歯の配列が乱れることはめったにないが、小臼歯の1本が適切な位置になく、前歯がかなり混み合っている場合は抜歯すべきである。

上顎の切歯の不正の治療は、一般的に下顎の切歯の治療よりも難しく複雑である。上顎の切歯は目立ちやすく、整った歯並びであれば口元の美しさや表情の美しさに他のどの歯よりも貢献する。したがって、側副歯が遠心や犬歯の後方に位置し、側副歯がなくても歯列弓が完全に埋まっていない場合、側副歯を抜歯することは、あまり強く推奨されることではない。これらの歯がなければ、他の歯がどんなに整っていても、口元の美しさは不完全なものとなってしまう。これらの歯と他の歯の配列が、調整が不可能なほどでない限り、決して除去してはならない。

中切歯の切端が歯列形態と一直線ではなく、歯列形態と45度から90度の角度をなしている場合である。このような特徴は、両方の中切歯に見られることは稀であるが、片方の中切歯に見られることが多く、もう片方の中切歯は正しい位置にある。

側切歯の間のスペースが、曲がった遠心の幅と同じである場合、この種の不規則性を矯正するために、遠心を鉗子で急に丸くねじったり、抜歯してすぐに正しい位置に戻したりすることを勧める開業医もいる。

というのも、歯を抜歯したり、無理矢理、突然、ソケットの中で回転させたりすると、その歯が生きている原動力である歯の血管が切断され、歯槽骨との結合が部分的に再確立され、不完全ながらも生命力が維持されることはあっても、健康な歯に特有の活力と輝きが失われるからである; その結果、歯は破壊されるだけでなく、隣接する歯にも大きなダメージを与えることになる。

さらに、これらの歯は、牙の横径が水平径よりも大きいため、歯槽骨に大きな損傷を与えることなく、ソケットの中で急にねじったり、咬合面を外側にして抜歯したり交換したりすることはできない。

しかし、このような不規則な歯並びは、上記のような弊害を伴うことなく、以下の方法で矯正することができる。そのためには、金のバンドを作り、歯に正確に装着する。そして、このバンドを歯に装着した後、口の外側と内側の両側面に結紮具を取り付ける。帯の内側につけた結紮具は、不規則な歯と側切歯の間を前進させ、輪の外側から第一小臼歯または第二小臼歯まで戻し、そこに固定する。帯の前歯部に取り付けた結紮具は、遠心の間に戻し、アーチの内側から反対側の顎の犬歯または第一小臼歯まで伸ばし、そこにも固定する。これらの結紮具は2〜3日ごとに交換し、歯が適切に調整されるまで、前の結紮具よりも少しきつめに結紮する。

中切歯の両方がこのような不整に罹患している場合は、片方の歯を調整した後、その歯がソケットにしっかりと固定されるまで数週間待ってから、もう片方の歯を動かそうとするものです。

バンドは、結紮によって歯にかかる力によって歯が動かないように、歯に適合したものでなければならない。このバンドは、歯の金属模型と金型の間に刻印する必要がある。

ただし、歯を調整しようとするものですが、その前にまず、他の歯との間に歯を回転させるのに十分なスペースがあるかどうかを確認する必要があります。スペースがない場合は、第二小臼歯を抜歯し、先に説明したように、スペースを確保する必要があります。

これと同様の処置は、側切歯にも適用できる。

過剰歯の存在から生じる不規則な歯並びは、一般的に抜歯によって取り除くことができる。これが効果的でない場合は、適切な方向から圧力を加える。

顎の狭さによって、前歯が前方に突出している場合は、第一小臼歯が虫歯でない限り、第二小臼歯を抜歯する。そうすれば、前歯が後ろに下がり、より規則的なカーブを描くようになる。フォックス氏は、このような場合、第一小臼歯を抜歯することを勧めているが、前述の理由から、私は第二小臼歯を抜歯する方がよいと考える。

前歯の不揃いには他にもさまざまな種類があるが、ここでは、その特異な特徴から、改善が非常に困難な場合があるものだけを紹介しよう。それは、上の前歯の1本または複数が上顎の奥にあり、咬合するたびに下の前歯が前に出てくるというものである。

1つ目は、中切歯の1本が奥にあるため、下の歯がその上を通過し、もう1本の中切歯が本来の位置にある場合である。

2つ目は、中切歯の両方が他の歯の輪の後ろに出ていて、側切歯が本来の位置を占めている場合である。

3番目は、側切歯が奥に引っ込んでいて、下の歯がその前に閉じている状態で、中切歯はきちんと並んでいる場合である。

4番目は、切歯がすべて奥に入り込んでいて、下の歯がその前に閉じている状態である。

上顎の犬歯が奥に入りすぎて、下顎の犬歯の内側に入り込んでしまうのである。しかし、このような症例に2例以上遭遇した記憶はない。

このような不規則な歯並びは、上顎の歯が後ろに倒れすぎていることが原因とは限らず、下顎が長すぎることが原因であることも多い。

1つ目は、上の歯と下の歯の間に硬いものを挟んで、上の歯が下の歯に邪魔されて前に出ないようにすることである。もうひとつは、歯が下顎の歯を通り過ぎるまで、偏位した歯に一定の圧力をかける固定具を使用することである。

この目的のために、さまざまな方法が提案されている。M.デュヴァルは、溝付きプレートや溝付きプレートの使用を推奨しているが、図面も説明もないため、どのように適用したのか、どのような方法で提案された目的を達成したのか、私には判断できない。おそらくM.デラバラの推測によれば、傾斜したダイスのようなもので、より外側に位置する歯の上に置き、口の咬合のたびに、そのダイスに当たる歯の内側を打つようにしたのであろう。同じ原理を応用した器具が、M.カトリンにも紹介されている。しかしこの種の器具は、M. Delabarreが述べているように、上下の歯に偏位がある場合にしか使用できない。

M. デラバラ氏は、歯の周囲に絹の結紮具を通し、上顎の奥にありすぎる歯に適切な方向性と安定した力がかかるようにする一方、下顎の2本に金属製の格子を取り付けて、顎が接近しないようにすることを提案している。

この方法は簡単で、患者にとって不都合はほとんどないが、時には効率が悪いだけでなく、前進させようとする歯の隣の歯が緩んでしまうこともある。不規則な歯と結紮具が装着されている歯にかかる力は等しく、方向は反対であるため、前歯が前進している間に後歯が後退してしまうのである。

このような不規則な動きを矯正するために発明されたさまざまな器具の中で、フォックス氏が推奨する器具は疑いなく最良のものである。これは、幅が1インチの16分の1ほどで、厚みがそれに比例する金の棒で構成されており、口の湾曲に合わせて曲げ、両側の仮のモラールに結紮具で固定する。不規則な歯の反対側には2つの穴が開いている。上顎と下顎の歯が完全に噛み合うのを防ぐため、象牙の薄いブロックを金の小片で棒の両端に取り付け、仮歯の研磨面に当てる。

こうして器具を歯に固定した後、絹の結紮具を内側に逸脱した歯の周囲に通し、その反対側の穴に通して、バーの外側でしっかりと結びます。この結紮は、歯が以前閉じていた歯の上に平らに倒れるほど前に出て、元の位置に戻らないように十分な固さを得るまで、3〜4日ごとにやり直さなければならない。しかし、歯が互いに垂直に閉じたら、すぐにブロックを外し、バーだけを残すことができる。

また、単にバーを曲げるだけでなく、金属製の模型と金型の間でスタンプを押すことで、不規則な歯のすぐ反対側を除くすべての部分を歯科用サークルに完全に適合させることができるようになりました。このように改良された器具は、より快適で、歯の上で動く心配も少ない。

フォックス氏は、象牙のブロックを仮歯の上に置くように指示しているが、現在代用されている金色のキャップは、バーと完全に切り離されており、歯の脱皮後に使用されることが多いため、最初の永久歯の上に置かれる。

かぶせ物は、歯が噛み合うのを妨げるため、咀嚼の機能を果たさなければならない。そのため、最も頑丈な歯にかぶせるべきである。

カーブバーは、結紮器具を交換するたびに取り外して洗う必要がある。これを怠ると、歯との間に溜まった食べ物のかすがすぐに腐敗して悪臭を放ち、歯茎に大きな炎症を引き起こすことがある。

この器具を使用する前に、まず逸脱した歯を受け入れる十分なスペースがあるかどうかを確認し、スペースがない場合は、前述の方法でスペースを確保する必要がある。

このような歯列不正を取り除くのに最も適した年齢については、さまざまな意見がある。フォックス氏は、仮歯の脱皮直前、おそらく生後9年目か10年目を好んだようだ。

歯列弓の前歯部は2番目の義歯が完成するまで拡大し続け、小臼歯は他のどの歯よりも小臼歯の端を支えるのに適しているため、15歳、あるいは16歳まで待つことに満足するという考え方もある。しかし、このようにアーチが拡大することもあるが、拡大するとしても、一般的には非常に小さなものであり、そこから得られる利点はほとんどない。さらに、抜歯や1本または複数の歯の不適切な成長によって歯列に空きができると、歯列弓は拡大するどころか収縮しやすくなる。

確かに、15歳、17歳、あるいは18歳になれば、この弊害は改善されるかもしれないが、しかし、このような遅い時期まで治療を先延ばしにすることは、決して望ましいことではない。

下顎の切歯列不正の治療で最も必要なのは、歯を抜くことと、不適切な位置にある歯に頻繁に圧力をかけることである。下顎の歯は上顎の歯よりも目立ちにくいので、1本抜けたとしても、他の歯がきれいに並んでいれば、ほとんど気にならない。

 

 

1840頃
柳亭種彦
1783-1842

 「八重歯」という用語の起源について,
大野ら(1988 八重歯の考現学 上 | CiNii Research)は,柳亭種彦の引札(廣告)に,「八重歯」 の記載があることを報告した.この引札は,「御口中一切之療治」 と題されたものだが,明治16年と明治31年の書(下記@A参照)に引用記載されてはいる.原典史料(1次史料)ではなく,句読点の違いはあるが同じ文章内容である.
 @ 竹澤藤治(獨楽),A 竹澤東治 となっている.古今名家戯文集第2巻(明治23.9)には,「上野山下入歯師竹澤藤治のために作る」 と書いてある.柳亭種彦の没後,半世紀以上後の出版物であり,入歯師の竹澤東治,著名な柳亭種彦,そしてもっと著名な曲獨楽の竹澤藤治(何代目の藤治かは不明)の謎がある.柳亭種彦の没後,後世に作られた疑いもある.藤治(曲獨楽)と東治の不一致の版があることから疑問がある.
 
柳亭種彦は,徳川家斉の私生活を風刺した罪で天保の改革で処罰され,それを苦にして死んだ.仮に,引札(広告)が種彦の作であれば,1830-40年ごろの作品であろう.
 ヘボンの辞書で, YAEBA の定義は,現在と異なるように,この引札に書かれている 「乱杭歯の斜めに生えたる撞木歯八重歯虫食歯」 と書かれているが,明治期の辞書では,鬼歯は irregular teeth のことであり犬歯ではない.また,八重歯も現在の通説である犬歯ではなく,重なった齒,乱排齒のことである.

 撞木:仏具にある鐘などを打ち鳴らす棒.多くはT字型をしている.撞木サメ.
 八重:重なり合ったさま.八重桜.八重山.

  → See 和英語林集成


@ 竹澤藤治
柳亭種彦_竹澤藤治2
岡本竹二 編 『稗官必携戯文軌範』 巻之2 加藤正七 明16.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/882374/1/24


A 竹澤東治
柳亭種彦_武澤東治_歯科醫の広告

森一兵 編 『商家書翰文』 博文館,明31.7.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/865984/1/78



天保の改革:1841に老中の水野忠邦が幕府の力を回復するために,倹約令を出し,政治批判や風紀を乱す出版を禁止した.風俗取締りを行い,芝居小屋の江戸郊外(浅草)への移転、寄席の閉鎖など、庶民の娯楽に制限を加え,歌舞伎役者の7代目市川團十郎,人情本作家の為永春水や柳亭種彦などが処罰された.

柳亭種彦
和歌森太郎 等監修
『新編人物百科事典』 東雲堂出版 昭和42.
p.690 柳亭種彦
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1653906




参考:竹澤藤治,入歯師,柳亭種彦の関係についての調査資料:
竹澤藤治とは誰ぞ
『難波津』(9) 近畿郷土研究会 1924-10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1489602


竹澤藤治の調査資料2
郁文舎編輯所 編
『新百科大辞典』 郁文舎 1925.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1909169


竹澤藤治の調査3
三田村鳶魚 著
『娯楽の江戸』 恵風館 大正14.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1018560

1841
天保12
-

J. Lefoulon

 

Nouveau traite theorique et pratique de l'art du dentiste / par J. Lefoulon ; avec cent trente figures sur bois gravees par Badoureau. 1841.

PRÉFACE. と CHAPITRE VI (p.114)に,Dans le troisième chapitre, nous nous proposons de traiter avec un soin tout particulier les anomalies que les dents présentent dans leur arrangement, autrement dit l'orthodontosie; cette branche de l'art du dentiste ayant été pour nous l'objet de longues et fructueuses recherches. 歯の配列の不正を orthodontosie というと記述している.

【英語版】    英語では,Orthodentosy と翻訳された.
A new treatise on the theory and practice of dental surgery / by J. Lefoulon ; translated from the French, for the American library of dental science, by Thomas E. Bond, jr. 1844.

 

1841 J. M. Alexis Schange
Préis sur le redressement des dents, ou exposé des moyens rationnels de prévenir et de corriger les déviations des dents; suivi de quelques réflexions sur les obturateurs du palais 3rd ed. 1842 / par J.M.A. Schange.

1841: 1st ed.
1842: 2nd ed.  3rd ed.



1841 Solyman Brown

 

Importance of Regulating the Teeth of Children.

子どもの歯並びを治す重要性について.

 

1842

A Treatise on Irregularity of the Teeth by SCHANGE

1845
弘化2
-Chapin Aaron Harris
Chapin A. Harris
1806-1860

 

1845_Harris_The principles and practice of dental surgery

Licence: Public Domain Mark
Source: Wellcome Collection.

 

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. nd ed. 1845.
PART FIRST
  CHAPTER TENTH
     Irregularity of the Teeth   p.140
     Treatment   p.143

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 3rd ed. 1848.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 4th ed. 1850.
  CHAPTER ELEVENTH
    Irregularity of the Teeth   p.146
   Treatment   p.149
  CHAPTER TWELFTH
    Deformity resulting from Excessive Development of the Teeth and Alveolar Ridge of the Lower Jaw
    Treatment   p.164
  CHAPTER THIRTEENTH
    Protrusion of the Lower Jaw.  下顎前突へのチンキャップ様装置

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 5th ed. 1853.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 6th ed. 1855.

   10章

     11章

     12章  原文・譯を記載

 

 

- - - - -   Harris, Chapin A. (Chapn Aaron), 1806-1860.
 ハリス氏の著書は,本人の逝去後も改訂が加えられ出版が継続した.

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 8th ed. 1863.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 10th ed. 1881.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 10th ed. 1882.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 11th ed. 1885.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 12th ed. 1889.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 13th ed. 1898.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 13th ed. 1906.

 

The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 13th ed. 1910.
 Part Third
  Dental Surgery
     Chapter I. Irregurality of the Teeth   p.339
        Treatment   p.350

 

 

森山徳長:チャッピン・A・ハリス著 「歯科外科学の原理と実際」(初版 -13版)の書誌学.日本歯科医史学会々誌,55(2):57-, 1988.

 

 

1845
弘化2
-Mortimer

I. Observations on the Growth and Irregularities of Children's Teeth, followed by Remarks and Advice on the Teeth in general. / by TV. U. Mortimer, bmali 8vo, pp. 129. Highley, 1845.
Med Chir Rev. 1845 Jul;2(3):141-148.

子どもの歯の成長と不揃いに関する研究.

    
1847
弘化4
歴世女装考

4巻 冬
岩瀬百樹
編撰

岩瀬百樹 編撰
『歴世女装考 : 4巻』 冬 藤井利八 弘化4年刊.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1879503

御歯黒の起原
















1848

A TREATISE ON ANATOMY, PHYSIOLOGY, AND HYGIENE:

DESIGNED FOR COLLEGES, ACADEMIES, AND FAMILIES.

CALVIN CUTTER
M. D.

カットル氏
喝氏

 

 ☛ See 1878 の項

 

 

A TREATISE ON ANATOMY, PHYSIOLOGY, AND HYGIENE: DESIGNED FOR COLLEGES, ACADEMIES, AND FAMILIES.

 

家庭,学校の生徒向けの人体生理の書.後に日本でも翻訳され用いられた.

当時の時代背景を知ために,「序文」,「Chapter XII」 を

☛ こちらへ転記した.参照されたい.

 

227. In general, when the permanent teeth are irregular, one or more should be removed. If the teeth are crowded and irregular, in consequence of the jaw being narrow and short, or when they press so hard upon each other as to injure the enamel, remove one or more to prevent their looking unsightly, and in a few months the remaining teeth, with a little care, will fill the spaces.

 

  永久歯の排列不整な場合,1-2本を抜くべきです.顎が狭く短いために歯が過密で不規則な場合,または歯が互いに強く押し合いエナメル質を損傷する場合,見た目が不快にならないように1本または複数本を抜き,数ヶ月後には残った歯が適切なケアで隙間を埋めます.

 

  顎が小さくて歯並が密接 crowded の時,1-2本の歯を抜くことを,.後に小林義直は,crowdedを密接,irreguar を歯列不整と譯した.しかし,この文章は,マルチンダルの養生書にも,ほぼ同じような文章で記述されている.おそらく米国で同時期に出版されているハリス氏の著書からの引用ではないかと思われる.

 

 

Cutter氏(カツトル氏,喝氏)の著書について:

 

1.A TREATISE ON ANATOMY, PHYSIOLOGY, AND HYGIENE:
     DESIGNED FOR COLLEGES, ACADEMIES, AND FAMILIES. 1848.

2.First Book on Anatomy and Physiology For Grammar Schools. 1848.
3.Second Book on Analytic Anatomy, Physiology and Hygiene,
     Human and Comparative With Numerous Illustrations.  1873.

 

 など多数の類似した版あり.いずれも歴史文化的に重要な書籍に指定され復刻版がある.

 

 これらの複数の書が日本に持ち込まれ,以下の和本として翻訳出版された.
    『啓蒙養生訓』        土岐頼徳  
    『初學人身窮理』       松山棟菴,森下岩楠
    『増補版初學人身窮理』  松山棟菴
    『喝氏初學人身窮理』    伊藤正信
    『カツトル氏生理養生論』  小林義直

 

参考文献:
 @ 樋口輝雄:C. Cutter の衛生啓蒙書とその和訳.
 A 鈴木勝,谷津三雄ら:明治初年頃の歯牙養生法(口腔衛生)について.日本医史学会,1966.
 B 西山伸二ら:歯科の養生,わが国のれいめい期における口腔衛生のあゆみ.歯界広報,1965.

 


1849
嘉永2
歯科学辞典,伝記,
書誌,医学用語集
Chapin Aaron Harris
Chapin A. Harris

A dictionary of dental science, biography, bibliography, and medical terminology / by Chapin A. Harris.1849.

p.558

ORTHODON'TIA. Dental orthopӕdia; from ορθος, straight, right, and οδους, a tooth. That part of dental surgery which bas for its object, the treatment of irregularity of the teeth. See Irregularity of the Teeth, treatment of.

ORTHODON'TIC. Relating to the treatment of irregularity of the teeth.

ORTHOPÆDl'A. From ορθος, straight, right, and παις, a child. The correction of deformities of children, such as club-foot, &c.

ORTHOPED'IC. Relating to orthopӕdia.

 

ChapinHarrisDictionary_Dental1

 

 ☛ Dental surgery の一部として歯の不正を治療するための学問として始まり,のちに個別科学として専門分化した.

 

 ☛ Irregularity of the Teeth p.396-403 / Denta Surgery は,別項に記載した.

 

1849
嘉永2
難病療治
きたいなめい医
一勇斎
(歌川)
國芳

戯画


1849_難病療治
         全体図



出典:早稲田大学図書館所蔵 古典籍総合データベース

 【右上のセリフ】
   は(歯)のいた(痛)むと
   いうものはなかなか(中々)
    なんぎ(難儀)なものでござる
    これは
    のこ(残)らずぬ(抜)いて
    しまって、うえした(上下)
    ともそういれば(総入歯)に
    すれば一生歯の
    いた(痛)むうれい(憂)は
    ござらぬて

 【左下のセリフ】
    これは
     なる
     ほど
     よい
    お療
    治
     で
     ござい
     ます


  と,鉗子のようなもので歯を把持した弟子【黒和服 】と
     のけぞった女の患者 【赤い和服】 のセリフが書かれている。


1654年のJan Vivtorの画
  200年前の西洋と同じ状況にあった.
  「そういれば」


1853
嘉永6
--

ペリー来航
6月3日.浦賀に Matthew Calrsith Perry の率いる黒船来航.




参考:- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

中高生のための幕末・明治の歴史辞典

生き方をおしえてくれる
新しいことを知りたがったり、おもしろがったりするためだけに、歴史を学び、さぐろうとしているのではない。歴史はわたしたちに、世の中は変化するものであることを教えてくれている。
変化することをおそれてはいけない。いまの世の中で何をしたらよいのか、よく考えよ。・・・つまり歴史は、わたしたちに、わたしたちの生き方を教えてくれているもののように思えるのである。[古川清行]

問題意識を持つ
歴史を学ぶうえでたいせつなのは、年代を暗記することでも、歴史上の人物を覚えることでもありません。「問題意識をもつ」ことです。現代に生きる私たちがかかえているさまざまな問題を解決するヒントを見つけることが、歴史を学ぶことの意味なのです。[三上喜孝]

ただ目の前にある現在の社会をみているでけではだめ
ほんとうに現在の社会を正しく知るためには、ただ目の前にある現在の社会を見ているだけではだめなので、現在の社会ができあがるまでの、長い移り変わりをたどってみることが、ぜひとも必要といわねばなりません。[家永三郎]


1854
嘉永7
--

3月8日上陸.日米和親条約
下田(静岡県下田市/横浜開港の半年後に閉鎖),箱館(函館市)が開港.


1855
安政2
医学用語
歯科手術など辞典
Chapin Aaron Harris
Chapin A. Harris

 

1855_Harris Dictionary of medical yerminology

 

A dictionary of medical terminology, dental surgery, and the collateral sciences

  by Chapin A. Harris. Harris. 1855.

P.542 1849年の歯科学辞典に,ORTHOGNATHOUS. From ορθος, and  jaw. A term applied to a form of head in which the facial angle approaches a right angle. が追加されている.

Irregularity of the Teeth については,p.393-396まで詳細な記述がある.→ See 1849年

 

 

Orthodontia_Chapin Harris Dictionary2

 

 

1856
安政3

日本遠征石版画集
Graphic Scenes i the Japan Expedition. New York, 1856.


『ペリー日本遠征記』
日本遠征記: Francis Lister Hawks ed.
 Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China seas and Japan,... 3 vols. Washington, 1856.

  この中に,日本人の顔貌の特徴について記述した部分,また歯並びではないが,当時の日本女性の「歯を黒く染める習慣:お歯黒(鉄漿)」について,初めて見た描写があるので以下に記載した.
  今日の映画や時代劇のキレイな歯並びの白い歯は,史実とは全く異なるものであることが真実である.

Chapter XXI. p.393-

The Japanese and the Lew Chewans differ slightly from each other, the latter being more effeminate and somewhat less intelligent, but this may be owing to their simple, retired life, upon a remote island, where their wants are few, and nature is generous. They have, however, such strong resemblances that it is almost impossible to resist the conviction of their sameness of origin. They have both the same height, and very similar features. In both, the head is oval, approaching in form that of the European, the frontal bones rounded, and the forehead high, the face oval, and the general expression mild and amiable, the eyes large and animated, though more so in the Japanese than in the Lew Chewans, the irides in both are dark brown or black, the lashes long, and the eyebrows rather heavy and arched.

The long angular form of the internal canthus of the eye is seldom seen, either in the Japanese or Lew Chewan. The nose in each is generally handsome, and well proportioned to the other features ; the root of it is not depressed, as in the Chinese or Malay, and the nostrils are not so widely dilated. The cheek bones are not very prominent, and consequently there is a want of that squareness of face which is so remarkable in some eastern races. The mouth is rather large, the teeth broad, very white and strong, and the chin neatly cut. One mark the Japanese and Lew Chewans have in common to distinguish them from the Malay or Chinaman ; it is the possession of a strong black beard, which both the latter are destitute of to any extent. In other parts of the body the same conformity of organization exists in the Lew Chewan and Japanese.

But it is not in mere physical conformity that we trace the same origin of both races. The identity of the two races is proved by the more satisfactory testimony of affinity of language. Dr. Fahs, while preparing his report upon the ethnology of Lew Chew, gave as much attention as his opportunities afforded to the study of the language, and prepared the following vocabulary, in which some Lew Chewan and Japanese words are placed side by side. It will be observed there is such a similarity between the two, that no doubt can be entertained of the words being the same, with only the difference which may be reasonably put down to peculiarity of dialect.

- - - - - - - - - - - - -


The Commodore and his officers were conducted to the home of the mayor or chief magistrate of the town. This dignitary, with great cordiality, met and welcomed them to the hospitalities of his establishment. The interior was quite unpretending, consisting of a large room, spread with soft mats, lighted with oiled paper windows, hung with rudely executed cartoons, and furnished with the usual red-colored benches. ‘The wife and sister of the town official soon entered with refreshments, and smiled a timid welcome to the visitors. These women were bare footed and bare legged, and were dressed very nearly alike, in dark colored robes, with much of the undress look of night gowns, secured by a broad band passing round the waist. Their figures were fat and dumpy, or at any rate appeared so, in their ungraceful drapery, but their faces were not wanting in expression, for, which they were very much indebted to their glistening eyes, which were black as well as50 their hair; this was dressed at the top of the head, like that of the men, although not shaved in front. As their ‘‘ruby’’ lips parted in smiling graciously, they displayed a row of black teeth, set in horribly corroded gums. The married women of Japan enjoy the exclusive privilege of dyeing their teeth, which is done with a mixture of vile ingredients, including filings of iron and sakee, termed Oha gur or Camri. This compound, as might be naturally inferred from its composition, is neither pleasantly perfumed nor very wholesome. It is so corrosive, that in applying it to the teeth, it is necessary to protect the more delicate structure of the gums and lips, for the mere touch of the odious stuff to the flesh burns it at once into a purple gangrenous spot. In spite of the utmost care, the gums become tainted, and lose their ruddy color and vitality. We should think that the practice was hardly conducive to connubial felicity, and it would be naturally inferred that all the kissing must be expended in the extacy of courtship. This compensation, however, is occasionally lost to the prospective bridegroom, for it is not uncommon for some of the young ladies to inaugurate the habit of blacking the teeth upon the popping of the question.

The effects of this disgusting habit are more apparent from another practize which prevails with the Japanese, as with our would-be civilized dames, that of painting the lips with rouge. The ruddy glow of the mouth brings out in greater contrast the blackness of the gums and teeth. The rouge of the Japanese toilet, called bing, is made of the carthamus tinctorius, and is prepared in cups of porcelain. When a slight coat is applied, it gives a lively red color, but when it is put on thick, a deep violet hue, which is the most prized, is the result.*

The worthy mayor had some refreshments prepared for his guests, consisting of tea, cakes, confectionary, and the never absent saki. With the latter was served a kind of hot wafile, made apparently of rice flour. The civic dignitary himself was very active in dispensing these offerings, and he was ably seconded by his wife and sister, who always remained on their knees in presence of the strangers. This awkward position of the women did not seem to interfere with their activity, for they kept running about very briskly with the silver saki kettle, the services of which, in consequence of the smallness of the cups, were in constant requisition. The two ladies were unceasingly courteous, and kept bowing their heads, like a bobbing toy mandarin. ‘The smiles. with which they perseveringly greeted the guests might have been better dispensed with, as every movement of their lips exposed their horrid black teeth and decayed gums. The mayoress was uncommonly polite, and was good natured enough to bring in her baby, which her guests felt bound to make the most of, though its dirty face and general untidy appearance made it quite a painful effort to bestow the necessary caresses. <A bit of confectionary was presented to the infant, when it was directed to bow its shaven head, which it did with a degree of precocious politeness, that called forth the greatest apparent pride and admiration on the part of its mother and all the ladies present.

On preparing to depart, the Commodore proposed the health, in a cup of saki, of the whole household, which brought into the room, from a neighboring apartment, the mayor’s mother. She was an ancient dame, and as soon as she came in she squatted herself in one corner, and bowed her thanks for the compliments paid to the family, of which she was the oldest member.

As the Japanese officials no longer interfered with the curiosity of the people, there was a good opportunity of observing them, though hurriedly, as the Commodore and his party were forced to return early to the ships. The people, in the small towns, ap; eared to be divided into three principal classes,—the officials, the traders, and laborers. The inferior people, almost without exception, seemed thriving and contented, and not overworked. There were signs of poverty, but no evidence of public beggary. The women, in common with many in various parts of over-populated Europe, were frequently seen engaged in field labors, showing the general industry and the necessity of keeping every hand busy in the populous Empire. The lowest classes even were comfortably clad, being dressed in coarse cotton garments, of the same form, though shorter than those of their superiors, being a loose robe, just covering the hips. They were, for the most part, bareheaded and barefooted. ‘The women were dressed very much like the men, although their heads were not shaved like those of the males, and their long hair was drawn up and fastened upon the top, in a knot, or under a pad. The costume of the upper classes and the dignitaries has been already described. In rainy weather, the Japanese wear a covering made of straw, which being fastened together at the top, is suspended from the neck, and falls over the shoulders and person like a thatched roof. Some of the higher classes cover their robes with an oiled paper cloak, which is impermeable to the wet. The umbrella, like that of the Chinese, is almost a constant companion, and serves both to shade from the rays of the sun, and keep off the effects of a shower. The men of all classes were exceedingly courteous, and although inquisitive about the strangers, never became offensively intrusive. The lower people were evidently in great dread of their superiors, and were more reserved in their presence, than they would have been if they had been left to their natural instincts. The rigid exclusiveness in regard to foreigners is a law merely enacted by the government from motives of policy, and not a sentiment of the Japanese people. Their habits are social among themselves, and they frequently intermingle in friendly intercourse. There is one feature in the society of Japan, by which the superiority of the people, to all other oriental nations, is clearly manifest. Woman is recognised as a companion, and not merely treated as a slave. Her position is certainly not as elevated as in those countries under the influence of the Christian dispensation, but the mother, wife, and daughter of Japan, are neither the chattels and household drudges of China, nor the purchased objects of the capricious lust of the harems of Turkey. The fact of the non-existence of polygamy, is a distinctive feature, which pre-eminently characterizes the Japanese, as the most moral and refined of all eastern nations. The absence of this degrading practice shows itself, not only in the superior character of the women, but in the natural consequence of the greater prevalence of the domestic virtues.
The Japanese women, always excepting the disgusting black teeth of these who are married, are not ill-looking. The young girls are well formed and rather pretty, and have much of that vivacity and self-reliance in manners, which come from a ccnsciousness of dignity, Cerived from the comparatively high regard in which they are held. Jn t! e ord nary mu‘ual intercourse of friends and families the women have their share, and rounds of visiting and tea parties are kept up as briskly in Japan as in the United States. The attitude assumed by the women, who prostrated themselves in the presence of the Commodore and his party, should be considered rather as a mark of their reverence for the strangers than as an evidence of their subordination. That in the large towns and cities of Japan there is great licentiousness, it is reasonable to suppose, for such seems, unhappily, a universal law in all great communities ; but it must be said to the credit of the Japanese women, that during all the time of the presence of the squadron in the bay of Yedo, there was none of the usual indication of wantonness and license on the part of the female sex in their occasional relations with the miscellaneous ships’ people.

日本人とルー族のチュワン族は互いに微妙に異なっており、後者の方がより女々しく、知性にやや劣るが、これは彼らの欲望が少なく、自然が寛大な離島での、簡素で隠遁的な生活のせいかもしれない。しかし、両者には非常に強い類似点があり、その起源が同じであるという確信に抗することはほとんどできない。両者とも身長は同じで、特徴もよく似ている。両者とも頭は楕円形で、その形はヨーロッパ人に近く、前頭骨は丸く、額は高く、顔は楕円形で、全体的な表情は温和で愛想がよく、目は大きく生き生きとしているが、日本人の方がルー・チュワン人よりもはっきりしており、虹彩は両者とも暗褐色か黒色で、まつ毛は長く、眉毛はやや太くアーチ型である。

日本人でもルー・チワンでも、眼球の内側に長い角があるのはめったに見られない。鼻の付け根は中国人やマレー人のように落ち込んでおらず、鼻孔はそれほど大きく開いていない。頬骨はあまり出っ張っておらず、そのため東洋の人種に顕著な顔の四角さがない。口はやや大きく、歯は幅広く、非常に白く丈夫で、顎はきれいにカットされている。日本人とルー・チュワン族がマレー人やシナ人と区別できる一つの共通点は、たくましい黒ひげを蓄えていることである。ルー・チュワンと日本人には、身体の他の部分においても同じような一致した特徴がある。

しかし、両民族の起源が同じであることを示すのは、単なる身体的な一致ではない。両民族の同一性は、言語の親近性という、より納得のいく証言によって証明されている。ファース博士は、ルー・チューの民族学に関する報告書を作成する際、機会が許す限り言語の研究に注意を払い、ルー・チューワンと日本語の単語を並べた以下の語彙集を作成した。ルー・チュワンと日本語の単語は非常によく似ており、方言の違いに起因すると思われる差異があるだけで、同じ単語であることに疑いの余地はない。

- - - - - - - - - - -

提督とその将校は、町長または町奉行の家に案内された。この高官は、非常に心をこめて彼らを出迎え、彼の家のもてなしに歓迎した。内部はまったく飾り気のないもので、大きな部屋に柔らかいマットが敷かれ、油紙でできた窓で照らされ、粗雑に描かれた漫画が掛けられ、いつもの赤い色のベンチが置かれていた。町の役人の妻と妹がすぐに軽食を持って入ってきて、訪問客におずおずと歓迎の笑みを浮かべた。彼女たちは素足に裸足で、ほとんど同じような服装をしていた。暗い色のローブを着ていて、ナイトガウンのような脱いだような風貌で、腰のあたりを通る太いバンドで固定されていた。彼らの体型は太っていて小太りであった。ルビーのような」唇が優雅に微笑むと、ひどく腐食した歯茎に並んだ黒い歯が見えた。日本の既婚女性は、自分の歯を染めるという特別な特権を与えられている。それは、オハグルまたはカムリと呼ばれる、鉄粉や酒粕などの下品な成分を混ぜたもので行われる。この混合物は、その組成から当然推測されるように、心地よい香りもなく、健康的でもない。非常に腐食性が強いため、歯に塗る際には、より敏感な組織である歯茎や唇を保護する必要がある。最大限の注意にもかかわらず、歯茎は汚染され、赤みを帯びた色と活力を失う。私たちは、この習慣が夫婦の幸福につながるとは到底思えず、キスはすべて求愛のために費やされるに違いないと考えるのが自然だろう。というのも、若い女性の中には、求婚されたときに歯を黒くする習慣を持つ人も珍しくないからである。

この醜悪な習慣の影響は、日本人に蔓延しているもう一つの習慣、すなわち、われわれのような文明化された女性に見られるような、唇に紅を塗る習慣を見ればより明らかである。口元が赤く輝くことで、歯茎や歯の黒さがより際立つのだ。日本の化粧道具の紅は「紅」と呼ばれ、カルタムスチノキから作られ、磁器のカップで調製される。薄く塗ると生き生きとした赤色になるが、厚く塗ると、最も珍重される深い紫色になる*。

立派な市長は、茶、ケーキ、菓子、そして決して欠かすことのできないサキからなる軽食を客人のために用意した。後者には、米粉で作ったと思われる温かいワッフルが添えられていた。市民の高官自身は、これらの供え物を配るのに非常に積極的であったが、彼の妻や妹は、見知らぬ人々の前では常に膝をついたままであった。彼女たちのこのぎこちない体勢は、彼女たちの活動を妨げるものではなかったようで、銀の蒔き釜を持って小走りに動き回った。二人の女性は絶え間なく礼儀正しく、おもちゃのマンダリンのように頭を下げ続けた。彼女たちが執拗に客人にあいさつしていた微笑みは、唇を動かすたびにおぞましい黒い歯と腐った歯茎が露わになるため、やめたほうがよかったかもしれない。市長夫人は非常に礼儀正しく、自分の赤ん坊を連れてくるほど親切であったので、招待客はその赤ん坊を喜ばせようと思ったが、その赤ん坊の汚れた顔と一般的な不潔な外見から、必要な愛撫を与えるのはかなり骨が折れた。<お菓子が少し贈られ、剃った頭を下げるよう指示された。

提督が出発の準備をするとき、隣の部屋から市長の母親が部屋に入ってきた。彼女は年配の女性で、部屋に入ってくるなり片隅にしゃがみこみ、自分が最年長の家族に対する賛辞に頭を下げた。

日本の役人たちがもはや人々の好奇心を邪魔することがなくなったので、提督一行は早々に船に戻らざるを得なかったが、彼らを観察する良い機会があった。小さな町の人々は、役人、商人、労働者の3つの階級に分かれていた。下層階級の人々は、ほとんど例外なく、繁栄し、満足し、過労でもないようだった。貧困の兆候はあったが、世間一般に乞食がいるような様子はなかった。人口過密なヨーロッパ各地の例に見られるように、女性たちが畑仕事に従事しているのを頻繁に見かけ、人口が多い帝国では一般的な産業が盛んで、あらゆる手を忙しく動かす必要があることを物語っていた。最下層階級の人々も、上層階級の人々の衣服よりも短いとはいえ、同じような形の粗い木綿の衣服に身を包み、お尻が隠れる程度のゆったりとした衣服に身を包んでいた。ほとんどの場合、彼らは素っ裸で裸足だった。女性も男性とよく似た服装をしていたが、男性のように頭を剃ることはなく、長い髪を結い上げたり、頭巾の下で留めたりしていた。上流階級と高官の衣装についてはすでに述べた。雨天時には、日本人は藁でできた被り物を着用する。藁は上部で留められ、首から吊り下げられ、藁葺き屋根のように肩と人の上に落ちる。上流階級の人々の中には、雨を通さない油紙で衣を覆う人もいる。傘は中国人と同様、常に持ち歩くもので、日差しを遮り、にわか雨を防ぐ役割を果たす。どの階級の人々も非常に礼儀正しく、見知らぬ人々について詮索はしたが、不快に立ち入ることはなかった。下層階級の人々は、明らかに目上の人を非常に恐れており、彼らの前では、本来の本能に任せた場合よりも控えめだった。外国人に対する厳格な排他性は、単に政策的な動機から政府が制定した法律であり、日本人の感情ではない。日本人の習慣は外国人同士でも社交的であり、友好的な交流が頻繁に行われている。日本の社会には、他のすべての東洋の国々と比べて、日本人の優越性がはっきりと表れている特徴がある。女性は伴侶として認められており、単に奴隷として扱われているわけではない。しかし、日本の母、妻、娘は、中国の家畜や家事労働者でもなければ、トルコのハーレムの気まぐれな欲望の対象でもない。一夫多妻制が存在しないという事実は、日本人を東洋諸国の中で最も道徳的で洗練された国として際立たせている。一夫多妻制がないことは、女性の性格が優れているだけでなく、家庭の美徳がより広く浸透しているという自然な結果にも表れている。

日本の女性は、結婚している女性の嫌悪感を抱かせる黒い歯を除けば、決して容姿が悪いわけではない。若い女性たちは整った顔立ちで、どちらかといえばかわいらしく、比較的高い評価を受けていることからくる威厳の意識からくる快活さと自立したマナーを持っている。友人や家族との日常的な交流の中で、女性たちもその役割を担っている。提督一行の前で平伏した女性たちの態度は、彼女たちが従属的である証拠というよりは、むしろよそ者に対する敬意の表れと考えるべきだろう。日本の大きな町や都市では遊興が盛んであると考えるのが妥当であろう。不幸なことに、このようなことはすべての大きな社会における普遍的な法則であるように思われる。

1858
安政5
Anatomy
descriptive and surgical



Gray's Anatomy
 
Henry Gray
(1827-1861)

Illustrated by Henry Vandyke Carter
 

1858_Gray's Anatomy

Anatomy : descriptive and surgical
 by Henry Gray ; the drawings by H.V. Carter ; the dissections jointly by the author and Carter.
Source: Wellcome Collection.

  → See 1872年 の項虞列伊解剖訓家圖

p.583 - , Fig. 296, 297, 298, 300 を以下に示す.
養生書に引用されている

1858_Gray's Anatomy_口腔

1858_Gray's Anatomy_teeth

1858_Gray's Anatomy_乳歯

1858_Gray's Anatomy_Teeth 2

  → See 1872 の項虞列伊解剖訓家圖





グレイ解剖学の誕生


1858
安政5
--
日米修好通商条約.

批准書がワシントンで交換されたのは1860年.アメリカでは「ハリス条約」と呼ばれる.

イギリス,フランス,オランダ,ロシアとも,同様の条約を締結(安政の五か国条約)し,自由貿易が始まった.

1859

安政6

-

-

 

Causes of Irregularity of the Permanent teeth: their Mechanical Treatment Considered. / by James Robinson

1860
安政7
万延元年
  Hitchcock, Edward
 1793-1864

Hitchcock, Edward Jr
1828-1911



Elementary anatomy and physiology : for colleges, academies, and other schools








1860
安政7
万延元年
-Owen
The principal forms of the skeleton and the teeth : as the basis for a system of natural history and comparative anatomy / by Owen, Richard, Sir, 1860.
1860
安政7
万延元年
-
福澤諭吉
福澤諭吉
1835-1901

1860(安政7)年01月〜 咸臨丸にてアメリカへ
1861(文久1)年12月〜 Odin号にて1年のヨーロッパ巡遊.300両でロンドンにて英書購入
1867(明治3)年      軍艦受取の使節団として再びアメリカへ.


「マイクロフィルム版 福澤関係文書 福澤諭吉と慶應義塾 収録文書目録」
1860
安政7
万延元年
-Eastlake
イーストレーキ
来日

外国人歯科医が来日.


日本歯科医師会 編
『歯科医事衛生史』 前巻
日本歯科医師会 昭15.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1047240

 長谷川保兵衛
 佐藤 重 → 佐藤運雄



Dental Cosmos 誌に,日本の歯科事情についての投稿がある.







1861
万延2
文久元年

|
1865
元治2
慶応元
American Civil War-
アメリカ南北戦争
1862
文久2
英和對譯袖珍辭書堀達之助
1862_英和對譯袖珍辭書_表紙

  1862_英和對譯袖珍辭書_Dental

  1862_英和對譯袖珍辭書_irregular

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

1867_改正増補 

1867年の改正増補版になると,"irregular" 法外ナル であった対訳は,
"irregular"    不規則ナル
"irregularity"  仝(どう・前に同じ)上ナル   に改正.

  1867_英和對譯袖珍辭書_改正増補

1866
慶応2
人體窮理書福澤諭吉
福澤諭吉
1835-1901


コヲミング氏 人身窮理書

東京・慶應義塾図書館蔵




【原書】
Benjamin N Comings
Class-Book of Physiology: For the Use of Schools and Families. Second Edition. 1860.





1867

慶応3

和英語林集成
JAPANESE AND ENGLISH DICTIONARY:
WITH AN
ENGLISH AND JAPANESE
INDEX



1867: 初版
London版
(20,772語)


1872: 第2版

1886: 第3版



9版

明治学院大学図書館
デジタルアーカイブス

ヘボン
James Curtis Hepburn,
A.M., M.D.

(1815-1911)

ヘボン

James Curtis Hepburn ジェームス・カーティス・ヘボン(ヘプバーン):1859年来日.

「和英語林集成」 日本最初の和英辞典
by J.C. Hepburn
『A Japanese and English dictionary : with an English and Japanese index』
Trubner & Co.,1867.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1735285



1867: 初版 London版(20,772語)

 ヘボンは,「入歯師」 を 「Dentist」 と翻訳(p.141.)している.
 IREBA 入歯師 Dentist
 IREBA,イレバ,入齒,n. Artificial tooth.
 IREBA-SHI,イレバシ,入齒師,n. A dentist.
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 
HA-NAMI,ハナミ,齒
 HANAMI_ハナミ_歯並
  古事記と同様に,「歯並び(現代語)」 は,「齒」.
  HA-NAMI,ハナミ,齒,n. The ordrt or arrangement of the teeth..
    ― ga warui, the teeth are irregular.
    「― ga warui, 歯並が悪い」 との文例が記載されている.

 幷  音読み ヘイ ヒョウ.
    訓読み あわ(せる),なら(ぶ)
    字 源  并 の異字体

 
ならぶ: 並,幷,并,竝


【歯に関する用語】
 DEBA,デバ,露齒,n.
 DEBA_デバ_露齒

 SOPPA,ソッパ,反齒,n.
 SOPPA_ソツパ_反齒

 MAYE-BA,マヘバ,前歯,n.
 MAYEBA_前齒

 MUKA-BA,ムカバ,板齒,n.
 MUKABA_ムカバ_板齒

 OSOIBA,オソイバ,齵,n.
 OSOIBA_オソイバ
  OSOIBAは,智歯.


【お歯黒の関係する用語】
 HAGURO,ハグロ,鐡醫,n.
 HAGURO_ハグロ

 KANE,カ子,鉄漿,n.

 KANE_カ子_鉄漿
  日本女性が歯を染める材料.

 KANE-FUDE,カネフデ,鉄漿筆,n.

 KANEFUDE_カネフデ_鉄漿筆
  歯を染めるのに用いる筆.


 SHIRAHA,シラハ,白齒,n.
 SHIRAHA_シラハ_白齒
  白齒の娘:若い未婚の女性.
  既婚の女性は歯黒をしていた.
   → 時代劇の功罪である.

第二版(1872)

第三版(1886)

この 「和英語林集成」 は明治時代のベストセラー辞書だった.
数年おきに刊行され,第三版は予約部数18,000部だった.

※第三版から 「Yaeba ヤヘバ n. 」 が追加されている(下図)


 YAEBA ヤヘバ(八重歯)
 YAEBA_ヤヘバ
  YAE ヤヘ 八重 n.
  Eight-fold, many fold:
   hana ga — ni saku
, the flower blooms with many petals;
   — no sakura
, a cherry-tree that bears a double blossom.

  YAEBA ヤヘバ n.
The root of carious tooth which has ulcerated the gum and projecting through it makes a wound in the lip (mostly of the inciser teeth of children). 歯肉に潰瘍を作り,そこから突き出たむし歯の歯根が口唇に傷を作る(主に小児の切歯).
 
 犬歯唇側転位とはほど遠い定義である.

 HANAMI ハナミ 齒幷 n.
 HANAMI_齒並_ヘボン
  ☛ 用例についての記載に,—が良い.が追加されている.
  ― ga warui, the teeth are irregular.
  ― ga yoi, has a fine set of teeth.


1868
慶應4



9月8日
明治改元の詔

 

慶応4年3月14日(1868年4月6日)に明治天皇が天地神明に誓約する形式で,公卿や諸侯などへ,「五箇条の御誓文」 による明治政府の基本方針を示した.

 

五箇条の御誓文

一 廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ
 (現代表記)広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フべシ
 (現代表記)上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
 (現代表記)官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一 舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クべシ
 (現代表記)旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ
 (現代表記)智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。

(現代表記)我が国未曾有の変革を為んとし、朕、躬を以て衆に先んじ天地神明に誓い、大にこの国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆またこの旨趣に基き協心努力せよ。年号月日 御諱
(現代表記)勅意宏遠、誠に以て感銘に堪えず。今日の急務、永世の基礎、この他に出べからず。臣等謹んで叡旨を奉戴し死を誓い、黽勉従事、冀くは以て宸襟を安じ奉らん。慶応四年戊辰三月 総裁名印 公卿諸侯各名印

 明治政府はまさに世界に学んだ.陸軍や土木はフランスやドイツ,教育はアメリカやフランス,海軍はイギリスやアメリカの指導を受け,後の岩倉使節団のように,先進国の中から日本に会う形を探ることが明治国家建築の共通作業であったという.
 その中に,国家プロジェクトとして百科事典翻訳があり,歯科医学についてもアメリカ一国のみの影響を受けたわけではない.後の小林義直の翻訳した「齒科提要」は独逸国パライト氏の著作であり,佐藤運雄の著書で引用された文献の半数は独逸書であった.翻訳にあたり小林義直は,何度も小幡英之助の診療所を訪ねて見学したたことが序文に記載されている.



1870
明治3
西洋事情福澤諭吉
福澤諭吉
1835-1901


福沢諭吉 纂
『西洋事情: 初編3巻2編4巻外編3巻』外編 巻之3
岡田屋嘉七等 1870-1872.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/993318

西洋事情 福沢諭吉



1870
明治3
-Eilliotto
エリオット
来日

 

セント・ジョージ・エリオット(米)が来日.

 小幡英之助
 佐治 職

小幡英之介は,エリオットから学び、1874年(明治7年)医制の公布の後、第1回医術開業試験に歯科で合格した.厳密には医籍に登録されたため歯科医師ではない.赤星研造長与専斎三宅秀石黒忠悳草郷清四郎三輪光五郎の立会いで試験が行われた.

歯科医籍の第1号の青山千代次は,青山松次郎の兄であり,後に廣島で歯科医業をなしたが結核にて没した.広島の歯科医業の嚆矢であった.


日本歯科医師会 編

『歯科医事衛生史』 前巻
日本歯科医師会 昭15.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1047240

 泰西では1728年の Fauchard の論文 以降,歯の位置異常は病気として記述され医療行為がなされてきました.その論文に記された治療例は1696年の症例でしたので,日本に近代歯科医療(歯の位置異常)を伝える本や人物が到達するまでに約200年を要したことになります.

 これ以前までの長い期間をかけて医学的な人体構造の異常 irregularitiy of the Teeth として,科学として,医学として,個別科学として年月を経て専門化される中で orthodontia が学問として成立する経過をたどったという過程なく,日本へ伝来したという歴史的宿命は,その後の日本における学問のあり方の背景に大きな影響を与えていることは他分野と同様に指摘されています.

 医療の根底にある人間の尊厳,健康,幸福,倫理など.歯科と医科の関係もおなじ構図かもしれません.

1870

明治3

-

-

Irregularities and diseases of the teeth. / by Henry Sewill 1870.

1871
明治4
--
1871年(明治4)12月23日にに岩倉使節団が横浜港を出港し,翌年1月15日に最初の寄港地サンフランシスコへ入港,1月31日まで滞在..
詳細は「特命全權大使米歐回覧實記(明治11年10月刊行)」第一編 北亞米利加洲合衆國の郡 第三巻 桑方西斯哥府の記上をご覧されたい..
岩倉使節団には,西洋諸国の医事制度(いまの衛生行政,医療制度)の視察を命じられた長與專齋がいた.長與はオランダ人ポンぺの元で西洋医学を修め,長崎精徳館(のちの長崎府医学校,長崎大学医学部)の院長であった人物で,帰国後の1873年(明治6年)6月に文部省医務局の二代目医務局長に就任し,翌1874年(明治7)の8月18日に発布された「「医制」の立案を行った.hygiene」 を 衛生 と翻訳した.
 医業の許可制などが定められ,徐々に医師・歯科医師の職務内容が定められていった.

https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005403074_00000




1871.12
明治4
学問のすすめ福澤諭吉
小幡篤次郎

同著

學問ノスヽメ 初篇 福澤諭吉 小幡篤次郎 明治4年12月

 以下,ニ編,三編,四編,五編,六編,七編..... 十七編 まであり,初篇(明治4年)から十七編(明治8年)までを合本綴としたものは後に出版された.
 福澤全集の巻2に 「学問のススメ」 はおさめられている.

〇 初篇〜三編:民間の読本,小学の教授本として.
〇 四編,五編:学者向け.
〇 六編以降:初學用として.


  慶応義塾大学メディアセンター デジタルコレクション デジタルで読む福澤諭吉

  學問のすすめ 初篇〜十七編までの合本綴 福澤諭吉 明治13年
  福澤諭吉全集 巻2 学問之〻勧


學問の獨立 福澤諭吉 福澤全集 巻5 明治31


備考(雑学):福澤諭吉心訓の偽作の件
福澤諭吉全集から
慶応義塾 編纂
『福沢諭吉全集』 別巻 岩波書店 1971
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12407550


1872
明治5
虞列伊解剖訓家圖





乾:
坤:
虞列伊
(グレイ)



Henry Gray
(1827-1861)


1872_虞列伊解剖訓家圖
『虞列伊氏解剖訓蒙圖』 坤 松村九兵衛 [1872].
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1881672


1872_虞列伊解剖訓家圖_2



【原書】 → See 1858 の項
Anatomy, descriptive and surgical / by Henry Gray ; the drawings by H.V. Carter ; the dissections jointly by the author and Dr.Carter. | Wellcome Collection
1858年以降,現在まで続く,誰もが手にしたことのある医学書.

 ルース・リチャードソン著,矢野真千子訳
 『グレイ解剖学の誕生.二人のヘンリーの1858年』
 https://amzn.asia/d/7qZaW2X
  
  原書版:https://amzn.asia/d/c4DScD8
  Kindle:https://amzn.asia/d/fU1DS1O


お墓:North london, Highgate Cemetery (West side)


1872.6
明治5
養生新論

末頗曽児 著

巻之一

巻之二
鈴木良輔


1872_養生新論_鈴木良輔 譯

末頗曽児 著,鈴木良輔 譯
『養生新編』 巻1 尚古堂 明5.6.
国立国会図書館デジタルコレクシン
https://dl.ndl.go.jp/pid/837259


早稲田大学図書館 古典籍総合データベース


1872_養生新論1

1872_養生新論2

第一章 人論

第六章 飲食溶解之次第ヲ論ス
  歯牙     齵(オソイバ):第三大臼歯,智歯のこと
    門歯        :切歯のこと
    貳牙(ジガ)   :犬歯のこと
    歯真牙(シンガ):小臼歯のこと
    臼牙(ウスバ)  :大臼歯のこと

  唾液
  嚥下
  消化管


1872.6
明治5
医事表
健体之部
 
八椙利雄 編
『医事表』 健体之部 島村利助 明5.6.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833049  (参照 2025-01-12)

 八 真齒乳歯比例之表



  前歯
  犬歯
  二尖歯
  臼歯
  智歯



1872.7
明治5.7

学制の発布
 

日本の学校保健教育は,この学制に始まる.
 「養生法」 という教科が設けられ,保険教育の起源となった.

   『学制』 文部省 明5
   国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/pid/808231



第二十章 学校ハ三等ニ区別ス大学中学小学ナリ学校教則書ハ別冊アリ

○小学[12]
  第二十一章 小学校ハ教育ノ初級ニシテ人民一般必ス学ハスンハアルヘカラサルモノトス之ヲ区分スレハ左ノ数種ニ別ツヘシ然トモ[1]均ク之ヲ小学ト称ス即チ尋常小学女児小学村落小学貧人小学小学私塾幼稚小学ナリ[2]
  第二十二章 幼稚小学ハ男女ノ子弟六歳迄ノモノ小学ニ入ル前ノ端緒ヲ教ルナリ
  第二十三章 小学私塾ハ小学教科ノ免状アルモノ私宅ニ於テ教ルヲ称スヘシ
  第二十四章 貧人小学ハ貧人子弟ノ自活シ難キモノヲ入学セシメン為ニ設ク其費用[2]ハ富者ノ寄進金[2]ヲ以テス是専ラ仁恵ノ心ヨリ組立ルモノナリ仍テ仁恵学校トモ称スヘシ
  第二十五章 村落小学ハ僻遠ノ村落農民ノミアリテ教化素ヨリ開ケサルノ地ニ於テ其教則ヲ少シク省略シテ教ルモノナリ或ハ年巳ニ成長スルモノモ其生業ノ暇来リテ学ハシム是等ハ多ク夜学校アルヘシ
  第二十六章 女児小学ハ尋常小学教科ノ外ニ女子ノ手芸ヲ教フ
  第二十七章 尋常小学ヲ分テ上下二等トス此二等ハ男女共必ス卒業スヘキモノトス教則別冊アリ

   下等小学教科[13]
    一 字綴 読並盤上習字
    二 習字 字形ヲ主トス
    三 単語 読
    四 会話 読
    五 読本 解意
    六 修身 解意
    七 書牘 解意並盤上習字
    八 文法 解意
    九 算術 九々数位加減乗除但洋法ヲ用フ
    十 養生法 講義
    十一 地学大意
    十二 理学大意[2]
    十三 体術
    十四 唱歌 当分之ヲ欠ク

   上等小学ノ教科ハ下等小学教科ノ上ニ左ノ条件ヲ加フ
    一 史学大意
    二 幾何学罫画大意[2]
    三 博物学大意
    四 化学大意[2]

   其他ノ形情ニ因テハ学科ヲ拡張スル為メ左ノ四科ヲ斟酌シテ教ルヿアルヘシ
    一 外国語学ノ一二
    二 記簿法
    三 画学[2]
    四 天球学[2]

   下等小学ハ六歳ヨリ九歳マテ 上等小学ハ十歳ヨリ十三歳マテニ卒業セシムルヲ法則トス但事情ニヨリ一概ニ行ハレサル時ハ斟酌スルモ妨ケナシトス

  第二十八章 右ノ教科順序ヲ蹈マスシテ小学ノ科ヲ授ルモノ之ヲ変則小学ト云フ
    但私宅ニ於テ之ヲ教ルモノハ之ヲ家塾トス


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 学校保健制度(文部科学省設置法第4条)
         ↳  保険教育:児童・生徒の学習過程 (学校教育法)
             ↳ 保険学習
             ↳ 保健指導

         ↳  保健管理:学校の管理経営過程  (学校保健安全法)
             @ 健康診断
             A 健康相談
             B 感染症予防
             C 学校環境の衛生的管理

1872.10
明治5.10
啓蒙養生訓
土岐頼徳

纂輯

1872_啓蒙養生論_表紙
土岐頼徳 纂輯

『啓蒙養生訓』 島村利助 明5.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1209485


前書に,以下の諸著から理解し易い事を抄譯して纂めて 「啓蒙養生訓」 とした,とある.
抄譯のため,どの単語,どの文章が翻訳文の元なのかは不明.
參互纂集した書:
 @ 米国 ひっちこっく と かつとる の解剖生理養生論 → Hitchcock / Carter

 A 米国 すみす 生理書 → Smith
 B 英国 ぐれい 解剖書 → Gray
 C かーぺんとる 生理書など.→ Carpenter



この書で名醫又は醫士などというは學術を兼備えたる名人のことをいい,従前の家伝の醫又は幇間醫などのではないといったことが書いてある.この当時は,漢方医,口中医と西洋醫が混在していた.

巻之二
 齒牙の部
    總論

    齒牙を健全にせんと
    飲食とも過熱し又過冷きときは直に口に入るべからざる事
    乳齒は弛縦や忽地XXX抜去すべき事
    並に齠齕の后齒列整はぬときは一二本を抜去るべき事
    齒牙の養生は日常の檢査肝要なること
    齒に害ある諸品の事

  ※ 齠齕:乳齒と永續齒との代わること

【 推察される原著 】
 @ Elementary anatomy and physiology : for colleges, academies, and other schools / by Edward Hitchcock and Edward Hitchcock, Jr. 1868

 A Anatomy, descriptive and surgical / by Henry Gray ; the drawings by H.V. Carter ; with additional drawings in the 2nd and later editions by Dr. Westmacott ; the dissections jointly by the author and Dr.Carter. 1869.
→ 初学人身窮理. 巻之上・下 / カットル原著 松山棟菴 森下岩楠 訳
     新歯ノ
歯並ヲ<Jラシムベシナシ二.... >> 「歯並」 の語が使われる

  A 
Health and disease as influenced by the daily, seasonal, and other cyclical changes in the human system / by Edward Smith. 1861

 B Gray

 C Principles of human physiology / by William B. Carpenter. 1864.




1872
明治5.12.2
を最終日とし

翌日より
1873.1.1
明治6.1.1
となった


太陰暦ヲ廃シ太陽暦ヲ行フ附詔書

改暦について:
明治5年12月2日(=1872/12/31) が旧暦(太陰太陽暦)の最後の日となる.
明治5年12月3日を明治6年1月1日(=1873/1/1)と定め改暦が行われた.
これ以降は,西暦(グレゴリオ暦)と月日と一致するようになった.
1873.7
明治6.7
西洋養生論
全二冊



上篇

下篇
横瀬文彦
阿部弘國


1873_西洋養生論
『西洋養生論』  明6.7.

国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836977

『西洋養生論』  明6.7.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1939207

下編には,歯の事として
   強歯ノ緊要
   歯ノ衰弱- - - - - - - 歯列(シレツ,ハナラビ)ノ表二始マリ用語がある.
   歯ノ保養法 がある.

まとめ 本書の巻之下には 「歯の事」 の記述あり.「歯列」,「健康」 という翻訳語も確認できるが,歯並びの改善に関する記述は認められなかった.

米利堅ノノ
醫学家コーミング氏ノ生理書書中ヨリ抄譯セルモノニシテ....とある..

 歯列(シレツ,ハナラビ)ノ表二始マリ::
原著と対比したところ,,
Decay of the tooth never commences on the smooth portion, which is most worn by use, but in those portions where the food and other foreign substances are most liable to be deposited. The surface next to an adjoining tooth, the depression sometimes found in the top of molar teeth, and the space around the neck of the tooth, will prove to be the first points of decay..
う蝕の出来やすいところで隣接面であり誤解釈と思われるが,この時代大変な苦労であり無理もない..


慶応義塾の日記には,明治元年に本書(コヲミング氏の人身窮理書)の会読を月・木の午後1時から4時まで行っていたことが記録されている..
人体窮理書など泰西の医学書を買って帰り,歯の事も読んでいたようである.

コヲミング 人体窮理書

この中の松山氏は,後の1878年に下記の翻訳書を合訳で出している.

松山棟菴, 森下岩楠 合譯
『初學人身窮理』上 松山棟菴 1878.11.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/11581819

  第三章 齒ノ事
 
  歯の事1_人体窮理書


【原著】
Class-Book of Physiology: For the Use of Schools and Families. Second Edition. / by  Benjamin N Comings

1873.8
明治6.8
養生手引草


初編



十七編


- - - - -
原書
葛徳兒氏(カットル)の
攝生書
佐野諒元
譯述

小林為丈
校訂

 

佐野諒元 譯述 ほか

『養生手引草』 桜川堂 明6.8.

 国立国会図書館デジタルコレクション

 https://dl.ndl.go.jp/pid/837270

 

前書きの第一則に,原書は,『葛徳兒氏(カットル)の攝生書』 であることが書いてある.これを読んだが,一人で満足するより,広く世間に広めたいと思って本にした.といったことが書いてある. 

 

佐野諒元は,中津藩出身の医師:小幡英之介が,1869年(明治2年),叔父小幡篤次郎を頼って上京し慶応義塾に入塾後,新銭座で篤次郎名義の家屋で開業していた同郷の佐野諒元に入門している.外科医に適すると考えた叔父の篤次郎は,横浜の近藤良薫に師事させたが,生来器用であった英之助は,今度は米国歯科医師のエリオットに師事した.後に医術開業試験での歯科を受験した.

 

初編の目次には,以下の記載がある.現物は初編以外は見つからないが,カットル氏の著書は,後に小林義直によって,『カットル氏生理養生論』 として全文翻訳がなされている.

 

初編   預論

二編   骨格論

三編   筋肉論

四編   歯牙論

      歯牙解剖生理健康第十二

      附図并解

五編   消化器論

六編   血管論

七編   水脈論

九編   栄養器論

十編   呼吸器論

十一編 体温論

十二編 音器論

十三編 皮膚論

十四編 神経論

十五編 触知論

十六編 成論

十七編 附論

 

 

1869
明治2

1873
明治6
--

 

カーレットソン歯科書 Garretson, James Edmund, 1828-1895.

A treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws and associate parts. 1st ed. 1869.

 Irregularities of the teethの章なし

 

A System of Oral Surgery: Being a Consideraton of the Diseases and Surgery of the Mouth, Jaws, and Associate Parts. / by Garretson, James Edmund. 2nd ed. 1873.

Chapter XXI. IRREGULARITIES OF THE TEETH..478-494.

保齒新論(1881)の参考書の1つ.後に歯科全書(1885)として全文が直訳された.

Chapter XXI Irregularities of the Teeth. の章があり,この中に "orthodontia" の単語も出てくる.

 歯科全書(1885)の項を参照.

 Irregularity of the Teeth;

   保齒新論では 「鹺跌」 と翻訳.

   齒科全書では 「齒の不正」 と翻訳

 

1874
明治7
--
「医制」 発布
1875
明治8.4.22
四民須知
解剖生理浅説

巻之一
巻之二
巻之三
巻之四

小林義直

小林義直

1844-1905



1875解剖生理淺説_表紙
マルチンダル 著,小林義直 譯
『四民須知 解剖生理浅説』 明8.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833479

※ 【四民須知】
   四民とは,江戸時代の身分制度での 士・農・工・商 のこと.転じてあらゆる階級,すべての人びと.四民平等.
   須知とは,中国語で 「心得」,「注意事項」,「知っておかねばならないこと」 の意味.大会須知.

「四民須知 解剖生理淺説」 と 「四民須知 養生淺説」 は,一冊のマルチンダルの英書を翻訳したもので,二つに分けられた.大きさは,現在の新書版を一回り大きくしたサイズで,「小學校用 養生淺説」 も後に,尋常小学校の理科の指定教科書として文部省より出版され,口述教材とされ,広く日本中に行き渡っていた.古書店でも容易に手に入る.


序文には,以下の記載がある.
 以前に,坪井先生といっしょに,文部省の普通読本として 『ハッチンソン氏の生理書』 を翻訳した.その本は大変善い本であったが,書いてある内容のレベルが高すぎて小學初進の生徒には難しすぎて適切ではないのが遺憾であった.そうしたときに,『マルチンダル氏の著書 Human anatomy Physiology, and Hygiene』 という書を得た.これは人体の解剖生理及び養生説という意味で,前半は解剖と生理の説明を述べ,後半は養生の術を説いており,體裁と内容は 『ハッチンソン氏の生理書』 を補う内容であったので,これを翻訳して二部に分け,一つは,『解剖生理淺説』 と題し,もう一つは,『養生淺説』 として世に出した.学び始めた生徒は,まずこれを先に読んだ後で 『ハッチンソン氏の生理書』 を読むとわかりやすい.
 と,譯者(小林義直)が経過を述べている.
『四民須知 解剖生理淺説』 と 『四民須知 養生淺説』 の二冊が,マルチンダルの原書の翻訳書セットということになる.

- - - - - - - - - - - - - -
【 原書 】
Human Anatomy, Physiology, and Hygiene: A Text-book for Schools, Academies ...
Joseph C. Martindale, 1872.


1875
明治8.8
弗氏生理書

全七巻
















- - - - -
明治8年7月 版

明治11年1月版

明治14年1月版
Joseph Chrisman
Hutchison
(弗氏)
(弗知遜)



坪井為春
小林義直
同譯



1875_弗氏生理書 坪井為春譯


1878_弗氏生理書
坪井為春,小林義直 同譯
『弗氏生理書』 1
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11582159

  弗氏 とは,本書に 弗知遜 と日本語で書かれている.Hutchinson のこと
  凡例に,1872年に Hutchinson氏の著した書を
  弗氏 → 弗知遜 → ハッチンソン → Hutchinson と解読に苦労した.
  原書は以下のもので,1878年からいくつかの改訂版があり,古書や復刻版で流通している.
  米国では学校教育テキストとして長年使用されていた.
  文部省にて翻訳され,日本の学校教育にて尋常小学校で広く用いられた.

巻之三には,

  第六 飲食消化篇 があり.
    咀嚼
    齒牙
    齒牙の保護  が,図と共に記述されている.

弗氏生理書1

弗氏生理書2

弗氏生理書3



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【原書】
A treatise on physiology and hygiene:
for educational institutions and general readers: fully illustrated. 1895


1878年版


A treatise on physiology and hygiene:
for educational institutions and general readers: fully illustrated. 1894



Hutchison, Joseph Chrisman (1822-1887) について.


1875
明治8
11.27
四民須知
養生浅説


巻之上

巻之

- - - - -

原著
Human Anatomy, Physiology, and Hygiene: A Text-book for Schools, Academies ...

by Joseph C. Martindale

1872.

小林義直

小林義直

1844-1905




1875四民須知養生淺説_表紙_小林義直訳 1875四民須知養生淺説_表紙2_小林義直訳
マルチンダル 著 日本備後福山 小林義直 譯
『四民須知 養生浅説』 下
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/837262

※ 【四民須知】
   四民とは,江戸時代の身分制度での 士・農・工・商 のこと.転じてあらゆる階級,すべての人びと.四民平等.
   須知とは,中国語で 「心得」,「注意事項」,「知っておかねばならないこと」 の意味.大会須知.

本書 「四民須知 養生浅説」 は,現在の新書版を一回り大きくしたサイズ.
「小學校用 養生淺説」 も後に,尋常小学校の理科の指定教科書として文部省より出版され,口述教材とされた.
広く知識として行き渡っていたようである.古書店でも容易に手に入る.

 
歯列不正_マルチンダル_小林義直
巻ノ下 の p.17-22.


第八節 齒及他ノ機器 @ から N
 B 永久齒の密接ニ過キテ齒列不整ナル時ハ其一二枚ヲ脱去スヘシク其齒列ヲ改正シ兼テ其壓迫壓シテ生スル琺瑯質ノ虧損ヲ防クナリ琺瑯質ノ一分虧損シテ腐蝕ヲ始ムル時ハ金箔ヲ以テ之ヲ填塞スヘシ然スル時ハ□ク數年間其更ニ深ク腐蝕スルヲ預防スヘシ

   3. When the permanent teeth are irregular from being too much crowded, one or more of them should be removed. This will improve their appearance , and will prevent them from pressing so closely together as to cause injury to the enamel. When any part of the enamel is injured, and the tooth has commenced to decay, it should be filled with gold- foil . In this way a tooth partly decayed may be preserved for many years.


   
不整: irregular,文章の意味から歯列不整と翻譯.
   密接: too much crowded 密接二過キテ
   壓迫:圧迫
   虧損:きそん.物が欠ける.欠損

第九節 人體の發育生長 (歯の萠出順序,顎骨の発育が書かれている)


 I 齒ハ一歳中ニ發生ヲ始ム即チ第七八月ニメ上下顎ノ各側ニ前齒(切齒)二枚ヲ發露シ一歳ノ末ニ至リテ両顎ノ各側ニ齨齒一枚ヲ生シ第十八月ニシテ犬齒胃齒眼齒ヲ生シ第二歳ニシテ各顎合シテ四箇ノ齨齒ヲ増生シ總計二十齒トナル即チ各顎ニ切齒四,犬齒二,齨齒四アリ是レ所謂一時齒一名乳齒ニテ後ニ永久齒ト交代スル者ナリ

 J 乳齒及ヒ永久齒ノ種子ハ目撃スヘカラスト雖嬰児誕生ノ時早ク己ニ齶内ニ潜伏スmシ永久齒ハ大抵六歳マテ發育頗ル漸除ニメ著シカラス此時ニ至リテ頓ニ其容積ヲ増シ各顎ノ表靣ニ向ヒテ進出ス従ヒテ乳齒ヲ壓シテ其嵌窩ヲ脱落セシム永久齒ハ乳齒ヨリモ織質硬クシテ容積大ナリ其全數モ亦多クシテ三十二枚アリ故ニ此期ニ於テハ上下ノ二顎モ發育シテ此多數ノ齒ヲ含保スヘキニ至レリ
  雖:いえども
  mシ:
  壓:おす/ 壓迫:圧

 K 永久歯發露ノ順次ハ通常左ノ如シ六七歳ニテ第一齨齒ヲ生シ七八歳ニシテ諸切齒ヲ生シ九歳十歳の間ニニ箇ノ小齨齒突出ノ第一期ノ第二齨齒ト交代シ十二歳ニシテ第一期ノ犬齒ト永久ノ犬齒ト交換ス十三四歳ニシテ第二齨齒ヲ生シ十七歳乃至二十歳ニメ末齨齒即チ智齒ヲ生シテ永久歯全備ス

 L 人類ノ生活期ヲ區別スレハ初生ヨリ齒ノ初メテ顯ハルルマテ七月間ヲ嬰児の期ト云ヒ此ヨリ乳齒脱落ヲ始ムル時即チ六七歳マテヲ小児ノ期ト云ヒ此ヨリ身長ノ發育全ク終ル時十八歳乃至二十歳マテヲ幼年ノ期ト云ヒ此後ヲ成人ノ期一名壯年ノ期ト云フ此期ヲ過クレハ體力減衰ノ期所謂老年期ニ達ス


【 原書 】

Human Anatomy, Physiology, and Hygiene: A Text-book for Schools, Academies ... / by Joseph C. Martindale, 1872.

CHAPTER V. Hygine.
Section VIII. The Teeth and Other Organs.  p.202-206.
1.- 15. が対応している.
   3. When the permanent teeth are irregular from being too much crowded, one or more of them should be removed. This will improve their appearance , and will prevent them from pressing so closely together as to cause injury to the enamel. When any part of the enamel is injured, and the tooth has commenced to decay, it should be filled with gold- foil . In this way a tooth partly decayed may be preserved for many years.

CHAPTER VI. Development and Death.
Section I. Growth and Development
   10. The teeth begin to appear within the first year. The front, or incisor teeth, both upper and lower, are usually through the gums at the age of seven or eight months; and one molar tooth is through, on each side of each jaw, by the end of the year. At eighteen months the canine, or stomach and eye teeth, appear ; and at two years of age, four other molar teeth are added to each jaw, making twenty teeth in all. The teeth then consist of four incisors, two canines, and four molars in each jaw. They are called the temporary or milk teeth, and are followed by the second set, or permanent teeth.
   stomach teeth: 胃齒.下齶の犬歯ヲイフ.
   eye teeth: 眼齒.上齶ノ犬歯ヲイフ.

   11. The rudiments of the second as well as of the first set of teeth emit in the jaw at the time of birth, although they are not visible. The second set of teeth grow very slowly until about the sixth year, when they increase more rapidly in size, and soon push their way towards the surface of the gum; thus pressing against the milk teeth, which become detached and fall from their sockets in the jaw. The permanent teeth are harder in texture and mostly larger in size than the temporary set. They are also more numerous, and number thirty-two, irnstead of twenty; and the jaws have both increased in size so as to accommodate this larger number.
   12. The permanent teeth usually appear in the following order: In the sixth and seventh years, the first molar teeth, and in the seventh and eighth years, the incisor teeth appear. In the ninth and tenth years, the two molars of the first set give place to the two bicuspids of the permanent set; and in the twelfth year, the canine teeth of the first set are replaced by the canines of the second set. In the thirteenth and fourteenth years, the second molar teeth protrude from the jaw; and from the seventeenth to the twenty-second year, the last molar, or wisdom teeth, appear and complete the permanent set.
   13. Human life has been divided into periods which may be thus ditinguished. From birth to the appearance of the first tooth, in the seventh month, is the period of infancy; from the appearance of the first tooth to the time when the temporary or milk teeth begin to fall out, in the sixth or seventh year, is the period of childhood; from the time when the temporary teeth begin to fall to the final completion of the stature, in the eighteenth or twentieth year, is the period of youth. Then comes the period of maturity, or the prime of life; after which the powers decline, and the last period of human life, that of old age, is reached.

1875
明治8
--
 明治8年以降,齒科醫の数は漸く多くなっていたが,これを統一する機関がなく,普通醫(一般の医師)には醫師會があったけれども,齒科醫にはこの學を企てる人物がいなかった.
 一般の人々にとっても「齒師」の数が大変多く,社会ではこの 「齒師」 と 「齒科醫」 とを区別する見識がなかったので,「齒科醫」 は甚大にその権利を蹂躙されており非常に不利な状態である.
 このため,会を成立させることは万人にとって望むところであり,これをもって齒科醫師を統一して齒科醫學の進歩にも大変役立てることができる.
 その後,各府縣で競って齒科醫會が設立され,東京に本部を置いて他を支部として全国の齒科醫を統一するに至った.
 明治26年に伊達道盛は試験委員の職を辞すると率先して齒科醫師の団体を作ろうと,自ら主唱者となって,小幡,山の両氏を説得して発起人となるように求め,同年6月に創立総会を芝公園三縁定にて開き,委員十数名と会則を定め,9月をもって東京齒科醫會を成立させ本邦の最初の齒科醫師會となった.
1876
明治9
--
A History of Dental and Oral Science in America. / by James E. Dexter 1876.

本書は,米国科学会がとりまとめたもので,p.108-111 に IRREGULARITIES(齒の不正)に関する記述がある.

この書は50年ほど後に書かれた山歯科醫学院講義録第六巻において,講演・筆記された 「歯科学術沿革史」 の種本となった.直訳されたにもかかわらず翻訳参考したことが述べられていないことから,学徳上アンフェアであると中原,樋口氏に指摘されている(検証・歯科医学史の書誌.日本歯科医史学会雑誌: 29(3)183-191,2012.).
 ☛ 山齒科醫学院講義録(歴史)
 ☛ 鹺てつ(齒失)は p.251-258

1876.10
明治9
育児小言(智巴士氏)


初篇の1


初篇の2
パイ・
ヘンリー・
チャアス
(智巴士氏)



松本順


澤田俊三

1876_育児小言
パイ・ヘンリー・チャアス 著,松本順 閲,澤田俊三 譯
『育児小言(智巴士氏)』 初篇の1
気海楼 明9.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/849201

一.齒の事 Dentition  p.41-50
 1875年にロンドンで刊行された Pye Henry Chavasse の書 "Advice to a Mother" を翻譯.この中に,「齒の事」 があり,乳歯の生える順序,拇指を甞(な)むる(拇指吸引癖)ことなど育児上の歯に関するアドバイスが述べられている.a double tooth を「八重歯」と翻譯した.
  「八重」 は八つ,数多く重なることを意味し,末広がりの八が重なることは縁起が良いとされる.八重桜,八重山,八重雲,八重垣 など.a double tooth を八重歯と翻訳した.  ☛ 別項参照.


齒の事(現代の歯科矯正に関する部分を抜粋した)

凡小兒は産後七カ月を経れば大抵齒を生すれども或は三カ月して齒を生するもありされど之は普通のものと言いかたじ然るに英國王リチャルド第二世の如く生れがらして齒があるものあり其他此類の小兒往々舊記に遺れるを以て稀には世にあるものとみえたり然れども如斯の齒は永續せず常に脱落るものなり之に反して一年半或は二年を經るとも未だ齒を生ぜざるものあり偶には三四年に及ひ或は終年齒なきものあり1860年刊行の佛國醫事新聞に一老婆の齢八十五歳に至りて初めて齒を生じたるものを記載せし事あり總て之らの事は余が會て聞見したるものなれば錄して他日の参考に供せんとするのみ

小兒の初て齒を生ずるときは大抵齒數の二十枚程をりて齦(はぐき)の上下に生出するものにて生齒は必らず一雙(ひとならび)づつ自然の順番ありて前後を違へざるものありとす最初には下齦に前齒の一雙を生じ續て上齦にも同しく一雙を生して後下齦前齒の兩傍X脇齒の一雙を生し續て上齒も亦斯の如し偶Xは下齦の前X八重歯を生するものXて八重歯は必らず下齒の七八枚目に堀起するものなり而して齨齒(おくば)は第一第二と二度X生出するものXて初X下の齨齒を生じ次に上の齨齒を生し續て下の目牙(糸切り歯)を先に生し上の目牙後に生するなり而して第二度めも亦た斯の如く概ね生齒は各人同様なれども偶には異同あるものなり大抵二年を經れば總て初生齒(はじめのは)の一列(ならべ)を生え揃もの故小兒の二歳になるものは凡齒數十六枚あり二年半になるものは凡そ齒數二十枚あるを通例とせり

  雙:両,双,二つの

  舊:キュウ.ふるい,もとの

  注)齒数の単位は「枚」であった.

  X:に

  而して:しかして.そして

  斯(し):これ,この

 乳婆の常として兄の玩物(おもちゃ)を象牙の類を興ふるは最も宜しからさることなり小兒は物を咬み試むるものなれば堅牢にして撓ゆまざる物は兒の齦(はぐき)を損い齒力を費な事多ければ小兒の康に患害を興ふる事鮮少なら由て小兒に興ふるは麵包軟革杯(ぱんやわらかきかわ)杯の如き撓軟(やわらか)なるものを好とするなり小兒之れらの如き撓軟なるものを咬み習ふときは齦及ひ齒の働き漸々自由となり将来果して飲食し易きなり

  撓まざる:力を加えても曲がらない.しなわない

  齦:はぐき

  撓軟:やわらかき

 小兒の拇指(おやゆび)を甞むるは兒の爲に裨□あるものなり蓋し拇指は樹膠(ごむ)の柔軟(やはらかき)なる如し故に拇指を力て小兒に甞(なめ)さるときは唾沫にて自から兒の口中を潤し物を哺吸する働を付くるなり特に小兒の未だ齒を損ふて衝せる杯のなく還て齒を生したるとき齦の働き最至便なり且小兒の憤悶して狂猖(くるふ)なるものに拇指を甞さして之を慰藉すれば自から安息して睡眠に就き易きものなり蓋し拇指は兒を安慰(だます)するの方便なれば何程甞させるとも決して小兒に妨けなきものなり泰西の□□杯には往々小兒の拇指を甞むる處あり實に工の意匠能兒の眞致(まこと)を摸寫したりといふべし

  慰藉:なぐさめていたわる

 (拇指吸引癖について)初生の小兒一年程は拇指を甞むるとも憂ふべきことなけれども兒の齒全く生え揃ひ最早二年餘り生長したる時猶拇指を慕ふて息まさる時は自然常習たるの恐れあれば苦味あるものを拇指に少しく塗り付くべし然らば小兒は之を険悪して兒の偏癖(くせ)を矯(ため)るにゐと手易をきことなり

  甞:しょう.なめる.舌で味わう.

  矯める:矯正する

小兒七歳の頃には大抵齒の抜替るものにて初生齒の脱落(おつる)を待て生涯不易の堅固なる齒を生するものにて其順序は先つ初生齒の漸々緩み出し自然脱落する成は之を抜きとり置ば同一の塲所へ二度生の齒容易に現るるなり初生の齒は二十枚なれども二度生の齒は追々生揃いて通例三十二枚あるものなり凡て二度生の齒は大切なれば平生注意し悪き不竝(ふならび)の齒を生せば早速老練の齒醫者に謀るべし

  謀:ぼう.はかる.計画を立てる.

  注)永久歯は大切なので,不揃いに生えた場合はちゃんとした歯醫者にかかるべし,

 齒を堅固に保つには毎朝□湯を以て楊枝(西洋の楊枝にてブラシと云ふ)にて叮嚀に裏表を磨き清潔にすべし□湯は普通の齒磨粉杯より功能多きものあり

 

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参考:

  ・ 小嶋秀夫 明治初期の翻訳育児書 日本医史学雑誌 35(1):26- 1989.

  ・ ゲッセル著 村田文夫訳 子供育草 上・下(明治7.1) アメリカ

     The Maternal Management of Infancy: For the Use of Parents. / by Frank Horace Getchell

  ・ クレンケ・ハルトマン著 近藤鎭三訳 母親の心得 上・下(明治8.11)ドイツ

  ・ チャアス著 澤田俊三訳 智巴士氏育児小言 初篇1・2(明治9.10)イギリス

 


原著

Advice to a mother on the management ofher children, and on the treatment on the moment of some of their role pressing illnesses and accidents / by Pye Henry Chavasse. 1869. 

育児小言の中の「齒の事」にあたる Dentition (歯の事)は p.62- に記述がある.翻譯本には1975年刊行と記されているが,それに近い1869年の 9th ed. の英文内容(以下)と比較する.原書では,質問に答える形で構成されているが,内容は同じと思われる.
上記リンク先は,1869, 9th ed.

*cut one's teeth; 歯が生える

59. What is the number of the FIRST set of teeth, and in what order do they generally appear?
   The first or temporary set consists of twenty. The first set of teeth are usually cut in pairs. "I may say that nearly invariably the order is—1st, the lower front incissors [cutting teeth], then the upper front, then the upper two lateral incissors, and that not uncommonly
a double tooth is cut before the two lower laterals; but at all events the lower laterals come 7th and 8th, and, not 5th and 6th, as nearly all books on the subject testify." Then the first grinders, in the lower jaw, afterwards the first upper grinders, then the lower corner-pointed or canine teeth, after which the upper corner or eye-teeth, then the second grinders in the lower jaw, and lastly, the second grinders of the upper jaw. They do not, of course, always appear in this rotation. Nothing is more uncertain than the order of teething. A child seldom cuts his second grinders until after he is two years old. He is, usually, from the time they first appear, two years in cutting the first set of teeth. As a rule, therefore, a child of two years old has sixteen, and one of two years and a half old, twenty teeth.

a double tooth八重歯,かさなりば.

八重:八つ重なっていること.いくつも重なっていること.転じて数多く重なっていること.八重桜,八重垣,八重山 など.八重歯は犬歯ではなく,重なっている様相を表す言葉である.八重雲,八重垣のように全体の様相.乱排齒と同じ.当時は齒數の単位は「枚」であった.

 

1876
明治9.12
生理訓蒙



獨逸國
恵美麗氏


- - - -
菅野虎太

恵美麗 (エミレ) 著 ほか
『生理訓蒙』 上 真部武助 明9.12.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833911
(参照 2025-04-29)

   齒の説
1876
明治9.12

達爾頓氏生理書

巻之三

- - - - -
1876(明治9)1.12
版權免許
- - - - -
1876(明治9)12月
出版
達爾頓氏
(タルト)


高橋正純


藻寄隆次


物部誠一郎

タルト 著 ほか
『生理書(達爾頓氏)』 3 文海堂 明9-14.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833942

人体ではなく,動物一般の生理書.

巻之三 目録
  第六 消化機能論
    咀嚼作用
    歯牙
    唾液


1877
明治10
和獨對譯字林

Woerterbuch
der
Japanischen und Deutschen Sprache



- - - - -
明治9年
板權免許

- - - - -
明治10年
出版
Herrn R.
Lehmann

1877_和独辞書1
『Woeterbuch der japanischen und deutschen Sprache.
  1. Th. Japanisch-Deutsch』, K. Hibiya und S. Katō,1877.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1700007



HA-NAMI, ハナミ,歯並,s.
 — ga warui
 — ga yoi    という日本語の対訳を記載している.
1877_Woeterbuch der japanischen und deutschen Sprache. 1. Th. Japanisch-Deutsch

その他に記載ある歯科矯正関連の用語:

  ITO-KIRI-BA イトキリバ,絲切歯,s, Schneidezahn, m.
1877_和獨對譯字林_絲切齒

1877_和獨對譯字林_入歯_入歯師







1877
明治10.6
小學人體問答定度阿保友一郎


1877_小學人問答定度
阿保友一郎 輯
『小学人体問答定度』 桂雲堂 明10.6.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833685


小學用のために人体の名称を学習するための問答練習帳.
いろいろな人体の名称と役割についての 「問題/答」 が書いてある.

口ヤ齒の名称いついては,以下のような記載がある.

  口ハ何ノ用ヲ主ルゾ
    一ニ飲食ヲ通シ 二二ハ呼吸ヲ通シ 三ニハ言語ヲナス
  腭(アゴ)トハ何如ナル者ゾ
    上下アリテ口ノ開闔ヲナスモノナリ
  ソノ上ナルヲバ
    上腭トイヒ
  ソノ下ナルヲバ
    下腭トイフ
  齒ハ上下合セテ幾枚アリヤ
    オホヨソ三十二枚
  前歯トイフハ
    前ニアル上下八枚ノ齒ヲイフ
  犬齒トイフハ
    前齒ノ両側ニアル所ノ上下四枚ノ尖リタル齒ヲイフ
  奥齒トハ
    次ノ上下二十枚ヲイフ
  齒ハ何ノ用ヲ主ルゾ
    食物ヲ噛ムヲ主ル
  詳カニ説カハ何如
    前齒ハ食物ヲ断チ奥齒ハ之ヲ砕クナリ
    又齒ニテ聲音ヲ調フモアリ
  齒ノ根ノ肉ヲ何トイフゾ
    齦(ハグキ)トイフ
  齲(ムシバ)トハ何如
    齒ノ朽チ欫ルヲイフ


1878
明治11
初學人身窮理

巻之上
巻之下
松山棟菴
森下岩楠

合譯

松山棟菴, 森岩楠 合譯
『初學人身窮理』 上 松山棟菴 1878.11.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11581819


広島大学図書館デジタルアーカイブ

原語註譯
 インシッソル 前歯門歯切歯に云
 ハイヂン   健全學
 バイコスピット 二尖歯又臼歯を云フ
 ルウト     根ノ義歯 根ト云う
 ウイスドム   智歯
 ブロッシ    歯楊枝
 クラウン    冠ノ義歯 帽し
 コスピッド   尖歯
 テンドン    腱
 ヒショロヂイ  生理学
 モラルス    臼歯

1879.4
明治12
4.7

小學校用
養生淺説


巻之上

巻之下

定價拾二銭五厘
(1,200円程度)

小林義直

譯述

1879.4 小學校用 養生淺説 巻ノ下 明治12年4月7日版權免許


第八節 齒及他ノ機器ノ保護

B 永久齒ノ密接ニ過キテ齒列整ハサル時ハ其一二枚ヲ抜去スヘシ是齒列ヲ正シ兼テ壓迫ヨリ生スル琺瑯質ノ虧
損ヲ防ク方法ナリ….


1879.9
明治12.9
小学校用
養生浅説釈解
小林義直
校閲

三田利徳
編輯
1879_養生淺説釈解
小林義直 校閲
三田利徳 編輯
『養生浅説釈解』 静観堂 明12.9.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/837263



熟語病名の解説がされている書.
 永久歯:エイキュウシ 一生ヌケカハラヌハ
 密接:ミツセツ シツカリツク
 歯列:シレツ ハノナラビ
 抜去:バツキョ ヌキサル
 壓迫:アツパク
 損:キハン カケソンズル
 齶:
 切歯:
 奥齒:
 臼歯:
 犬歯:
 胃齒:下齶の犬歯ヲイフ.
 眼齒:上齶ノ犬歯ヲイフ.☞ eyetooth
 乳歯:
 智歯:

1879
明治12
The mouth and the teeth James William White
1826-1891

Each Book is sold separately, neatly bound in Cloth. Price, 50 cents, or Subscriptions will be received for the Series of twelve Volumes.

I. Hearing, and How to Keep It,
     By CHAS. H. BURNETT, M.D., of Philadelphia,
     Consulting Aurist to the Pennsylvania Institution for the Deaf and Dumb, Aurist to the Presbyterian Hospital, etc.
II. Long Life, and How to Reach It,
     By J. G. RICHARDSON, M.D., of Philadelphia,
     Professor of Hygiene in the University of Pennsylvania, etc.
III. The Summer and its Diseases,
     By JAMES C WILSON, M.D., of Philadelphia,
     Lecturer on Physical Diagnosis in Jefferson Medical College, etc.
IV. Eyesight, and How to Care for It,
     By GEORGE C HARLAN, M.D., of Philadelphia,
     Surgeon to the Wills (Eye) Hospital.
V. The Throat and the Voice,
     By J. SOLIS COHEN, M.D., of Philadelphia,
     Lecturer on Diseases of the Throat in Jefferson Medical College.
VI. The Winter and its Dangers,
     By HAMILTON OSGOOD, M.D., of Boston,
     Editorial Staff Boston Medical and Surgical Journal.
VII. The Mouth and the Teeth,   >>>>
     By J. W. WHITE, M.D., D.D.S., of Philadelphia,
     Editor of the Dental Cosmos.
VIII. Our Homes,
     By HENRY HARTSHORNE, M.D.-, of Philadelphia,
     Formerly Professor of Hygiene in the University of Pennsylvania.
IX. The Skin in Health and Disease,
     By L. D. BULKLEY, M.D.,of New York,
     Physician to the Skin Department of the Demilt Dispensary and of the
     New York Hospital.
X. Brain Work and Overwork,
     By H. C WOOD, Jr., M.D., of Philadelphia,
     Clinical Professor of Nervous Diseases in the University of Pennsylvania, etc.
XI. Sea-Air and Sea-Bathing,
     By JOHN H. PACKARD, M.D., of Philadelphia,
     Surgeon to the Episcopal Hospital.
XII. School and Industrial Hygiene,
     By D. F. LINCOLN, M.D., of Boston, Mass.

PRESLEY BLAKISTON, Publisher, PHILADELPHIA.

第7巻として,「口と歯」 は,米国の歯科雑誌 Dental Cosmos 編集長であったホワイト氏によって書かれた.
1879, 1880, 1885版などが確認できる.その中の14章が 「歯の不整 Irregularities of the teeth」 となっている.
 
The mouth and the teeth. [1879]
The mouth and the teeth. [1880]
The mouth and the teeth. [1885]

CONTENTS.                                              PAGE
    chapter
      I.  Introductory                                       9
     II.  The Mouth                                        13
    III.  Anatomy of the Teeth . . .                 32
    IV.  Development of the Teeth . .             44
     V.  Eruption of the Temporary Teeth . .    47
    VI.  Difficult Dentition                               50
   VII.  Care of the Temporary Teeth . . .       60
  VIII.  Sixth- Year Molars                             64
    IX.  Shedding of the Temporary and
           Eruption of the Permanent Teeth .     68
    X.   Nutrition of the Teeth . .                    76
   XI.   Food in its Relations to the Teeth .     78
  XII.   Nervous Relations of the Teeth . .       84
  XIII. Constitutional Peculiarities, Varieties,
           and Defects of the Teeth . . -             94
  XIV.  Irregularities of the Teeth . . .             98
   XV. Tartar, or Salivary Calculus . .             106
  XVI. Decay of the Teeth, or Caries .           110
 XVII. Toothache—Extraction—Hemorrhage  117
 XVIII. Hygiene of the Mouth .                      126
  XIX.  Reparative Treatment .                     138
   XX.  Substitution — Artificial Dentures       143

1879年に米国で出版後,その年のうちに日本に輸入されたようである.同年に,@ 桐村と小幡によって抄訳 「齒乃養生法」 され,さらに2年後には,A 山によって 「保齒新論」 と名前を変えて翻訳されている.種本は同じものであるが,Aの方を歴史的偏好によって持ち上げる日本人が多い.いずれの翻訳書も正確な直訳ではなく,かなり割愛され短くなっている.
 @ 1879年 「齒乃養生法」 小幡英之介 閲,桐村克己 譯
 A 1881年 「保齒新論」  山紀齋 述 

1879.10
明治12
齒乃養生法小幡英之介
小幡英之介



桐村克己

日本で始めて出版された 歯(歯科)に特化した書物.

1879_齒乃養生法_小幡英之介

米國費府ノ齒科醫士ホワイト氏ガ著セル小冊子ヲ譯シ...とある.


1879_齒乃養生法_小幡英之介

 世間に齒並の惡き人,口元の醜き人が多いのは,乳歯を等閑にして早く之を抜け占めたるが故なり.
  
 それにより,@ 食物を咀むのが妨げられ,
        A 音聲の妙を失い,
        B 容貌の美を欠く   といったことが翻訳されている.

ホワイト 著 ほか
『歯の養生法』 桐村克己 明12.10.
国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/836562

森山徳長
桐村克己著「歯の養生法」の原資料の疑義についての研究
日本歯科医史学会会誌 24(4) 
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11513099

森山徳長ら:ホワイト著 『口腔と歯牙』・桐村克己訳 『歯之養生法』 との比較書誌学的研究.日本歯科医史学会誌18(4):300-304, 1992.

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大英博物館の和書の所蔵目録には,
本書 「齒之養生法」
"Rule for preserving the teeth." Translated...  by Kirimura Yoshimi, etc. 1879.
と表記されて所蔵されていることが確認できる.

1898_大英博物館所蔵和書目録

ロバート・K.ダグラス 編
『大英博物館所蔵和書目録』 科学書院 1986.7.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12403923 (参照 2025-10-29)


1879_齒乃養生法


1879_齒牙一覧表


1879_齒牙一覧表2

1880

明治13

  
改正教育令

1880

明治13

小学校用
民間養生説約

村上行徳
編輯

田代基徳



『小学校用:民間養生説約』 惇信社 明13.4.
国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/837210/1/57

 歯牙
  第百二十四章
歯牙ハ常二清潔ナラシムベシ毎朝寐床ヨリ起キシトキ直二微温湯或ハ冷水ニテ漱キ洗ヒ又楊枝ヲ以テ磨クベシ楊枝ハ毛楊枝或ハ木ニテ製セシ総楊枝ヲ用ウベシ
  第百二十五章
食事畢レバ速二微温湯ヲ含ミ暫クシテ吐出シ後ニテ小楊枝ヲ用ヰテ食物小片ノ歯牙二附着セシモノヲ除キ去ルベシ但シ小楊枝ハ金属ニテ製シモノヲ避クベシ金属ハ齒ノ琺瑯質トテ光澤ヲ顯ハス質ヲ傷フ故ナリ

1880

明治13

-

-

 

Irrgulrities of the teeth: their surgical treatment: a paper read before the Association of Surgeons Practising Dental Surgery. / by Francis Fox.

1880

明治13

-

Norman William Kingsley 1829-1913

Norman W. Kingsley

(1829-1913)

 

1880_Kingsley_A Treatise on Oral deformities

A Treatise on Oral Deformities as a Branch of Mechanical Surgery.

  by Norman William Kingsley 1880.

 

 歯科矯正学の父として知られNew York大学創設者でもあるKingsley(1829-1913)は,叔父のA. W. Kingsleyに学び,ボルチモア歯科医学校を卒業.Dental Cosmos誌に公表していた口蓋裂の歯列矯正に関する論文を1879年にまとめ1880年に歯科矯正学書 “A Treatise on Oral Deformities as a Branch of Mechanical Surgery” を刊行.口唇裂口蓋裂の詳細な記述を行ったこの本は,始めての系統的な歯科矯正学の書籍であり,歯科矯正学を,歯や顎骨の位置を移動させ,口腔内外の環境改善や審美性の向上や回復に貢献する歯科学の一分科として価値あるものとした.といったことが多くの教科書や引用文献に書かれている.

しかし,一次文献として原著を読むと,一般の歯の不正 irregularity も含め,病因,疫学,治療法や症例も交えた21章から,本書は口蓋裂に関する本ではなく,歯科矯正学の歴史的流れの中で,顔面の奇形としての歯の位置異常の概念から,歯科矯正学が個別科学として専門分科し発展した欧米諸国と,こうした歴史的経過なく,個別科学として主に技術の伝来からこれを受容した日本の学術の歴史的背景の宿命について以下のセル内に記した.

 

Die Anomalien der Zahnstellung und die Defecte des Gaumens / by deutsch von Ludwig H. Hollaender. 1881.(ドイツ語翻訳版)

 

歴史的宿命 @

日本の歯科(歯科矯正)の受容時期による社会医学としての視座

  学問のあ方についての歴史的背景

出典:文部学省:日本の人文学およ社会科学の課題

ここでは、これらの課題に入る前提として、日本の近化の過程において、近代西欧起源の「学問」を受容・継受した、いわゆる「輸入」したという歴史について一言触れておきたい。重要なことは、その時期が、欧米において「学問」が概ね専門分化を遂げた直後の19世紀後半であったという事実である。

特に、日本が受容した欧米の人文学及び社会科学とは、知の全体としての総合性や体系性を保とうとする「学問」というよりも、西洋社会において専門分化を遂げた「個別科学」であったのである。おそらく、このような歴史的な経緯が、その後の日本の「学問」の在り様を規定していると考えられる。このことは、「サイエンス」の訳語として、専門分化を前提とした「科の学」としての「科学」という日本語が当てられたということにも現れていると言ってよい。

このように、西洋社会において専門分化を遂げた「個別科学」を受容・継受したことが、結果的に日本の人文学及び社会科学の展開の中で、人間、社会、歴史、文明といったものを俯瞰しつつ総合的にとらえる視点の確立を阻害する要因として作用した可能性を考えることができる。この問題は、一種の歴史的な宿命と言わざるをえないものであるが、日本の「学問」の在り方を考えるに当たり、踏まえておくことが必要な視点と考えられる。

【学びのポイント】

 

 

 

出版年和書名編著の役割 と
その人名
原書著者名
1881
明治14
1.15
固齢草:
 一名歯牙養生譚


はがためくさ
いちみょうはのようようだん





- - - - - -
1879(明治12)12.25
出版版権願

- - - - -
1880(明治13)1.17
版権許可

- - - - -
1881(明治14)1.15
出版
伊沢道盛


1881_固齢草
伊沢道盛 著
『固齢草 一名歯牙養生譚』 島村利助等 明14.1.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836560


「歯の養生法」 より1年2カ月遅く,「保歯新諭」 より半年早く出版された.
内容は,実際に臨床を行っている者が書いたわかりやすい文体.

後の歯科矯正術のだいたいの内容が記載されている.
両者の比較については,下記文献を参照できる.

伊沢通盛は小幡英之介の弟子であり,
後に,小幡英之介と山紀齋の間を仲介して歯科界をまとめた.

 参考文献:
 固齢草:一名・歯牙養生譚の書誌学
 田辺明,森山徳長, 石川達也,長谷川正康, 榊原悠紀田郎
 日本歯科医史学会誌: 16(4): 254-259, 1990.




「齒列の不整」について,原因治療弊害について書かれている.(八〜九)

固齢草2

  わ はいしゃ りょうじ おけ はならび なほす じゅつ    いろいろ きかい  もつ これ  りょうじ  まつたき  れつ くわいふく 
 我が齒科の醫術に於る齒列を撓匡の術ありて種々の器械を以て之を醫療し完美の列を回復する
             
  【 歯列を撓匡の術 】
      「撓」 は,たわむ、屈うの意味.
   「匡」 は,直す,正すという意味.合わせて,曲がったもの,歪んだものを正す,修正するという意味になる.

   撓 (たわむ):物体が力を受けて曲がる、ねじれる様子を表す.
   匡 (ただす):歪んだり,曲がったりしたものを,元の正しい状態に戻す,修正する意味.
    

   みだりに抜歯するのではなく,種々の器械を以てこれを治療し,完美のならびを回復する
   顎弓が生まれつき狭い,歯が大きすぎることが原因である
   早くから注意して天然の美をえられなければ,
      顔貌の醜を為すだけでなく,
       前歯では発音を妨げ
        奥歯では咀嚼を妨げる ...といった記述がある.

  ・ 齒列を撓匡の術:
  ・ 種々の器械を以て之を療治し

  ・ 完美の列
  ・ 療治
  ・ 不列


巻末の付図:
固齢草の付図

※ 1879年の「齒の養生法」
   1881年の「固齢草:一名・歯牙養生譚」は,「日本の歯科矯正学の歴史」に記載がない.



1881
明治14
1.15
カツトル氏
生理養生論


= = = = =
1880(明治13)5.29
版權免許

- - - - -
1881(明治14)1.15
出版

- - - - -
1885(明治18)2.15
二版出版

- - - - -
1887(明治20)7.15
譲受御届

- - - - -
1888(明治21)1.10
三版出版

- - - - -
1889(明治22)6月
四版出版

- - - - -
1891(明治24)3月
五版出版

- - - - -
1893(明治26)5月
六版出版


小林義直
小林義直

1881_カットル氏生理養生論
【以下の記載がある】

  第十二編
    齒牙ノ総論 (p.124-)
    齒牙ノ解剖學説
    齒牙ノ生理學説
    齒牙ノ養生學説  について書かれている.

齒牙ノ養生學説の項において,
226 と227 に歯列不整に関する記載がある.

  〔二二六〕 

一時齒(乳歯)ノ動揺ヲ始ムル時ハ速二抜去スルヲ可トス又一時齒ノ未タ脱去セズ尚ホ動揺セサル傍二永久歯ヲ生スル時ハ猶豫ナク其乳齒ヲ抜キ去ルヘシ是レ永久齒ヲシテ其排列ヲ整ヘテ美観ヲ呈セシムル二必要ナル事件ナリ

  〔二二七〕 永久歯の排列不整ナル時ハ其一二枚ヲ抜去スヘシ其不整二密接スルハ顎骨ノ短小二由ル者ニシテ其一二枚ヲ抜去スレハ齒列ノ醜惡自カラ改正スヘシ齒列密接二過キテ其琺瑯質ヲ損傷スル患アル時モ亦其一二枚ヲ抜去スルヲ要ス抜去後數月ヲ經レハ他ノ諸齒ニテ能ク自然二其空隙ヲ充填スヘシ

 [227] には,(注意)が付記されている.
(注意)凡ソ齒ヲ抜クニハ此術二巧ナル齒科醫ヲ要ス善ク齒牙ヲ抜取スル二許多ノ學識ト熟練ヲ要スルハ外科醫ノ臂脚ヲ切断スルニ學識熟練ヲ要スルト同一ナリ然ルニ世間唯臂力強クシテ一柄ノ鑷子若クハ齒鍵ヲ所有シ甞テ齒科ノ要理ヲ知ラスシテ齒科醫ノ招牌ヲ掲クル者間之アリ其撰擇ハ愼マサルヘカラス
  臂脚:臂(ヒ)は肘,腕をいう.[外科医の臂脚」 とは,外科医の手足の意.
  臂力(ヒリョク):腕力.

※ 抜歯術には,歯科医としての学識と熟練が必要であるので,ただ鉗子や歯鍵を持って歯科の理論を知らないもの(歯抜師)がまだいるが,こうした者を選ぶのは止めた方よいとの注意が書かれている.
  この当時は,制度上の変革期にあり,「歯科医」 と 「歯抜き師」 が存在していたためであろう.
医師法,歯科医師法の制定はまだ先の 1906年(明治39)であった.


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【原書】
First Book on Anatomy, Physiology, and Hygiene: for grammer schools and families.
A Treatise on Anatomy, Physiology, and Higiene.

  啓蒙養生訓       土岐頼徳 譯
  初學人身窮理      松山棟菴 森下岩楠 譯
  カットル氏生理養生論  小林義直 譯
1881-Talbot 

1881

明治14

6.25

保齒新論 上

保齒新論 下

 

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1881(明治14)5.4

板權免許

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1881(明治14)6.25

出版

 

高山紀齋

山紀齋

1850-1933

 

1872渡米

当時の広告.山は Daniel のオフィスを受診した.

1878帰国

 

トーマス氏 比較解剖書オーウン氏 齒牙論カーレットソン氏 口科全書/ハーレイ 口内外科書/ヲーハア氏ガブレイ氏 齒病書 等を参伍鈔譯シ編シ(抜粋翻訳して編集し)保歯新論と名付けたものであることが前書きに記載されている.Irregularities of the teeth 『鹺跌』 と翻譯している.

ところが後の書誌研究から,保齒新論は1879年に米国で出版された The mouth and the teeth, Series Title(s): American health primers. / by White, James William, 1879. とそっくりであることが樋口らに報告された.実際に以下のリンクから確認すると,目次構成や図,その内容はそのままである.

● 保齒新論:鹺跌論
  山紀斎 著 『保歯新論』 下,有新堂,明14.6.
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/836566/1/19

● 参照された原本:
   The mouth and the teeth. / by White, James William, 1826-1891. ©1879
   Irregularities of the teeth を『鹺跌』と翻訳.

 

  最後に「鉄漿論」,いわゆる「お歯黒」を追加している.

 山が編纂の参考にしたという 「ガレットソンの口科全書」 には,orthodontia という単語も含まれており,歯科矯正に関する部分は25ページにわたる.後に河田麟也によって翻譯出版され,河田麟也は "orthodotia" を 「齒の療法」 と翻訳した.

 保齒新論は一般人向けの小冊子であり,ガレットソンの書など,いくつかの専門書を参照して記述したと本人は記載しているが,The mouth and the teeth と 保齒新論の構成(各章)や図は全く同じである.orthodontia の存在は何も書いていない. 

 

 当時の江戸末期から明治期の和本ではいろいろな決まりごとがあった(前記;和本入門 編著の役割と用語.橋口侯之介).翻訳書著者名の後には,編著の役割として,以下のような用語の記述があり,保齒新論では 「山紀斎」 となっている.

   纂(さん) :集めてそろえる.編集する

   著(ちょ) :内容に創造性があり,書き手が責任を有す書物.

   述(じゅつ):意見を述べた者という意味.人の言行を記述したもの.

 

   編纂:いろいろの材料を集め,整理・加筆などにより書物にまとめる.纂述.

   著述:書物を書きあらわすこと.著作.

   編纂/纂述 :複数の書からまとめたもの

   著/著述   :書物にあらわす

   述:人の言行を記述したもの(保齒新論)

   翻譯/共譯/〇〇氏著/譯述:翻譯したもの

   筆記/口述ノ筆記:誰かの講義を記したもの

 

 保齒新論では,「著」 が用いられず,「山紀斎 述」 となっている.山氏は 「お歯黒」 をオリジナルとして追加しているが,翻訳書にすぎないことを自覚していたのであろう.「著」は内容に創造性があり責任を持つことであり,保齒新論は,「編纂」 であるが,人の言行を記述した 「述」 が選択されている.当時の「和本の決まり事」 に従うと,保齒新論は翻訳書(抄訳)ということになる.歯科矯正が保齒新論から始まったということもないし,日本で最初の歯科の 「著作物」 でもない.

 

 ☛ 史実に対する偏好や過褒,史料批判の重要性について.

 

 

  樋口輝雄: "The Mouth and the Teeth" 初版本(1879) と 『保齒新論』(1881) について

  日本歯科医史学会会誌 23(1)

  国立国会図書館デジタルコレクション

  https://dl.ndl.go.jp/pid/11496481

 

保齒新論:鹺跌論
(和文で7ページ)


鹺跌論1

鹺跌論2

鹺跌論3

鹺跌論4

鹺跌論5

鹺跌論6

鹺跌論7

The mouth and the teeth.

CHAPTER XIV.

IRREGULARITIES OF THE TEETH.

 The value of the teeth, not only for ornamentation and vocalization but also for utility in mastication, depends very much upon their regular position in the arches of the jaws and upon their perfect occlusion. In a faultless denture the upper and lower teeth come together in such a manner that the elevations and depressions upon the opposing surfaces fit into each other so as to produce the most effective results in mastication. When from any cause this perfect occlusion is prevented, their usefulness is more or less impaired. The deviations from regular position and occlusion are various and numerous. The disadvantages resulting include imperfect mastication with its consequent derangements, faulty pronunciation, interference with the thorough cleansing of the teeth, thus increasing their liability to decay; irritation of the gums, tongue, lips, or cheeks, and disfiguration of the countenance. The inconvenience is more or less serious, and the deformity more or less conspicuous, according to the character and extent of the deviation. The irregularity may be limited to a false position of one or more teeth, or may involve the entire denture; may be the result of some extrinsic cause, or of an incongruity of size between the teeth and the jaws. A single tooth is sometimes twisted upon its axis, overlaps the adjoining tooth, or erupts inside or outside of the arch. The latter occurrence — a frequent one with the canines — is generally a source of great annoyance, interfering seriously with the symmetry of the face. Sometimes the upper front teeth shut edge to edge against the lower, instead of overlapping them, causing a rapid wearing away of the edges of both. In other instances the upper teeth shut so far outside of the lower ones that they rest upon the lower lip ; or they protrude so that the upper lip fails to cover them. Another variety of irregularity is that in which the teeth oflthe lower jaw close in front of the upper teeth — an inversion of order which in the dog is known by the name of "underhung." Another but rarer form of irregularity is that in which the molars alone come in contact when the mouth is closed, causing the front teeth to stand apart.

Irregularities of the teeth proceed from a variety of causes, among which may be mentioned mechanical injuries, such as blows upon the mouth ; the presence of supernumerary or extra teeth ; a steady pressure, such as is kept up during the habit of sucking the thumb or fingers, tongue or lip, during childhood ; a too early extraction of some of the temporary teeth, especially of the molars and canines ; a wrong direction given to one or more teeth by a mechanical impediment, such as the retention in the mouth of temporary teeth, or even roots of temporary teeth, after the time when they should have been removed ; hereditary transmission of dental peculiarities ; the incongruous association of large teeth with small jaws, — a mixing without blending of differing parental characteristics, — as, for instance, large jaws and large teeth in one parent, and small jaws and small teeth in the other; if the small jaws of one and the large teeth of the other be associated in the offspring, the result will be an overcrowded denture.

Children with enlarged tonsils are liable to an irregular disposition of the teeth as a result of the habitually open mouth caused by the difficulty of breathing through the nose.

Fig. XXIV. illustrates the type of deformity resulting from the habit of thumb-sucking. A similar protrusion of the teeth of the lower jaw is produced by the habit of sucking the first and second fingers, the weight of the hand and arm gradually forcing the teeth out of position.

In many instances children are allowed to retain the bottle from which they have nursed, or are supplied with a sugar-teat, or are permitted to suck the thumb or fingers, because of the quieting effect which this occupation seems to produce. The resulting deformity of the jaws, and the consequent irregularity of the teeth (crowding, overlapping, or protruding), produces disfiguration and causes disabilities and discomforts which remain throughout life.

 Fig XXIV.

Fig. XXIV 

 It is much easier to prevent these habits or to break them up in their incipiency than after they have been fully formed, although in some cases the sucking instincts of the child make their prevention or early correction no easy task to the anxious parent. The sugar-teat can be denied; the nursing-bottle may be removed as soon as used; but the fingers and thumbs are not so easily disposed of, and probably the absolute imprisonment of the hands will in many instances be required. Watchfulness by the mother or attendant during the child's waking hours will be sufficient to prevent the indulgence; but during sleep extra precautions are necessary. A plan which has been successfully resorted to, and which is commended for its simplicity and efficiency, is to have the child's night dress made without sleeves, like a pillow-case, and fastened by a drawing-string about the neck. Certainly no pains which are necessary to save the child from the evil effects of the pernicious habit of fruitless sucking should be considered onerous.

Chief in importance in the list of causes of irregularity is defective growth of the jaws during the development of the permanent teeth. In a perfectly healthy person the teeth and the jaws would develop harmoniously; but it is quite possible for one or the other, or both, to suffer in development, according to the character of the disturbing influence.

That the operation of some of the causes named may be clearly understood, it must be remembered that previous to the eruption of the teeth their roots are not closely embraced by the bony sockets, as they are after they have erupted. During the development of a tooth the socket is necessarily large enough to contain the crown, which is comparatively so much larger than the root that, after the former has emerged from the socket, the tooth is surrounded only by soft and yielding tissues, and hence is readily diverted from its course by even a very slight impediment. It must also be remembered that the size of the crowns of the permanent teeth is determined long before their eruption, and is not subject to subsequent modifications ; that the development of the teeth and that of the jaws proceed independently of each other, and that the teeth erupt according to their original formation, even though the jaws be hindered in their growth. Bearing in mind these facts, it is easily understood that any subsequent interruption or interference with the development of the jaws must necessarily result in a crowded condition of the teeth. It is to such interruption, it is believed, that many of the irregularities witnessed in the mouths of the present generation are directly traceable. If the brain and nervous system be unduly stimulated; if more attention be bestowed upon the child's manifestations of intelligence than upon the growth of the body and the general vigor of the system, the muscular and bony structures must suffer. An undue or precocious mental development is attained at the expense of the rest of the organism. An indoor life, late hours, stimulating food, overheated sleeping apartments, surroundings which in any way invite and encourage mental precocity, can result only in a disturbance of the proper balance or symmetry of development — the bony and muscular systems and the functions of animal life being sacrificed for the sake of a brilliant but probably brief intellectual ascendency. During the first seven years of a child's life, the brain and nervous system, far from being stimulated, should be carefully, persistently, earnestly, anxiously guarded, and their development repressed instead of favored. There is no necessity to teach a child under seven years of age anything but morals and manners. Whatever is added to these in the way of education tends to inharrripny of development — a nervous and mental precocity at the expense of the physical organism ; tends not only to a crowded denture, to imperfect organization of the teeth, and to their early decay, but to a general physical imperfection, and too often in addition to subsequent mental incapacity or aberration. Out-door life, childish pursuits, plain and wholesome food, long periods of repose — all things, in fact, which favor the health and growth of the physical organism — promote the health and growth of the jaws and teeth, and at the same time favor a mental development which, though of slower growth, is likely to be symmetrical, vigorous, and permanent.

It is much easier to avoid decided irregularities of the teeth by attention at the proper time than to correct them at a later period. The nutritive functions are more vigorous and the processes of absorption and reconstruction more active in early life than subsequently. If, therefore, changes of position of one or more teeth are necessary to the correction of an irregularity, an easy adjustment is permitted in childhood, which a few years later would be tedious, difficult, and uncertain. One of the reasons for interference at an early period, when a tendency to irregularity is to be combated, is because of the fact that false positions of the teeth are made difficult of correction when those of the opposite jaw in closing prevent them from assuming their correct relation to the arch of the jaw.

The causes and forms of irregularity are so numerous and various that no rules can be laid down for treatment. The natural expansion of the jaw up to a certain period, the extent of the irregularity, the character and condition of the teeth, the age of the patient, and various other considerations, will determine the judgment of the dentist. Under the care of a competent adviser, the prevention or correction of most forms of irregularity is neither difficult nor problematical, if the proper effort be made in time.

ホワイト氏の現代語訳

第14章

歯並びの不正

歯の価値は、装飾や発声のためだけでなく、咀嚼という実用面においても、顎の弓状のアーチにおける歯の位置が規則正しく、かつ、噛み合わせが完璧であるかどうかに大きく依存する。完璧な入れ歯では、上下の歯が噛み合う際に、それぞれの表面の凸凹がぴったりと合わさり、咀嚼に最も効果的な結果をもたらす。何らかの原因でこの完璧な噛み合わせが妨げられると、その有用性は多かれ少なかれ損なわれる。歯並びや噛み合わせの異常は様々であり、数も多い。その結果、不完全な咀嚼、それに伴う不調、発音の障害、歯の完全な清掃の妨げ、虫歯になりやすくなること、歯茎、舌、唇、頬の炎症、顔の変形などの不都合が生じます。 不都合の程度は、逸脱の性質と程度に応じて、多かれ少なかれ深刻であり、奇形は多かれ少なかれ顕著です。不正は、1本以上の歯の位置がずれているだけの場合もあれば、歯全体に及ぶ場合もあります。また、外的要因による場合や、歯と顎のサイズが不釣り合いであることが原因の場合もあります。1本の歯が軸を中心にねじれていたり、隣の歯と重なっていたり、歯列弓の内側または外側に生じていることもあります。後者のケースは、犬歯によく見られるもので、一般的に大きな悩みの種となり、顔の対称性を著しく損なうものです。また、上顎の前歯が下顎の前歯と重なり合うのではなく、端と端がぴったりとくっついてしまうことがあり、その結果、両方の歯の縁が急速にすり減ってしまいます。また、上顎の前歯が下顎の前歯よりも大きく外側に飛び出して下唇に触れてしまったり、上唇が歯を覆い隠せないほど突き出てしまうこともあります。別の歯並びの不整は、下顎の歯が上顎の歯の前に閉じることである。これは、犬では「下顎突出」として知られている。さらにまれな不整の形として、口を閉じたときに臼歯だけが接触し、前歯が離れてしまうというものがある。

歯の不整はさまざまな原因から生じますが、その中には、口への打撃などの機械的損傷、過剰歯や余分な歯の存在、幼少期に親指や指、舌、唇をしゃぶる癖がある場合に継続するような一定の圧力、 特に臼歯や犬歯の乳歯の早期抜歯、乳歯が抜けるべき時期を過ぎても乳歯や乳歯の根が口の中に残っているなど、機械的な障害によって1本以上の歯の生える方向が間違ってしまうこと、歯の異常が遺伝すること、 大きな歯と小さな顎の不釣り合いな組み合わせ、つまり、異なる親の特徴が混ざり合うこと、例えば、一方の親が大きな顎と大きな歯、もう一方の親が小さな顎と小さな歯である場合、もし、一方の小さな顎と他方の大きな歯が子孫に受け継がれた場合、結果として過密な義歯となる。
扁桃肥大の子供は、鼻呼吸が困難なために口を開けたままになる習慣により、歯の不整が生じやすい。

図XXIVは、指しゃぶりの習慣から生じる奇形のタイプを示している。同様の下顎の歯の突出は、第1指と第2指をしゃぶる習慣によっても生じ、手と腕の重みによって徐々に歯の位置がずれていく。

多くの場合、子供たちは哺乳瓶を保持し続けたり、砂糖入りのミルクを与えられたり、あるいは親指や指をしゃぶることを許される。これは、そうした行為が静寂をもたらすように見えるからである。その結果生じる顎の奇形、および歯の不整(叢生、重なり、突出)は、容貌を損ない、障害や不快感を引き起こし、生涯にわたって残る。

図XXIV.

Fig. XXIV

これらの癖を予防したり、初期段階で断ち切ったりすることは、癖が完全に形成されてからよりもはるかに容易である。しかし、子どもの吸う本能のために、心配する親にとって、予防や早期の矯正は容易ではない場合もある。砂糖入りの乳首は否定できる。哺乳瓶は使用後すぐに取り除くことができる。しかし、指や親指はそう簡単に処分できるものではない。おそらく、多くの場合、手の絶対的な拘束が必要になるだろう。母親または付き添いの者が、子供が起きている間は目を離さないようにすれば、甘やかしを防ぐのに十分である。しかし、睡眠中は特別な注意が必要である。これまで成功を収めてきた、シンプルかつ効果的な対策として、子供の夜着を袖なしで枕カバーのように作り、首の周りを紐で締めるという方法がある。むだな吸うという有害な習慣の悪影響から子供を救うために必要な努力は、決して苦痛であるとは考えられてはならない。

不整の原因のリストの中で最も重要なのは、永久歯が生える過程における顎の不完全な成長である。完全に健康な人であれば、歯と顎は調和して成長する。しかし、妨害する影響の性質によっては、歯か顎、あるいはその両方が成長の過程で苦しむ可能性は十分にある。

先に挙げた原因のいくつかの作用については、歯が萌出する前には歯根が骨のソケットにしっかりと包まれていないことを理解する必要がある。歯が成長する過程で、歯冠を収めるのに十分な大きさの骨のくぼみは必然的に大きくなり、歯冠は歯根よりも比較的大きくなるため、歯冠が骨のくぼみから出てしまうと、歯は柔らかく弾力性のある組織に囲まれるだけとなり、そのため、ごくわずかな障害でも容易に本来のコースから逸れてしまう。また、永久歯の歯冠の大きさは、歯が生えるずっと前に決定され、その後修正されることはないということ、歯と顎の成長は互いに独立して進むということ、顎の成長が妨げられても、歯は元々の形成に従って生えてくるということを覚えておく必要がある。これらの事実を念頭に置くと、顎の成長が何らかの理由で妨げられると、必然的に歯が叢生する結果になることは容易に理解できる。このような中断が、現代の世代の口の中で目撃される多くの不規則性に直接つながっていると考えられている。もし脳と神経系が過度に刺激され、身体の成長や全身の活力よりも子供の知性の発現に注目が集まる場合、筋肉や骨格の構造は苦しむことになる。過度な、あるいは早熟な精神発達は、他の器官の犠牲のもとに達成される。室内での生活、夜更かし、刺激の強い食べ物、暑すぎる寝室、その他精神の早熟を誘い助長するような環境は、骨格や筋肉のシステム、動物としての機能が犠牲になることで、知的発達が一時的に優れていても、おそらくは短命に終わるという結果をもたらすだけである。子供が7歳になるまでの間、脳と神経系は刺激されるどころか、慎重に、根気よく、真剣に、心配しながら保護されなければならず、その発達はむしろ抑制されるべきである。7歳未満の子供には、道徳とマナー以外のことを教える必要はない。教育としてこれらに加えられるものは、発育の阻害につながる傾向がある。すなわち、身体組織を犠牲にして神経と精神が早熟になる。叢生、不完全な歯列、早期の虫歯になる傾向があるだけでなく、身体全体に不調をきたし、さらにその後の精神的な能力不足や異常につながることも多い。戸外での生活、子供らしい遊び、質素で健康的な食事、長期間の安静――実際、肉体的な健康と成長を促すあらゆるものが――顎と歯の健康と成長を促進し、同時に、成長は遅いものの、対称性があり、活発で、恒久的な精神発達を促す。

適切な時期に注意を払うことで、歯の決定的な不整を避けることは、後になってから矯正するよりもはるかに容易である。栄養機能は、幼少期の方がその後の時期よりも活発であり、退化と再構築のプロセスもより活発である。したがって、不整を矯正するために1本以上の歯の位置を変更する必要がある場合、数年のうちに退屈で困難で不確実なものとなるであろう調整を、幼少期に容易に行うことができる。早期に介入する理由のひとつは、不正咬合の傾向と戦う必要がある場合、反対側の顎が閉じるときに歯の偽の位置が顎の弓への正しい関係を妨げるため、歯の偽の位置を矯正することが難しくなるという事実があるためです。

不正咬合の原因と形態は非常に多く多様であるため、治療のための規則を定めることはできません。ある時期までの顎の自然な成長、不整の程度、歯の性質と状態、患者の年齢、その他さまざまな要素を考慮して、歯科医が判断を下します。有能なアドバイザーの指導の下、適切な努力が適切な時期になされれば、ほとんどの不整の予防や矯正は難しくも問題もありません。

1882.10
明治15
齒の養生山紀齋


山紀斎 述

『歯の養生』 島村利助 明15.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836561

1885.4
明治18.4
字彙大全 
1885_字彙大全

歯並が悪い
市川義夫 編訳 ほか
『字彙大全』 製紙分社 明18.4.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/903023

1885.10

明治18.10

|

1887.10

明治20.10

1890

明治23.1

齒科全書 前編

明治18.4.1 版權免許

明治18.10.18 出版

 

 

 

齒科全書 後編

明治18.4.1 版權免許

明治20.10.10 出版

 

 

 

齒科全書圖解 全

明治18.4.1 版權免許

明治23.1 出版

河田麟也肖像

河田麟也

1863-1890

翻者

 

 

大月龜太郎

1845-XXXX

譯者兼出版人

 

 

 

 

表紙では,

初篇は共譯

後編は合譯

圖解は合譯

と記載.

 

 

 

 

注1:奥付には,共譯ではなく,河田麟也は譯者,大月龜は譯者兼出版人として記載.

注2.: 前編では河田麟也は岡山縣藩士族であったが,後編では東京府士族となり,住所も岡山縣美作國勝南郡岡村三百二十八「番地から,東京本郷區駒込東片町百廿五番地となっている.

 

 

歯科全書   歯科全書   歯科全書

 

 

 

歯科全書_歯の療法orthodontia 

1885年に初編が出版されたが,原書で挿入されていた図はななかった.

「後編」は1887年,「図解」は1890年に出版された.

 

このため,直訳された文章だけの難解な翻訳書となり,評判も良くなかった.ということを,青山松次郎が回想禄に記載している.また,ガレットソンの著書には,orthodontia の用語も使用されているのであるが,「齒の療法 the practice of orthodontia」 と翻訳している.

 

 

 

【 歯科全書 の 和文 と 原典 の 英文 】

 

原文:

With such appreciation of the simplicity of the principles under-lying the practice of orthodontia, a few illustrative cases in practice may be presented as hints to the ingenuity of the practitioner.

 

歯科全書 p.739(左図):

巳二齒の療法ノ簡単ナル原理ヲ示シタルヲ以テ少シク著明ノ例ヲ擧ケテ施術者ノ考案二供セントス

 

現代語訳:

歯科矯正の実践の根底にある原理の単純さを理解した上で,開業医の創意工夫のヒントとして,実際の症例をいくつか紹介しよう.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河田鱗也の著作について

 

 

<参考>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <参考>

大月龜太郎と歯科全書

阿部竜夫 著 『函館の医事と医人』 無風帯社 1951.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/1376832

 

 

河田鏻也 著 『日本周遊記』 明25.2.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/762377

 

 

【原書について:1st ed. 〜 6th ed. 】

 

カーレットソン歯科書 Garretson, Jame Edmund, 1828-1895.

A treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws and associate parts. 1st ed. 1869.

 Chapter VI. Anomalies of Second Dentition and their Surgical Relations

  この章では,永久歯列の異常として7つに分類し,歯列弓内外側への萌出位置異常,歯列弓のスペース不足による異常に関する記述がある.

 Irregularities of the teeth の章 はない.

 

 

 

A System of Oral Surgery: Being a Consideration of the Diseases and Surgery of the Mouth, Jaws, and Associate Parts. 2nd ed. 1873.

Chapter XXI. IRREGULARITIES OF THE TEETH..478-494.

目次構成・翻訳文の整合性の一致から,「齒科全書」 として翻訳された原書はこの第2版である.

 

  Chapter XXI Irregularities of the Teeth は,『 第二十一章 齒ノ不整 』  と翻譯.
  "Orthodontia" の単語は,「歯の療法」 と翻譯された.

 

 

 

 

A system of oral surgery: being a treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws, face, teeth, and associate parts. 3rd ed. 1881.

 

A system of oral surgery, being a treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws, and associate parts. 4th ed. 1884.

 Chapter XXVI. Operative Dentistry.

 Irregularities of the Teeth – Orthodontia. P.366 - 383がある

 

A system of oral surgery: being a treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws, face, teeth, and associate parts. 5th ed. 1890.

 Chapter XXXI. Operative Dentistry.

 Irregularities of the Teeth – Orthodontia. P.523 - 543がある

 

A system of oral surgery: being a treatise on the diseases and surgery of the mouth, jaws, face, teeth, and associate parts. 6th ed. 1894.

Chapter XXXI. Operative Dentistry.

  Irregularities of the Teeth Orthodontia. P.404 - 418がある.

レイアウト技術進歩により,挿入図周りに本文が印刷されページ数減少.内容は同じ.

1886.2

明治19

齒科藥物摘要

山紀齋1850-1933

山紀斎 著

『歯科薬物摘要』 山紀斎 明19.2.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/836515

森山,徳長 ほか

「山紀斎著 『歯科薬物摘要』 について」

『日本歯科医史学会会誌』 14(4) 日本歯科医史学会.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/11495296

1887.10

明治20

歯科問答 : 記臆捷径

伊澤新平

譯述

普頼克 (フラグ) 発題,宝倔斯 (フオルクス)応答, 伊澤信平 譯述

『歯科問答 : 記臆捷径』 南山堂[ほか] 明20.10.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/836510

 

亂排齒ノ復正術ニ於ル往々一二齒ヲ抜歯スルニ非レハ...

という記述がある.

 

【原書】

Quiz questons: course on dental pathology and therapeutics : Philadelphia Dental College / J. Foster Flagg. Answered by William C. Foulks. 1885.

Mal-occlusion

1887.4

明治20

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The significance of the natural form and arrangement of the dental arches of man : with a consideration of the changes which occur as a result of their artificial derangement by filing or by the extraction of teeth / by Isaac B. Davenport.

1888
明治21
-John Nutting Farrar
1888_Farrar_A treatise on the irregularities of the teeth and their correction
1863年から出版時までの慎重に記録された実地経験の結果の記録.
Vol. I と IIで,1,570ページあり,著者のスケッチが1,400点も記載されている.


A Treatise on the Irregularities of the Teeth and Their Correction Including, with the Author's Practice, Other Current Methods: Designed for Practitioners and Students. Volume I. / by John Nutting Farrar. 1888.


A Treatise on the Irregularities of the Teeth and Their Correction Including, with the Author's Practice, Other Current Methods: Designed for Practitioners and Students. Volume II. / by John Nutting Farrar. 1897.

復刻版が販売されている.

1888

明治21

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Irregularities of the teeth and their treatment / by Eugene S. Talbot. 1888.

Irregularities of the teeth and their treatment / by Eugene S. Talbot. 2nd ed. 1890.

Irregularities of the teeth and their treatment / by Eugene S. Talbot. 5th ed. 1903.

1889

明治22

玄海大槻文彦

やへ-ば 八重歯 古名.オソバ.
齒の傍に別に片寄りて生ずる齒.ソヒバ.オサヘバ

  ☛ ヘボン(1867)の語義との乖離について


玄海_八重歯
 大槻文彦 編
 『言海 : 日本辞書』 第1-4冊 
 大槻文彦 1889-1891.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/992954


反歯_ソリバ 出歯_デバ 前齒_玄海 向齒_玄海 齒_玄海

齒醫者_玄海 齒黒_玄海 齒磨_玄海 楊枝_玄海


XXX_玄海

1889

明治22

--
Orthodontia 歯科矯正学の初めての教科書:


Orthodontia, or malposition of the human teeth : its prevention and remedy. / by Guilford, Simeon Hayden, 1st ed. 1889.


Orthodontia, or malposition of the human teeth : its prevention and remedy. / by Guilford, Simeon Hayden, 2nd ed. 1893.
 

1889

明治22

歯科提要

 

歯科提要

小林義直

小林義直

1844-1905

譯述

歯科提要

 

1875年に,小林義直は,マルチンダルの著 『四民須知 養生浅説』の中では irregular を 「齒列不整」 と翻譯した.ドイツ語の本書では Orthodontishe Behandlung(英; orthodontic treatment) を 「齒列矯正術」 と翻譯.

 第二編 齒牙構成ノ異常

  齒大ノ異常

  齒数ノ異常

  位置ノ異常

    (イ)覆盖齒

    (ロ)黒奴齒

    (ハ)老人口

    (ニ)眞直齒

    (ホ)交叉齒

    (へ)開口齒

    (ト)突出上顎

    (チ)突出下顎

    (リ)V字形顎

 

 p.51

  パライト 著  小林義直 譯術

  『歯科提要』 明治22.

  国立国会図書館デジタルコレクション

  https://dl.ndl.go.jp/pid/987702

 

 

  明治34.3.27に再版(第2版)されている.

 

渋谷鉱 ほか

「小林義直とその訳書」 『日本医史学雑誌』 36(1) 1990.

国立国会図書館デジタルコレクショ

ttps://dl.ndl.go.jp/pid/11549790

 

小林義直は,備後福山の生まれであり,青山千代次,青山松次郎,また,山紀齋も同郷であった.山紀齋の一番弟子であった青山千代次は,後安芸広島で開業したが結核でなくなった.広島市の歯科医業の嚆矢であったが,広島の歯科医史に記されていない.

小林義直は,福山藩にて江木齶水に漢学を学んでおり,史実によると,1855(安政2)年の福山誠之館発会式のおりにも,江木齶水は論語を講じ,当時を考証した生馬による「幕末維新期漢学塾の研究」によると,「一度漢学を学んだ学生が外国語を学ぶと発音は悪かったが読書力に至っては,はるかに正則生に優っていたのであった」とされる.小林は,漢学の一つとして中庸学び,「矯」の字を当てたのであろう.

原著:ドイツ語版】

Compendium der Zahnheilkunde. Zum Gebrauche für Studierende und Aerzte. Mit 38 Abbildungen.(1886) Gustav Julius Parreidt Gustav Julius Parreidt 1849-1933

 

Compendium der Zahnheilkunde. Zum Gebrauche für Studierende und Aezte. Mit 38 Abbildungen. / by Parreidt, Jul. 1886.

第二章 歯列弓における齒の異常において,歯の大きさ,数,位置や形態のなかで orthodontische Behandlung を 『歯列矯正術』 と翻訳した.

 

 → Parreidt の伝記:

 

 

英語版 】:ドイツ語から翻訳された.日本語版とほぼ同時期.


A Compendium of Dentistry for the use of students and practitioners Louis Ottofy 1860-1939 Louis Ottofy 1860-939

A Compendium of Dentistry for the Use of Students and Practitioners. / by Louis Ottofy, 1889. (英語版)
Capter II. Anomaries of Teeth Formation. Anomalies of Positionnoの項に,orthodontic treatmentと英訳.

1889

明治22

-

-

 

Orthodontia, or malposition of the human teeth : its prevention and remedy. / by Guilford, Simeon Hayden. 1st ed. 1889.

 

Orthodontia, or malposition of the human teeth : its prevention and remedy. / by Guilford, Simeon Hayden 2nd ed. 1893

 

Orthodontia, or, malposition of the human teeth : its prevention and remedy / by Guilford, Simeon Hayden. 3rd ed. 1898.

1890.1
明治23
通俗
齒の養生法
山紀齋
演述

門人 和田忠
筆記

この中で,山は,齒醫者抔なる考えはなかったことを回想している.p.36-

抔:など,
ある物事を例示し,それを軽んじて扱う意.
齒醫者抔.齒醫者抔なる考えはなかったことを述べている.


山紀斎 演述 ほか
『通俗歯の養生法』 有新堂 明23.1.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836557


山紀齋の翻訳語は,漢学や蘭学の素養のある人物とは異なった独特な命名がある.すでに翻訳された用語の参照もしていない.もともと歯医者なんかになるつもりがなかったと自分で述べているし,あまり他の人の翻訳書は見ていないようである.
  齒鹽(塩):齒石,歯垢のことであろう.
  鹺跌:歯の不整.
  保齒:歯の養生.


1890.4
明治23
齒之羪生法

羪(養)
塩島栄作


關節


塩島英作 述
『歯之養生法』 松永堂 明23.4.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836563

1890

明治23

齒科學

渡邊良齋

 

1890.6
明治23
衛生保歯問答山紀齋


第29問:鹺跌齒の原因及其害ハ如何 との問があり.

山紀斎
『衛生保歯問答』 山紀斎 明23.6.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836461

1890

明治23

-

Edward Hartley Angle

Edward

 Hartley

 Angle

1855-1930

 

A system of appliances for correcting irregularities of the teeth. / by Angle, Edward H. (Edward Hartley), 1855-1930.

1890.10-

明治23

山齒科醫學院

講義録

第1巻

青山松次郎

講演

本間仁次郎

筆記

 

山齒科醫学院講義録

齒科病理學 目次 〇齒牙の不正,鹺てつ(齒に失)齒

山松次郎 講演,本間仁次郎筆記

 

『山歯科医学院講義録』 第1巻 山歯科医学院,〔 〕.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/836543

山松次郎は,担当した病理学の種本として,ハリス齒科學第11版 (The principles and practice of dental surgery / by Chapin A. Harris. 11th ed. 1885.)を用いた.

このハリス氏の11版には,Part Third. Dental Surgery. の Chapter I. が,Irregularity of the Teeth の章となっている.Treatment of irregularity を Orthodontia として,p.363-406まで,図による結紮法など詳細に述べられている.講義では抜粋して講述された.

その他,種本として,ガレットソンの歯科外科学/リッチの歯科業書(欧米先進の論文集)/ハンターの病理書/普通の病理外科書を参酌し,翻譯臭味を脱すべく努めたが,今日より見れば幼稚にして慙槐の至りである.又ハリス書中の矯正學を抜抄して講述した.と青山松次郎本人が当時を回想して述べている.(歯科月報16(8): 37-43, 1936.)

 

 

 - - - - - - - - - - - - - -  

山歯科醫学院講義録第六巻(歴史)として講演・筆記された 「歯科学術沿史」は以下の論文を直訳したものであることが後に分かった.講義録には翻訳参考したことの記載はなく,学徳上アンフェアであることを中原,樋口が指摘している(検証・歯科医学史の書誌.日本歯科医史学会雑誌: 293183-1912012.).その中では Irregularityを,鹺てつ(齒失)p.251-258 と翻訳している.

 

A History of Dental and Oral Science in America. / by James E. Dexter 1876.
本書は,米国科学会がとりまとめたもの.

p.108-111: IRREGULARITIES(齒の不正)に関する記述.

1889
明治24.5
人身生理學小林義直
小林義直



ハクスレー 著 ほか
『人身生理学』 丸善[ほか] 明24.5.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/833723

第六編 栄養機
  (13)栄養装置の機能 口及ひ咽頭
  (14)唾腺

  (15)齒牙
     歯冠 Crown
     歯槽 Alveoli
     切歯 Incisors
     犬歯 Canine (眼齒 Eye-tooth)
     二頭齒 Bicuspid
     小齨齒 False grinders
     齨齒 molars
     大齨齒 True grainders


  (16)喫食及ひ嚥下
  (17)飲下         などがある.


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
【原書】

Lessons in elementary physiology / by Thomas H. Huxley. 1866 1st ed.

1892.8
明治25
齒科手術論山齒科醫學院

編纂

 

齒科手術論. 1892

『歯科手術論』 山歯科医学院 1892.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/992473

第二章 歯列矯正及腐蝕予防法 p.61-70 がある.

が,「第一大臼歯は,第二大臼歯が完全に放出していなければ抜歯してはならないが,歯列不正を矯正せんとするときに限りかまわない.蹉跌療法をする場合に限り第一大臼歯の抜歯は許される」といったことが書かれているのみである.鹺てつ(齒に失う)療法歯列矯正の同時併用が見られる.

 

齒科手術論 再版 1897.

山齒科醫學院 編
『齒科手術論』 山紀齋 1897.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1081992



1892.9

明治25

齒科汎論

山齒科醫學院

編纂


1892_齒科汎論
『齒科汎論』 山齒科医学院 明25.9.

国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836499

第4章 齒形ノ異常及歯列不正



『歯科汎論』 再版

山歯科医学院 明29.4.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836500

第四章 齒形ノ異常及齒列不正
「....齒牙ノ叢生セル部分...」 との記述あり.

1895

明治28

--

 

The Angle system of regulation and retention of the teeth, and treatment of fractures of the maxillae. / by Angle, Edward Hartley, 1895.

 

--

 

The Angle system of regulation and retention of the teeth, and treatment of fractures of the maxillae / by Edward H. Angle. 1899. 5th ed.

 

1896
明治29
--
Four essays in special branches of facial and oral deformities / by Calvin S. Case. 1896.
1897.10
明治30
日本新辞林三省堂

医師法・歯科医師法施行前の(歯科)とは,
「医術の一派,齒一切の病を療治する医術」 と記載されている.

1897_歯科_耳鼻科_日本新辞林
棚橋一郎, 林甕臣 編
『日本新辞林』 三省堂 明30.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/863445


やへ-ば [名] (八重齒)重なりて生ずる齒,おそば,おさえば,そいば(重齦,八重齒)

八重歯

1898
明治31
-Angle E. H.
Angle E. H.
1855-1930

Treatment of malocclusion of the teeth and fractures of the maxillae. Angle’s system


近代矯正歯科学の父,Edward Hartley Angle(1855-1930)の登場により
矯正歯科學は歯科医学の中の独立した一分野として確立された.本書 「Treatment of malocclusion of the teeth and fractures of the maxillae. Angle’s system 」 は1898年に刊行され, 固定式矯正装置として E-arch に始まり,Ribbon Arch Appliance(1915)を経て Edgewise Appliance が1925年に発表された.これが原型となり,現在のワイヤー矯正へとつながっている.彼は現在の AAO 米国矯正歯科医会 の前身となる The Society of Orthodontists を1901年に創立したが,1922年に EH Angle Society of Orthodontists も創立している.



1898_Angle_Fig 1
  

1898_Angle_Fig 88


1898_Angle_Fig.105

1898_Angle_Fig.122 123 124 125









1899
明治32
Angle E. H.Classification of malocclusion.
Dental Cosmos 41: 248-264, 350-357, 1899.

1900

明治33

-

-

 

Notes on the treatment of irregularities in position of the teeth / by J.F. Colyer.

1900.3
明治33
|
1902.6
明治35
東京齒科醫學院講義録
第一輯(全16冊)
-
森山徳長 ほか 「東京歯科医学院講義録第一輯の書誌学」
『日本歯科医史学会会誌』 14(2) 日本歯科医史学会.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11495217

1900.8
明治33.8

鹺齒矯正術

小島原泰民

 

纂述


1900_鹺齒矯正術
小島原泰民 纂述 『差歯矯正術』 明33.9.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836469


欧米大陸二在テ名聲ヲ博セル齒科諸大家ノ著書及通報ヲ参照シ抜粋シテ講述セル鹺齒ノ矯正法してまとめた.とある.→ 纂述


1901
明治34
3.16
通俗 齒科衛生 熊谷鉄之助

1901_通俗歯科衛生
通俗 歯科衛生

熊谷鉄之助 述
『通俗歯科衛生』
熊谷医院 明34.3.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/904599
 (参照 2026-03-30)


1901_通俗歯科衛生_p.47_歯列排乱

1901

明治34

-

-

 

Quiz compend on irregularities of the teeth / by Eugene S. Talbot.

1902.4
明治35
|
1904.12
明治37
東京齒科醫學院
歯科医學講義
第二輯(全18冊)
-
明治40 六版まで刊行された

森山徳長 ほか

「東京歯科医学院講義録(第二輯)『歯科医学講義』および(第三輯)『新纂歯科学講義』の書誌学」
『日本歯科医史学会会誌』 17(2) 日本歯科医史学会.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11495621

1904
明治37
日本醫學史   日本醫學史・決定版 デジタル版

1904

明治37

--
Orthodontia and orthopœdia of the face / by Victor Hugo Jackson. 1904.

1904

明治37

-

-

 

Essay on the irregularities of the teeth : with special reference to a theory of causation and the principles of prevention and treatment / by J. Sim Wallace.

1906
明治39
官報
10月30日
文部省令第17號



法令上の授業課目
矯正齒科學



各専門学校の
講義録刊行
はじまる


から



(旧)医師法・歯科医師法の制定(医科,歯科が法的に二分された)


公立私立齒科醫學校指定規則が定められ,指定を為すべき授業内容として
必修科目:解剖學,生理學,病理学総論,診断学大意,薬物学,細菌学,外科学総論,歯科学を定め,歯科学の課目として,@歯科病理学,A口腔外科学,B歯科治衛學,C歯科技術學,D矯正歯科學(臨床講義共)を備えること,教員数,学生数に応じた患者数などの条件が法令で定められた.
官報_文部省令1906-10-30
 大蔵省印刷局 [編]
 『官報』1906年10月30日 日本マイクロ写真 明治39年.
 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/2950344


1907.6
明治40

1911
明治44
新纂齒科學講義
全14巻(第三輯)
-
森山によると,全14巻は,1911年9月に合冊され,上・中・下巻の豪華本として出版された.また,1907年6月に第1冊を出版しとあるが,下記の 「矯正歯科学」 初版は3月に刊行されている.

森山徳長 ほか

「東京歯科医学院講義録(第二輯)『歯科医学講義』および(第三輯)『新纂歯科学講義』の書誌学」
『日本歯科医史学会会誌』 17(2) 日本歯科医史学会.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11495621
1907.3
明治40
新纂歯科学講義
矯正齒科學

前編

後編

さとう かずお
佐藤運雄



1907_新纂齒科學講義 矯正歯科学

1907_歯科矯正学目次_新纂歯科学講義
『新纂歯科学講義』 矯正歯科学

東京歯科医学専門学校出版部 明43 三版
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836528


【前編】

 初版 明治40.3
 再版 明治40.9
 三版 明治41.3
 四版 明治42.1
 五版 大正元.9
 六版 大正3.6
 七版 大正7.4

【後編】
 初版 明治42.2(1909)

 再版 明治42.5(1909)
 三版 明治43.5(1910)




「叢生齒」

総論:欧米の歯科矯正の歴史について述べている.
1907.5
明治40
--
(旧)医師法・歯科医師法の制定により,参考書として東京齒科學院教科書および校生用として発行されている.当時の多くのあらゆる医学雑誌に以下の広告記載が確認できる.

新纂齒科學講義の広告
 広告の1例)
 『好生館醫事研究會雜誌』14(3) 横井文庫 1907-05.

 国立国会図書館デジタルコレクション
 https://dl.ndl.go.jp/pid/1476547



1907

明治40

-

 

Treatment of malocclusion of the teeth : Angle's system. / by Angle, Edward H. (Edward Hartley) 1907.

 

1907.9
明治40
齒科學通論

前編(齒牙ノ部)

後編(口腔論)
さとう かずお
佐藤運雄


1907_齒科學通論
『齒科學通論』 前編 (齒牙ノ部) 増訂再販
齒科學報社,1907.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1082343

 発行 明治40.3
 再版 明治40.9
 三版 明治41.3
 四版 明治42.1
 五版 大正元.9
  『歯科学通論』 歯科学報社 大正1. 第五版
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/934654

 p.390-
 第15章 歯牙矯正術 Orthodontia
  第一節  歯列不正ノ原因
  第二節  矯正術ノ適應症
  第三節  矯正ノ条件
  第四節  矯正ノ原理
  第五節  組織的變化
  第六節  轉位齒の矯正法
  第七節  捻轉齒の矯正法
  第八節  齒長異常ノ矯正法
  第九節  齒穹異常ノ矯正法
  第十節  顎骨異常ノ矯正法
  第十一節 外科的齒列矯正法

1919(大正8)年の訂8版においても,「歯科矯正術」となっている.

 発行 明治40.10
  『歯科学通論』 後編 
  歯科学報社 明40
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/836481

 再版 明治41.4
 三版 明治42.5
 四版 明治44.2
  『歯科学通論』 後編(口腔論)
  歯科学報社 明治44.
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/1088006



1907.9
明治40
醫學大辞書

第4版
-
医学大辞書編輯局 編

『医学大辞書』 同文館,明41-43.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/832979/1/742?keyword=%E6%AD%AF%E7%A7%91%E7%9F%AF%E6%AD%A3

p.742-743
歯科矯正術(シカキョーセージュツ)は,以下の翻譯語として記載されている.(佐藤運雄)
 羅 Orthodontia.
 獨 Regulierung der Abnotmalien der Aahne.
 英 Corrections of irregularities of teeth.
 佛 Correction des irregularites des dentis.
1908.10
明治41
醫學大辞書
上巻
下巻

第7版
さとう かずお
佐藤運雄

医学大辞書編輯局 編

『医学大辞書』上巻 同文館
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1086780


上巻 p.1354-1355
歯科矯正術(シカキョーセージュツ)は,以下の翻譯語として記載されている.(佐藤運雄)
 羅 Orthodontia.
 獨 Regulierung der Abnotmalien der Aahne.
 英 Corrections of irregularities of teeth.
 佛 Correction des irregularites des dentis.
1908
明治41

1921
大正10
-Calvin S. Case

 

A practical treatise on the technics and principles of dental orthopedia, including drawings and working details of appliances and apparatus for all forms of irregularities of the teeth.  / by Calvin S. Case. 1908.

A practical treatise on the technics and principles of dental orthopedia and prosthetic correction of cleft palate.  / by Calvin S. Case. 1921.

 

 

 

・ Baker CR. Calvin Suveril Case. Int J Orthod Dent Child 1957;43: 210-8.

・ Bernstein L. Edward H. Angle versus Calvin S. Case: extraction versus nonextraction. Part I. Historical revisionism. Am J Orthod Dentofacial Orthop 1992;102:464-70.

・ Bernstein L. Edward H. Angle versus Calvin S. Case: extraction versus nonextraction. Historical revisionism. Part II. Am J Orthod Dentofacial Orthop 1992;102:546-51.

・ No author given. Editorial: Edward H. Angle and orthodontia. Int J Orthod Dent Child 1915;1:41.

・ Noyes FB. Edward H. Angle. Int J Orthod Dent Child 1957;43: 132-4.

 

 

1912.4
明治45.4
私立廣島齒科醫學校

開校
北村宗一


私立廣島齒科醫學校の開校

 廣島齒科醫學校は,明治45年4月に開校し,原爆投下により公舎が壊滅するまで存在していた.
 大正2年10月25日に発行された「齒科醫師遊学案内」によると,
第八條 授業時間ハ毎週十五時間以上トシ大略午後六時ニ始メ十時ニ終ルモノトス.と書かれている

 学年は2年制で,「歯科矯正学」の授業は,山瀬勝氏が担当していた.

矯正齒科學_廣島齒科醫學校


1912_廣島齒科醫學校

北村宗一 編 『歯科医師遊学案内』 豊文堂 大正2.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934939



大正2年の時点では,齒科醫學校は以下の學校が存在していた.

  設立年    學校名
  - - - - - - - - - - - - -
  明治27    愛知齒科醫學校
  明治32.1   東京齒科醫学専門學校(明治22.12 山歯科醫學院)
  明治38.2   京都齒科醫學校
  明治40.7   日本齒科醫校
  明治43.3   東京齒科醫學校(明治40.7 東京齒科學講習所)
           日本齒科醫學校
  明治44.8   東京齒科醫學講習會
           東京女子齒科醫學校
  明治45.2   通信教授齒科醫學院
  明治45.2   大阪齒科醫學校
  明治45.4   廣島齒科醫學校  



1912.5
明治45
通俗
歯の養生法
齒科衛生普及會

編纂

石井衛太

石井衛太 編

『通俗歯の養生法』 歯科衛生普及会 明45.5.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/836556

1912

明治45

-

-

 

Principles and Methods of Orthodontics : an introductory study of the art for students and practitioners of dentistry / by Benno Edward Lischer. 1912.

 

1913
大正2
齒科醫師
附 薬剤師
遊學案内
北村宗一
1913_齒科醫士遊学案内
北村宗一 編 『歯科医師遊学案内』
豊文堂 大正2.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934939








1913.6
大正2

齒科矯正學網領

寺木定芳

 


八重歯(俗に)を定義した.

 犬歯が歯列線外に(寧ろ上方に)前突するは俗に八重歯,或は鬼歯と稱せらるゝものにしてる



寺木定芳 著
『歯科矯正学綱領』 歯科学報社 大正2.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.nd.go.jp/pid/934675



1913.11
大正2
A dictionary of dentistry
齒科學辭彙
奥村鶴吉


Orthodontia. 齒牙矯正術,齒科矯正

『A dictionary of dentistry』 齒科學報社 1913.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1679374/1/112?keyword=orthodontia

1914
大正3
歯科診断学さとう かずお
佐藤運雄


佐藤運雄 著
『歯科診断学』 歯科学報社 大正3.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934681

第5編 齒牙現症ノ診査 p.369-

1914

大正3

-

-

 

Essentials of orthodontia, with especial reference to nomenclature : including an outlined course in practical technics for students / by Van Broadus Dalton

1914

大正3

-

-

 

Practical orthodontia / by Martin Dewey. 1914.

 

Practical orthodontia / by Martin Dewey. 4th ed. 1919.

 

Practical orthodontia / by Martin Dewey; revised by George M. Anderson ; with chapters by Bernard Wolf Weinberger [and others] ; and contributions by Sidney Riesner and E.B. Arnold. 6th ed. 1942.

 

Practical orthodontia / by Martin Dewey; revised by George M. Anderson ; with chapters by Bernard Wolf Weinberger [and others] ; and contributions by Sidney Riesner and E.B. Arnold. 7th ed. 1948.

 

Practical orthodontics / (original text by the late Martin Dewey); revised by George M. Anderson. / by Dewey, Martin 1955.

1915
大正4
歯科矯正学北村一郎


1915_齒科矯正學
北村一郎 述
『齒科矯正學』 日本齒科醫學專門學校出版部
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1153159


予は齒牙矯正学 Orthodontie という代わりに,歯科整形學 Zahnaerztliche orthopaedie 或いは顔面整形學 Gesichts orthopaedie と言いたいのである.なぜかといえば,この整形は単に齒並を直すだけでなく齒に関係する顎部の負傷,先天性,後天性畸形又は顎骨切除などを行える後の整形的治療もこれに含めたいからである.

東京帝国大学にて石原久教授とともに歯科学講義及び臨床実習勤務.医師.



1914
大正3

|

1918
大正7
--第一次世界大戦

1917

大正6

齒科醫學史

奥村 鶴吉

 

A History of Dentistry. From the most ancient times until the end of the eighteenth century. / by Vincenzo Guerini 1909.

抄訳し梗概(こうがい;あらまし)を述べたもの

1917
大正6
矯正齒科學えのもと うまひこ
榎本美彦


1917_矯正齒科學_榎本美彦
榎本美彦 著

『矯正齒科學』
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1082327


1918
大正7
新しい英字
6版
-

orthodontia 齒牙矯正學,齒列矯正術,美齒學

1918_orthodontia

興味深いのは,orthodontia を行ふ人を orthodontist オーソドンティスト と云う。とある.米国でのABOは1929年からであるから,Angle Schoolの卒業生などであろう.欧米ではこの業を専門とする歯科医師がすでに存在していた.日本での歯科矯正の公的な評価制度のあらましが芽生えたのは1995年であり,国の公認制度は2024年ですので,制度整備にはまだ約100年の時間差があります.

少し先の報告ですが下記参照.

第1章 我が國における歯科矯正の現状 附 アメリカのそれとの比較

この中で,高橋は,「アメリカの矯正専門医は Kleinの調査によると,1947年現在1351名に達しているとのことである」 と記述しているが,実際の文献を読むと,誤訳,誇張ある記述になっていますが,云いたいことは,列強に追いつきたいという意気込みでしょう.

1921---
1922
大正11.11
通俗口腔衛生学工藤陽太郎


山口弘雄

山口弘雄 著
『通俗口腔衛生学』 大阪歯科医学専門学校出版部 大正11.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934773

第八章 齒列不正(齒並の惡い)
 第一節 齒列不正と顔貌との関係
 第二節 齒列不正の原因
   一.内から原因するもの
   二.外から原因するもの
 第三節 齒列不正の矯正法と注意

1923.3
大正12
齒と健康
内務省
衛生局

内務省衛生局は,T12.3.25に 『齒と健康』 という国民への啓蒙書(島峰徹著)を発行.

この当時,齒列不正は病気であり,これによる害をあげ,親たちは
歯列不正がある児童は,10歳位から12歳位になったならば齒列矯正術を受けさせねばならぬ.
と,内務省衛生局は強く推奨していた史実がある.

 → 歯列不正は,齒病(病気)であった.
    ※ なにゆえ,現在は病気でないとする転換がおこったのだろうか?


当時の内務省衛生局(現厚生労働省)では,歯列不正は国民にとって公衆衛生上の重要な問題であった.

齒と健康
『歯と健康』 内務省衛生局 大正12.
島峰徹著
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934779


  内務省衛生局
  『歯と健康』 島峰徹著 内務省衛生局.大正12.3.25発行
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/934779


 齒の養生法と主なる齒病  15
  齒列不正

  内務省 齒と健康

参考:著者 島峰 徹 先生について.
  戸出一郎 「島峯徹の歯科医学観」
  日本歯科医史学会会誌,17(3) 
  国立国会図書館デジタルコレクション
  https://dl.ndl.go.jp/pid/11495643


【厚生労働省の始まり】

 ★ 厚生労働省の沿革
 ・厚生省及び労働省の発足昭和13年1月に内務省衛生局、社会局などの仕事を統合して、厚生省が発足しました。昭和22年9月に厚生省で行われていた労働行政を統合し、労働省が発足しました。
 ・両省の統合平成11年、内閣機能の強化、省庁再編、独立行政法人制度の創設などを主な内容とする「中央省庁等改革関連法」が成立しました。国家行政組織法の一部改正及び厚生労働省設置法により厚生省(廃棄物行政は環境省へ移管)と労働省が統合され、平成13年1月に厚生労働省が発足しました。

 ★ 統合の理念
「国民生活の保障・向上」と「経済の発展」を目指すために、社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上・増進と、働く環境の整備、職業の安定・人材の育成を総合的・一体的に推進します。

 ★ 統合のメリットを活かした行政展開
 少子高齢化、男女共同参画、経済構造の変化等に対応し、社会保障政策と労働政策を一体的に推進します。

 (トピック) ・・・・
厚生ってなに?
この語源は、「正徳利用厚生」(書経)で、その蔡伝(さいでん)にあるとおり、「衣食を十分にし、空腹や寒さに困らないようにし、民の生活を豊かにする」という意味です。

 ●蔡伝(南宋の学者、蔡沈の著した「書経」のこと)より  「衣レ帛食レ肉不レ飢不レ寒之類所三以厚二民之生一也」

 ・労働ってなに
  「労働」とは、骨折ってはたらく(諸橋轍次著「大漢和辞典」)という意味で、「働」の字は国字(日本で作られた漢字)です。中国では、「労動」として、古くは荘子「形足二以労動一」、魏志−華陀伝「人体欲レ得二労動一」として出ています。

 ・厚生労働省って英語で何というの?
  「Ministry of Health, Labour and Welfare」です。これは、人が生まれ、健康に(Health)、働き(Labour)、安心して生活を送る(Welfare)という厚生労働行政の考え方に沿って決められています
https://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shigoto/dl/p03.pdf


1924
大正13
兒童齒科讀本 岡本清


1924_兒童齒科讀本
フエルグソン 著 ほか
『児童歯科読本』 日本口腔衛生社,大正13
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/934781
 (参照 2026-03-11)







【原書】 "A child's book of the teeth” by Harrison Wader Ferguson 1918初版

原書と比較すると,岡本氏は以下のように翻訳している.<>内に現代英語訳を記した.
Nickname いわゆる「あだ名」であるので,国,地方,辞書によって様々なようである.

 Milk teeth:     乳歯
 Eye teeth:     眼齒    <上顎犬歯>
 Stomach teeth: 胃齒    <下顎犬歯>
 Buck teeth:    反っ歯   <(軽蔑的)出っ歯>
 Peg teeth:     釘齒
 Pitted teeth:   蜂窩狀齒
 Crooked teeth: 八重歯   <ゆがんだ歯 乱杭歯>
 False teeth:   義歯     <義歯 入歯>
 Double teeth:  二重齒   <大臼歯? 八重歯>
 Wisdom teeth: 智歯


 1876 (明治09)に,松本順:閲・澤田俊三は,育児小言 の中で, a double teeth を 「八重歯」 と訳している.

 


原文(p.60-61)は,以下のとおり.

NICKNAMES THAT TEETH HAVE

Some teeth have been given nicknames on account of their places in the mouth ; some on account of their forms; and others on account of their uses.

Milk teeth. Your first or baby teeth are called milk teeth. During the time these teeth are forming and coming into your mouth, your food consists mostly of milk.

Eye teeth. The roots on your upper cuspid teeth are very long and they point toward your eyes. These teeth are commonly called eye teeth.

Stomach teeth. Your lower cuspid teeth also have long roots which point toward your stomach. These teeth are commonly called stomach teeth.

Buck teeth. When the cuspid teeth at the corners of the mouth are forced out of line, they became prominent and are sometimes called buck teeth.

Peg teeth. Sometimes a tooth, instead of being nicely formed, will come through the gums like a little pointed peg. The lateral incisors, which are next to the centrals, and the wisdom teeth, are most likely to be formed in this way.

Pitted teeth. You have seen teeth with little pits and grooves in them.These teeth were not properly nourished at some period when they were growing.

Crooked teeth. Teeth which have been prevented from coming into their proper positions and have been pushed out of hne, are commonly called crooked teeth.

False teeth. Teeth that are made by the dentist tc take the place of the natural teeth when these are lost are called false teeth. These teeth are made of porcelain.

Double teeth. The large molar teeth in the back of the mouth are sometimes called double teeth.These are the teeth that grind the food.

Wisdom teeth. Your upper and lower third molars which come in after you are sixteen years old, are called wisdom teeth. They appear after your childhood days have passed, at which time you are supposed to have learned wisdom.

Show that you have wisdom by keeping your mouth and teeth CLEAN!


1926

大正15

-

Weinberger, B. W.

 

Orthodontics; an historical review of its origin and evolution: including a extensive bibliography of orthodontic literature up to the time of specialization. v. 1  / v. 1 by Bernhard Wolf Weinberger. 1926. Volume I.

 歯科矯正の歴史には欠かせない書.Weinberger は以下の4つの歴史の区分を用いた.

  ●First period (up to 1530)

    The origins of dentistry in the ancient worlds

  ●Second period (1530-1728)

    Earliest dentistry from its first book, "Artzney Buchlein" to Fauchard

  ●Third period (1728-1839)

    The emergence of dentistry. Pierre Fauchard - "Father of dental science" - to Chapin A. Harris

  ●Fourth period (1839-1870)

    Early orthodontia - Chapin A. harris to Norman W. Kingsley and John N. Farrer

 

Orthodontics; an historical review of its origin and evolution: including an extensive bibliography of orthodontic literature up to the time of specialization. / by Bernhard Wolf Weinberger. 1926. Volume II.

 歯科提要(小林義直翻譯)を著した Julius Parreidt について,2巻 p.621-622 に,顎の大きさに対する歯の大きさの不均等の原因についての記述が紹介されている.

 

Julius Parreidt. "On the Causes of Disproportion Between the Size of the Jaw and the Teeth." Irregularities of the teeth are very often seen which arise from disproportion between the size of the maxillary arch and that of the teeth. It is the duty of the dentist to rectify this disproportion as far as possible, either by extending the alveolar arch by pressure from within or by extracting some teeth which would make the required room for the remaining teeth. Such irregularities are often handed down from parents to children. A child whose parents had strongly built jaws would probably have strongly built jaws itself, whilst parents with small jaws often bequeath them to their children. If one parent has broad and the other narrow jaws the children will some inherit the broad and some the narrow. Very often the children's jaws are between the two extremes. All this happens only under normal circumstances, through disease in the first years of life the size and form of the jaw can be greatly influenced. What has been said of the jaws is true in a much greater degree of the teeth. They often show some peculiarities of the father or the mother. Brothers and sisters can often be recognized by their teeth, but as a rule they do not have teeth alike. It is very unfortunate if the child inherits the narrow jaws of the mother with the father's broad teeth; but the opposite case is better when narrow teeth are found in large jaws. The development of all organs is dependent in a great degree on the common nourishment of the body, but disease and deficient nourishment do not affect all parts of the body in the same degree. The jaw and teeth are very different in this respect; the jaw can gnaw during the whole time of youth, but the teeth cannot be greater nor smaller than when they were formed in the embryo. The teeth which are cut from the age of seven to twelve years, exist in the embryo before the child is born; and after the birth, in the first three years of life, the premolars and second molars begin to form. The wisdom tooth, which appears in the nineteenth year, has been forming since the eighth year. The tooth can under no circumstances have a less breadth of dentine mass than was laid for it at dentification. Discase and insufficient nourishment may work on the formation of the teeth, but only in diminishing the zone of the tooth bone.

   As to the enamel, it can with good nourishment increase in thickness until the destruction of the enamel organ, and insufficient nourishment will cause the layer to be thinner.

   Illness, too, in the first years of childhood, considerably influences the formation of enamel, and in honeycomb teeth, scarcely a trace of it is to be found on the crown.

   But the layers of enamel after all change so little in thickness, that the nourishment of the body does not visibly affect the size of the teeth.

   As a rule, all organs of the body which are much used are more strongly developed than parts that are allowed to remain idle; but in this respect the teeth are an exception, for they do not increase in size by much use, although the more they are used the more firm they become.

   But with the jawbones it is different, for the laziness or disinclination of some children to chew food that requires it, and to take only soft food is one of the most frequent causes of disproportion between the jaws and the teeth.

   Children should not be allowed to leave their crusts of bread, but should be made to chew them thoroughly and slowly. Very often at three or four years of age the teeth are disturbed, and the child finds difficulty in chewing and is given soft food, and so is disinclined to use his teeth. But it is the use of the milk-teeth which broadens the jaw and gives firmness to the remaining teeth. So we conclude that the influences of life only alter the size of the teeth before dentification; but that use or disuse will enlarge or decrease the size of the jawbone. So, as the jaw can increase in size for so much longer a period than the teeth, we see how it can come about that there is constantly so great a disproportion between the size of the jaws and that of the teeth.

 

 

1926.6
大正15
矯正齒科學の實際岩垣 宏

 

『矯正歯科学の実際』 歯苑社 大正15

立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/934796

 

1926

大正15

--
9/26: 日本矯正歯科学会 発会式.
1926.11
大正15
MODERN DENTAL DICTIONARY
ENGLISH=LATIN=JAPANESE


近世齒科字典
佐藤運雄
沖野節三

共著

orthodontia 齒列矯正學,矯正齒科學
dento-facial 齒牙顔貌矯正學


『Modern dental dictionary, English, Latin, Japanese』
Tōyō Shika Geppōsha, 1926.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1700483/1/428?keyword=orthodontia
1929
昭和4
American Board of Orthodontia-
1929: American Board of Orthodontia
1938: American Board of Orthodontics

アメリカ:
歯科矯正学の国家認定始まる

 See 1950. 我が国の歯科矯正の現状

1930.3
昭和5

兒齒叢書 4

矯正歯科學
高橋新次郎

 

『小児歯科学叢書』 第4巻 歯苑社 昭和5

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/1051116

 

 

1930.3
昭和5

矯正歯科学
理論と実際

高橋新次郎

初版 1930.

2

第3版 1935.

4

5

6版 1947.

1930.6
昭和5

新纂矯正歯科学

榎本美彦

第1版 1930.
第3版 1939.

『歯科学叢書』第10編
新纂矯正齒科學 歯科学報社 昭和5.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1051085
1930.7
昭和5
齒の常識と衛生佐藤運雄
中小学校の教員向けに口腔衛生のことを書いたとある.

歯列不正の矯正の項(p.207-211)には,学童の齒牙検査の必要性,学校歯科の大なる使命について書いてある.



佐藤運雄 著
『歯の常識と衛生』 歯苑社 昭和5.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1050752


1931

昭和6

歯科醫學史

川上為次郎

 

A History of Dentistry. From the most ancient times until the end of the eighteenth century.

by Vincenzo Guerini 1909. を編修纂輯したものである.

最終章「日本に於ける歯科医学の発展」は川上が加筆した.

 

日本矯正歯科学会 発足.

1934
昭和9
日本齒科醫學史山田平太
山田平太 著

『日本齒科醫學史』
日本齒科文化史刊行會,1934.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1082360

1935.1
昭和10
最新
歯科學大辞典
歯科矯正の部

高橋新次郎
斎藤 久
岡田 滿


小磯東吾 編

『最新歯科学大辞典』 坂東三弘社 昭和10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1049471


  矯正歯科学

 1935_最新歯科學大辞典_矯正歯科学

他に以下の記載項目がある:
  矯正歯科診査法(岡田 滿)

  矯正歯科用具(高橋新次郎)
  矯正手術(高橋新次郎)
  矯正手術と年齢(高橋新次郎,斎藤久)
  矯正手術前の口腔診査(高橋新次郎)
  模型に依る診査並に不正咬合の診断法

  歯列不正矯正装置
  歯列不正矯正装置の目標の確定と手術方針の決定
  歯列矯正保定法
  

1935
昭和10
歯科矯正學要義大庭淳一
大庭淳一 著

『歯科矯正学要義』
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1049689

1935

昭和10

-

-

Applied orthodontics : an introductory text for students and practitioners of dentistry / by James David McCoy. 4th ed. 1935.

Applied orthodontics / by James David McCoy. 6th ed. 1946

1935
昭和10
歯列矯正治療の話松本茂暉 述
松本茂暉 述

『歯列矯正治療の話 : 健康及び美貌となる近道』
大日本矯正歯科学研究会
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1093539

1939
昭和14

11月29日
下顎変形症
Kostecka法手術
を我が国で初めて行った
中村平蔵

わが国における顎矯正手術の歴史.
日顎変形誌 14(3)153-169, 2004.


1940.10

昭和15

歯科医事衛生史 前巻


歯科医事衛生史 後巻
-

『歯科医事衛生史』 前巻 日本歯科医師会 1940.10.

 国立国会図書館デジタルコレクション

 https://dl.ndl.go.jp/pid/1873627 

『歯科医事衛生史』 後巻 日本歯科医師会 1958.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2426897

1940.12

昭和15

齒科醫史

山崎 清

山崎清 著

『歯科医史』 金原商店 昭15

 国立国会図書館デジタルコレクション

 https://dl.ndl.go.jp/pid/1071688 

1940.12

昭和15

矯正の常識高橋新次郎高橋新次郎 著
『矯正の常識』 臨牀歯科社 昭和15.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1100236

1943

昭和18

-

Salzmann

Salzmann J. A.

1900-1992

Principles and Practice of Public Health Dentistry / by J. A. Salzmann. 1937.

Manual for dental technicians: with a supplement on acrylics / by J. A. Salzmann. 1938.

 

Principles of orthodontics / by J.A. Salzmann. 1943.

Principles of orthodontics/ by J.A. Salzmann. 1950. 2nd ed.

     1. Orthodontics in Preventive Dentistry and Public Health

     2. Orthodontics and Prophylactic Orthodontics

Salzman INDEX:

ORTHODONTICS AS A PUBLIC HEALTH ACTIVITY.

by SALZMANN, J.A.  Am J Orthod, 35(3): 179-84. 1949.

Orthodontics: Principles and Prevention / J.A. Salzmann. 1957.

Orthodontics: Practice and Technics / by J. A. Salzmann. 1957.

Practice of Orthodontics / by J. A. Salzmann. 1957.

Practice of Orthodontics - 2 Volume Set w/Slip Case. 1966.

 Contents - Volume One

   1. Orthodontics, Dentistry and Public Health

            Scope of Orthodontics

            Historical

            Orthodontics as a Specialty

            Preventive Orthodontics

            Orthodontics in Public Health

Orthodontics in daily practice / 著者:Jacob Amos Salzmann 1974.

 

Salzmann の教科書は,戦時中(1943)に出版された.歯科矯正学の教科書としてヨーロッパ,北米,南米,世界中の大学で広く使用されたが,戦時中の日本にはほとんど入っておらず,図書検索 WorldCat でも見当たらない.Salzmann は公衆衛生概念(社会福祉)からの 歯科矯正医療 の必要性を提唱し,米国公衆衛生局顧問をつとめ,マウントサイナイ病院の口蓋裂クリニック創設者であった.早くから歯科矯正を顔面障害と捉え,公衆衛生の視座(公平な医療資源の配分)の必要性を提唱した.このことは,第二次大戦後 1947年に多くの先進諸国において,口唇裂口蓋裂患者への公的医療保障適用されたが,35年後の口蓋裂患者家族の悲惨な事件をきっかけとして,やっと社会保障に適用(1982)されたこと.現在に至るまで,諸外国における歯科矯正の社会的受容,社会保障範囲の違いを見ても,わが国の重篤な歯列不正による顔面障害や精神的・社会的障害は健康概念から逸脱され,多くの子どもたちの健康で文化的な生活から除外され保障がなされていない現状からよくわかる.わが国の歯科矯正医療は,欧米におけるその概念,社会適用状況とは半世紀の相違がある異質なものである.現在の日本の子どもたちの社会問題として,不平等な歯科矯正医療へのアクセス現状は,過去の欧米諸国がたどってきた道をできるだけ早くたどることを望みたい.日本の不登校の児童生徒には,家庭の経済的事情で歯列矯正を受けることができないことが原因となっていることも報告されている.Salzmann氏の功績は以下の記事からもよくわかる.

【New York Times の追悼記事】
 サルツマン博士は、子供の早期歯科治療と矯正歯科治療、歯科と矯正歯科を公衆衛生プログラムに組み込むこと、そして貧しい人々にも検査と治療を受けられるようにすることの率直な提唱者であった.1920年代から1930年代にかけて,大恐慌のさなかに彼がこのような活動を始めたとき,ほとんどの人々にとって歯科治療は贅沢品であった.1945年には,診察した学童の90%が歯の問題を抱えていたが,治療を受けた者はほとんどいなかったという.サルツマン博士は,アメリカ矯正歯科医協会とアメリカ矯正歯科学会の元会長であった.

 

Special article| Volume 128, ISSUE 2, P252-257, August 2005

Orthodontics i 3 millennia. Chapter 4: The professionalization of orthodontics (concluded) / by Norman Wahl

DOI:https://doi.org/10.1016/j.ajodo.2005.06.001

 

1880年代は,アメリカの歯科矯正学の巨匠; KingsleyFarrarGuilfordTalbot が出版.Kingsley の "Treatise on Oral Deformities" は,それまでの歯科矯正学に関する最も完全な著作だった.

20世紀初頭には,CaseLischerDeweyMcCoyStrang が歯科矯正に関する文献増加に貢献したが,それぞれが自分の好むテクニックを強調した.

1943年になり,Salzmann が,歯科矯正に関わる幅広い問題を,包括的にカバーする初の「中立的」な概説書を出版した.進化,発生学,体格と顔の成長,生物学的年齢,歯列の発達,歯の形成と萌出などが含まれていた.

 

J. A. Salzmann (1900-1992) は,1906年にロシアからアメリカに渡り,1931年から1933年までマーティン・デューイの下でトレーニングを受けた.サルツマンは,その長く充実したキャリアの中で,マウント・サイナイ・メディカル・センターに口蓋裂クリニックを設立し,米国初の無料歯科プログラム(ニューヨーク市)を設立し,米国公衆衛生局の顧問を務め,不正咬合のサルツマン指数の開発に貢献したことで知られている.彼は New York Journal of Dentistry26年間編集し,American Journal of OrthodonticsReviews and Abstracts 編集者を41年間務めた.11冊の著書の1つである矯正歯科の実践(1966年)は世界的な称賛を浴びた.

 

 Public Health の視座

 1. 目前の診察治療での規範:
 2. 組織(診療所・病院)での規範:
 3. 社会全体や国家でなすべき範:
  ・健康は人権であるという視点.生存権 健康権 生命権 幸福追求権
  ・すべての国民に負担可能な費用で医療サービスを提供すること.
  ・過大な医療費負担によって経済的破綻に陥ることがないように国民を保護することは国家の義務であること.
  ・常に視点は低・中所得の人々におくことで,国家としての健康指標の改善が初めてなされること.
    → 歯の位置異常(身体構造の異常)社会参加への制約と健康: well-being 上の健康格差のある医療領域

 

1939
昭和14



1945

昭和20
第2次世界大戦 勃発


1941.12.8 - 太平洋戦争


終戦

歴史的な宿命 A: 世界大戦による影響:

公衆衛生に関する概念の伝来が途絶え,歯科矯正医療のあり方(社会医学)が停滞.

●Hellmanの指摘した歯科矯正学の問題点(Salzmannの教科書より 1954.)
 現在の歯科矯正は,医療サービス全般の中で明確な位置を占めている.しかし,この位置づけは,精神解剖学と生理学の領域であり,病理学の領域ではない.この点で,歯科矯正学には2つの責任がある.ひとつは,子どもの発育,健康,保護に関する後見人としての役割であり,もうひとつは,必要が生じたときに矯正処置を施す機関としての役割である.この二重の責務を果たすためには,歯列に影響を及ぼす正常な発育の特殊性に関する詳細かつ詳細で具体的な知識だけでなく,個人全体に影響を及ぼす発育の複雑な知識も不可欠です.このような知識を備えていれば、矯正歯科治療の目的は,第一に歯列の発育を監督することであり,第二に緊急事態が発生した場合のニーズに応えることである.しかし,緊急事態が発生した場合,歯列のニーズは個人の特徴的な発育の特殊性に合わせて調整されなければならない.こうして,咬合の診断が本当の意味での発育の診断になるのです.


●口唇口蓋裂など顔面障害児への医療保障:
  アメリカ 1947年 
  イギリス 1948年
  ドイツ  
  フランス
   ・
   ・
  日 本 1982年 口唇口蓋裂
       1990年 顎変形症(外科的介入のみ)


   Naoshitai_Naosenai_Social Determinabts of Oral Health in Japanese children

※学校保健統計調査:
日本の子ども(児童生徒)の歯列・咬合の異常は増加し続けている

就学前の歯列咬合の異常

小学生

中学生

高校生

1946
昭和21
WHO
健康の定義

世界保健機関WHO憲章(健康の定義):1946/7/22に61カ国の代表により署名され,1948/4/7より発効.

健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的well-beingの状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない.到達しうる最高基準の健康を享有することは,人種,宗教,政治的信念又は経済的若しくは社会的条件の差別なしに万人の有する基本的権利の一つである
1947
昭和22
日本国憲法
 施行
5月3日

基本的人権の享有(第11条),幸福追求の権利の尊重(第13条),法の下の平等の原則(第14条)が明らかにされるとともに,@すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること(第25条第1項)とされ,これを具現化するものとして,国はすべての生活部面について,社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(第25条第2項)という国の責任が明確に規定された.

1947
昭和22

我が國における

歯科矯正の現状

【終戦時の日本における歯科矯正の現状】 については,下記の書に記載されている.

 ☛ See 1950の項

Kleinの調査によると、1947年時点でのアメリカの矯正歯科専門医は1,351名に達し,全米歯科医の約2%だった.(日本では仮に50名とすると,大体全歯科医の0.2%).米国での専門医の36%は大学院で矯正学を専攻し、15%はABOの証明書をもっていた.

我が国においては,本年から新発足した歯科大学でやがては大学院を設立して矯正専門医の養成に努力すべきは論を俟たない所であった.と高橋新次郎は述べている.

  ☞ 以下参照.

Public Health Dentistry

予防矯正問題

 2章 矯正専門医の教育機関の確立

  第3章 全科医(General practitioner)は矯正治療をどう取り扱うべきか

  第4章 予防的矯正の問題

   1) 原因の探求

   2) 原因の除去

   3) 保隙装置の應用

   4) 不正咬合の早期発見

   5) 不正咬合の早期治療

  第5章 我が國における今後の歯科矯正の進むべき方向

占領下の歯科教育改革
現今に至る原点の検証
中原 泉
敗戦の余燼のなか,昭和20年9月から22年7月までの2年足らずの間,怒涛の占領下にあって,当事者はPHWとの共同作業により,ひたすら米国の歯科教育と医療体制を移植するべく奮闘した.
 その結果,歯科改革の原点となる
 (1)6年制歯科大学
 (2)歯科医学教授要綱
 (3)歯科医師国家試験
 (4)社団法人日本歯科医師会等
すべて現今に至る体制がスタートした.

出典:中原泉: 歯科医学史の検証.占領下の歯科教育改革―現今に至る原点の検証.p.35, 2022.
出版年和書名翻訳者原書 / 著者名

1947

昭和22

小歯科矯正学

岩垣 宏

 

1947
昭和22
--
歯科医師国家試験始まる

1947.10
昭和22

機能的顎矯正法:
理論と實際とその批判

高橋新次郎


高橋新次郎 著『機能的顎矯正法: 理論と実際とその批判』
歯苑社,1947.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1371882


再販(第2版) 1948.
高橋新次郎 著
『機能的顎矯正法: 理論と実際とその批判』
歯苑社,1948.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1157537

1948
昭和23
 Bernhard Wolf Weinberger
AN INTRODUCTION TO THE History of Dentistry vl. 1

AN INTRODUCTION TO THE History of Dentistry in America vol. 2

1949
昭和24
--
ORTHODONTICS AS A PUBLIC HEALTH ACTIVITY. / by SALZMANN, J.A.
Am J Orthod, 35(3): 179-84. 1949.
   See 1943.

☛ 今後の齒科教育のあり方—齒科大學教育に就いて— 高橋新次郎
     
日本歯科医師会雑誌 第2巻3号 p.1-4, 1949.
    国立国会図書館デジタルコレクション
    https://dl.ndl.go.jp/pid/3423435

   
1949.5
昭和24
最新歯科学全書
第十三巻

齒科矯正學
第4版

高橋新次郎
初 版 1949
第4版 1953

松風陶歯製造株式会社 編

『最新歯科学全書』 第13巻 永末書店,1953.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2423205

日本の歯科矯正の歴史について始めて記載している.この中で,榎本美彦氏が... とあるが,寺木定芳氏以前の「新纂齒科矯正學講義」は,佐藤運雄によるものである.1次史料としての参考文献の年代mがなく,高橋自身の記憶違いと断言できる.

歯科矯正の発達史

1949.7
昭和24
歯科學史提要川上為次郎
川上為次郎 著

『歯科学史提要』 国際出版 1949.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1160047
1950
昭和25

公衆衛生歯科業書

予防矯正問題

斎藤 久

岩垣 宏

高橋新次郎

 

本書の出版経過は不明であるが,わが国最初の小児歯科診療所院長.戦後再建された日本学校歯科医会の初代理事長.東京医科歯科大学の口腔衛生学講座の初代教授.戦後初の私立歯科大学である知学院大学歯学部の初代学部長であった岡本清纓先生が責任編者となり,1950年時点における矯正歯科と政府の公衆衛生に関する考え方・あり方をまとめたものと思われる.

☛ Salzmannの項 1943年も参照

 

Public Health Dentistry

予防矯正問題

 予防矯正論     東京歯科大学教授    斎藤 久

  不正咬合予防に對する私見

    1)歯科矯正専門家として

    2) 学校歯科医に對して望みたいこと

    3) 一般開業歯科医に對して望みたいこと

    4) 厚生省歯科衛生課に對して望みたいこと

    5) 文部省に對して望みたいこと

    6) 小学校教諭に対して望みたいこと

    7) 学校の養護教諭に協力を望むこと

    8) 日本歯科医師会又は地方歯科医師会に対して要望すること

 予防矯正の問題  日本大学教授       岩垣 宏

 予防的矯正     東京医科歯科大学教授 高橋新次郎

    第1章 我が國における歯科矯正の現状

     附 アメリカのそれとの比較

☞ この中で,高橋は,「アメリカの矯正専門医は Kleinの調査によると,1947年現在1,351名に達しているとのことである」 と記述している.

   しかし一次文献を確認すると,以下の内容であった.だいぶ誇張されているが,それだけ日本の現状に危機感を持っていたのであろう.

要旨:

 1. 米国本土には、フルタイムまたは一般歯科と併用して矯正歯科を診療していると回答した歯科医が約1,351人いる。

 2. 歯列矯正医は、アメリカにおける全歯科医のわずか2パーセントに過ぎない。

 3. 歯科矯正医は、48の州とコロンビア特別区にそれぞれ1人以上いる。 絶対数が最も少ないのはノースダコタ州(1軒)で、最も多いのはニューヨーク州(208軒)である。

 4. 歯科矯正医の集中度(人口10万人当たりの歯科矯正医数)は、カリフォルニア州とネバダ州で最も高く(2.5人)、ミシシッピ州で最も低く(0.1人)、特に州の一人当たりの所得に影響される。

 5. アメリカの矯正歯科医の半数は12の州で開業しており、その大半は東海岸と西海岸にある。

 6. 歯列矯正開業医の大部分は、単一のオフィスロケーションのみを維持しているが、約17%の開業医は、隣接する都市または隣接する州に2つ以上のオフィスロケーションを維持している。 高齢の開業医ほど、複数のオフィスを構える傾向がある。

 7. 歯科矯正医(人口10万人当たりの歯科矯正医)の集中度は、人口100万人以上の大都市で最も高く、人口1万人未満の都市では最も低い。

 8. 矯正歯科開業医の84%以上が、専門分野を独占的に診療していると回答している。

 9. 矯正歯科開業医のうち、米国矯正歯科学会の認定証を保持しているのは15%未満である。

 10. 矯正歯科開業医の約36パーセントが、大学での専門教育を受けたと回答している。

    第2章 矯正専門医の教育機関の確立

    第3章 全科医(General practitioner)は矯正治療をどう取り扱うべきか

    第4章 予防的矯正の問題

     1) 原因の探求

     2) 原因の除去

     3) 保隙装置の應用

     4) 不正咬合の早期発見

     5) 不正咬合の早期治療

    第5章 我が國における今後の歯科矯正の進むべき方向

 口腔衛生教育

  衛生教育一般論   公衆衛生院部長     滋賀 秀俊

  学校に於ける歯科衛生教育 文部省事務官  荷見秋次郎

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 岡本清纓先生について
   歯界遍歴六〇年 : 岡本清纓自叙伝 医歯薬出版,1984.6.
   国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/pid/12192746

   米欧歯科事情 医歯薬出版,1964.
   国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/pid/2504537

 


1955
昭和30
--
日本矯正歯科学会 再発足.
1956
昭和31
矯正歯科
(歯科技工全書)
滝本和男
滝本和男 著

『矯正歯科』 医歯薬出版 1956.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1376661
1956
昭和31
我が国における歯科矯正学の現状岩垣 宏

 

我が国における歯科矯正学の現状

日本歯科医師会雑誌 8(12): 338-343,1956.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/3423498

 

1960.3

昭和35

新編 歯科矯正学

高橋新次郎

1960_新編 歯科矯正学

1960.3. 第1版

高橋新次郎 著 『新編歯科矯正学』

永末書店,1960.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/1378149

1961
昭和36
新編機能的顎矯正法高橋新次郎
高橋新次郎 著

『新編機能的顎矯正法』 医歯薬出版 1961序.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1378922
1963
昭和38
--

 

矯正よもやま話

日本歯科医師会雑誌 15(12)23-36,1963

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/3423586

 

1963
昭和38
--

Handbook of Orthodontics. / by Moyer, R.E. 2nd ed. 1963.

Handbook of Orthodontics. / by Moyer, R.E. 3rd ed. 1973.

Handbook of Orthodontics. / by Moyer, R.E. 4th ed. 1988.

1963

昭和38

-

-

 

Technique and treatment with the light-wire appliances : light differential forces in clinical orthodontics [by] Joseph R. Jarabak [and] James A. Fizzell. 1963

1965
昭和40
広島大学歯学部設置  
1966
昭和41
--
Clinical Orthodontics. / by Tweed C. H. 1st ed. - 2 Volumes. 1966.

中古市場では,$2,000程度で取引されている.

1966

昭和41

歯科外科的矯正の臨床

山根稔夫

 

A Clinic of Surgical Orthodontics. 1966.

1968
昭和43
広島大学歯学部
歯科矯正学教室
開講
 
4月1日に山内和夫先生が大阪大学より広島の地へ赴任,広島大学歯学部歯科矯正学教室の歴史が始まった.1か月後に山野智要之亮先生,その後河底晴一先生,松田征雄先生がご入局された.
その当時に撮影された最高の写真.同門会誌から拝借したが,矯正学教室にふさわしい未来を象徴する50年前のベストスマイルショットである.

当時の歯科矯正の料金:
歯科矯正の料金_昭和43


1971

昭和46

 現代歯科矯正学

(上巻)

現代歯科矯正学

概念と技術

(下巻) 

三浦不二夫

井上直彦

大坪淳造

共訳

 

Current Orthodontic Concepts and Techniques: Volume 1 / by Graber T.M. 1969.

T.M.グレーバー 編 ほか

『現代歯科矯正学 : -概念と技術-』 上巻 医歯薬出版 1971.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/12666337

Current Orthodontic Concepts and Techniques: Volume 2 / by Graber T.M. 1969.

T.M.グレーバー 編 ほか

『現代歯科矯正学 : -概念と技術-』 下巻 医歯薬出版 1971.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/12666343

 

Current Orthodontic Concepts and Techniques: v. 1 / by Graber T.M., 2nd ed. 1975.

Current Orthodontic Concepts and Techniques: v. 2 / by Graber T.M., 2nd ed. 1975.

1972The six keys
 to normal occlusion
Lawrence F. Andrews
The six keys to normal occlusion.
American Journal of Orthodontics 62: 296- 309

1972

昭和47

ライトワイヤ―テクニック

三浦不二夫

井上直彦

共著

 

 

三浦不二夫, 井上直彦 共著

『ライトワイヤーテクニック』 医歯薬出版 1972.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/12666279

 

2nd ed. 1983.

 

 

1972

昭和47

歯科矯正学
最近の進歩
-
編集: 井上直彦, 黒田敬之, 布田栄作

『歯科矯正最近の進歩』 医歯薬出版 1972.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12680892

1974-

昭和49

歯科矯正学

※1974年初版.

3版以降→

編集者/著者らが交代され継続.日本の代表的教科書.

 

☛ 版が変わると歴史記述が大きく変わる. ☞ 別項参照.

榎 恵

 

歯科矯正学 1 1974.

 

歯科矯正学 2 1979.

 

歯科矯正学 3 1991. 飯塚哲夫ら 編集

 

歯科矯正学 4 2001. 葛西一貴ら 編集

 

歯科矯正学 5 2009. 相馬邦道ら 編集

 

歯科矯正学 6 2019. 飯田順一郎ら 編集

 

歯科矯正学 7 2024. 後藤滋巳ら 編集

 

1975
昭和50
新編 歯科医学概論正木 正

 

1965年: 「歯科医学概論序説(11)」 を日本歯科評論に連載.

この連載を,成書としてまとめて「歯科医学概論」として出版した.

1969年: 「歯科医学概論」 出版.
1975年: 「新編歯科医学概論」 出版社変更のため 第1版.

 

【注】 「新編歯科医学概論」の p.220に,「歯科矯正学という用語は明治32(1899)年に青山松次郎が歯科矯正学を山歯科学院講義録のなかに書いたのが最初である」 との一文がある.しかし,日本歯科評論の連載文には,この一文の記述がなく,成書出版の段階で加筆された.この一文は,史実では明らかに間違いであるが,残念なことに,この一文を根拠として引用する論文が後を立たない.本書は絶版になっており,古書としての入手も困難であることから,一次史料を自分で確認しない研究者が多くいるのである.こうして拡散した偽情報を訂正するのは難しくなり,間違った歴史が広がっている.

 

1976.1
昭和51

反対咬合
その基礎と臨床

滝本和男

須佐見隆三

中後忠男


編集: 須佐見隆三, 中後忠男
『反対咬合 : その基礎と臨床』 医歯薬出版 1976.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12666362

臨床 反対咬合.
1997.4.
1976
昭和51
歯科矯正学ハンドブック
第3版
三浦不二夫
監訳

入江通暢[等]

モイヤース 著

『歯科矯正学ハンドブック』 医歯薬出版 1976.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12666925

1st ed. 1958

2nd ed. 1963.

Handbook of orthodontics for the student and general practitioner. / by Robert E. Moyers. 3rd ed. 1973.

1976

昭和51

グレーバー歯科矯正学

理論と実際

上・下

中後忠男

 

Orthodontics. Principles and Practice. / by T. M. Graber 3rd ed. 1972.

1977.1
昭和52
谷間の口がい裂児
この子らに健保を
毎日新聞北海道発行所報道部 編
谷間の口がい裂児 この子らに健保を
毎日新聞北海道発行所報道部 編
『谷間の口がい裂児 : この子らに健保を』
毎日新聞社 1977.1.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12667560

76回国会 衆議院 社会労働委員会 第1号 昭和501111 兎唇口蓋裂に対する保険拡大に関する請願(第1497号)

82回国会 参議院 社会労働委員会 第2号 昭和521025 口唇裂・口蓋裂児の医療に関する件


☛ 口唇口蓋裂など顔面障害患者への公的医療保障は,アメリカでは 1947年から,イギリスでは 1948年から,欧米諸国では,歯科矯正医療は健康上の問題として,WHOの健康の定義に沿って医学的に必要な医療として普及してきた.日本では 1982年 に口唇口蓋裂,1990年に 顎変形症(外科的介入を行う場合のみ)が保険適用とされたが,歯科矯正学の医療としての社会適用は,欧米諸国とは40ほどの遅れがある.

5年後の1982年に,口唇口蓋裂患者の歯列矯正は保険適用となった.


☛ 日本の 公的医療保障適用の経過と社会背景



1977
昭和52
--
日本矯正歯科学会50周年記念特集号

座談会−創設期を振り返って−
日矯歯誌 第36巻第3号: 245-260, 1977.

1951.9.20に行われた座談会の記録の中に,Salzmann氏が来日され講演されたことが書かれている.
1977
昭和52
Atlas歯列の成長福原達郎


Frans P.G.M. van der Linden, Herman S.Duterloo 著

『Atlas歯列の成長』 医歯薬出版 1977.5.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12661511

1978

昭和53

歯科矯正学実習書

実習総論
-
技術を中心とした治療学の進歩は,不正咬合の治療効果を高め,治療に伴う歯根吸収などの障害を避け,術後の安定を一層確実にするための努力の表現であって,このこと自体,非難されるべきではない.しかし,一方では,技術的進歩のみが独走して,そのあとにかずかずの矛盾が残されたという面がないとはいえない.とくに,歯科矯正学の学問体系に関する総論的な考察が遅れ,矯正治療の意義と目的とは,ともすれば不明瞭となり,このため歯科矯正学は,学生諸君からも,そしてときには矯正専門医からも,あたかも美容整形技術の一部であるかのように受け取られる結果を招いている.歯科矯正学は,現在,もう一度そのあり方について考える時期に来ているといえる.そして,学問の進歩とともに,また時代の流れと社会の変化とともに,常に考え続けるものでなければならない

1979.2
昭和54
アトラス
歯科矯正学の基本理論
三谷英夫


Raymond C.Thurow 著 ほか

『アトラス歯科矯正学の基本理論』 書林,1979.2.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12682077

Atlas of Orthodontic principles.
by Raymond C Thurow
Hardcover 231 pages, Mosby.
1st ed. January 1, 1970
2nd ed. 1977.

1978

昭和53

1980

昭和55

シュルツェの歯科矯正学

[第1巻]

[シュルツの歯科矯正学

[第2巻]

山内和夫

 

Lehrbuch der Kieferorthopädie. Band 1. / by Christian Schulze. 1975.

Christian Schulze 著

『シュルツェの歯科矯正学』 第1巻 クインテッセンス出版

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/12667041

 

Lehrbuch der Kieferorthopädie. Band 2. Die Kieferorthopädische Behandlung mit abnehmbaren Geräten einschließlich der sogenannten Extraktionstherapie und Rezidiv Verhütung. / by Schulze, Christian. 1981.

Christian Schulze 著

『シュルツェの歯科矯正学』 第2巻 クインテッセンス出版,1980.8.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/12667022

 

Lehrbuch der Kieferorthopädie. Band 3: Die normale und abnorme Gebiss Entwicklung. / by Schulze, Christian.

1981.2

昭和56

上顎前突

その基礎と臨床

滝本和男

山内和夫

作田 守


山内和夫, 作田守 編集

『上顎前突 : その基礎と臨床』 医歯薬出版,1981.2.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12667064

1981.9

昭和56

叢生

その基礎と臨床

滝本和男

松本光夫

中川皓文


松本光生, 中川皓文 編集

『叢生 : その基礎と臨床』 医歯薬出版 1981.10.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12667016
1982
昭和57
--
口唇口蓋裂の公的医療保障

1984
昭和59
可撤式矯正装置の臨床中後忠男
T. J. 青葉
松本光生
出口敏雄
吉田建美
浅井保彦


T.M.グレーバー, B.ノイマン 著
『可撤式矯正装置の臨床』 医歯薬出版 1984.8.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12660217

第5章 機能的顎矯正装置—その概念と変遷—


Removable orthodontic appliances
T. M. Graber, Bedrich Neumann

1985

昭和60

|

2023

令和5

-

-

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, T. M. 1st ed. 1985.

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, T. M. 2nd ed. 1994.

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, T. M. 3rd ed. 2000.

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, T. M. 4th ed. 2005.

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, Lee W., Vanarsdall, Robert L., Jr., Vig, Katherine W. L. 5th ed. 2012.

 

Orthodontics: current principles and techniques. / by Graber, Lee W., Vanarsdall, Robert L., Jr., Vig, Katherine W. L., Huang, Greg J. 6th ed. 2017.

 

Orthodontics: Current Principles and Techniques. / by Graber, Lee W., Vig, Katherine W. L., Huang, Greg J., Fleming, Pádraig 7th ed. 2023.

1989

平成元年

プロフィトの

現代歯科矯正学

作田 守

高田健治

 

Contemporary Orthodontics. / by Proffit W. R. 1986.

ウィリアム・R.プロフィト 著 ほか

『プロフィトの現代歯科矯正学』 クインテッセンス出版 1989.12.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/13635276

1990
平成2
--
顎変形症の公的医療保障が開始される.

1992

平成4

歯学生のための

歯科矯正学

山内和夫

作田 守

山内和夫, 作田守 編

『歯学生のための歯科矯正学』 医歯薬出版 1992.8.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/13614982

1994
平成6
--
子ども権利条約 に批准・発効

24条 締約国は,到達可能な最高水準の健康を享受すること並びに病気の治療及び健康の回復のための便宜を与えられることについての児童の権利を認め,いかなる児童もこのような保健サービスを利用する権利が奪われないことを確保するために努力する.基礎的な保健の発展に重点を置いて必要な医療及び保健をすべての児童に提供する.児童の健康を害するような伝統的な慣行を廃止するため,効果的かつ適当なすべての措置をとる.


1995
平成7
歯科矯正学入門福原達郎
福原達郎 著

『歯科矯正学入門』 医歯薬出版 1995.1.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/13615044
1995
平成7
--
学校健康診断に 「歯列・咬合の異常」 の項目が追加

2003日本の
歯科矯正学の歴史

(T)

(II)

(III)

(IV)
鈴木祥井
石川富士郎
大野伴粛英

花田晃治 「日本の矯正歯科学の歴史」 掲載にあたって
日本矯正歯科学会雑誌』 62(2).
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/10631625

鈴木祥井,石川富士郎,大野伴粛英 日本の矯正歯科学の歴史(T)
 序.Orthod Waves 62(2): 75-95, 2003.


 ☞ 本論文内における史料批判として,誤引用の箇所があるので以下に記載した.

   鈴木らの論文

鈴木祥井 ほか 「日本の矯正歯科学の歴史(I)」
『Orthodontic waves: 日本矯正歯科学会雑誌』 62(2)
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/10631626

 

@ 鈴木らの報告で重要な点は,「しかしその1年前(1889年),パライトの著書を翻譯した小林義直の 「齒科提要」 にすでに 「矯正」 という語がでている」 という一文である.これはすでに森山らによって詳細な報告がなされているのであるが,歯科矯正学会や歯科関係者が取り上げられることがほとんどない.こうした歴史の偏好・歪曲については,別項(歴史認識の偏りはなぜおこるのか)を参照されたい.

 

A 岩垣によると...  への史料批判として;

以下の史料を出典として,「岩垣によると... 」 という引用が今までに多くなされ,迷信となっている.

明治23年(1890)の血脇は慶応義塾を卒業して東京新報社で新聞記者をしており,佐藤運雄とともに共著出版することはありえない.血脇守之助が山齒科学院へ入学したのは明治26年であるから,岩垣の間違いである.歴史を記述する場合,本人自身が1次史料原典の確認をすべきであり,過去の他人の記述を鵜呑みにすることを地位のある人物が書いたり,話すことで事実は迷信となり歴史がゆがめられてゆく.正木,鈴木らもこうした罠にはまり,「間違った迷信」や「言い伝えの引用」によって,日本の歯科矯正の歴史に偏好が生じてしまったといえる.

 参考☞血脇守之助傳

 

岩垣によると

岩垣宏
「日本における矯正歯科史(4月例会,集談会記事)」
『歯学史研究』1 日本歯科医史学会.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11493782



鈴木祥井,石川富士郎,大野伴粛英 日本の矯正歯科学の歴史(U)
 第2章 大正デモクラシー下のわが国の矯正歯科学 Orthod Waves 62(2): 96-122, 2003.


鈴木祥井,石川富士郎,大野伴粛英 日本の矯正歯科学の歴史(V)
 第3章 日本矯正歯科学会の草創期(1926〜1936)Orthod Waves 62(5): 279-310, 2003.


石川富士郎,鈴木祥井,大野伴粛英 日本の矯正歯科学の歴史(W)—発展期から現在まで—
 日本矯正歯科学会の組織と構成 Orthod Waves 62(5): 311-331, 2003.


 歴史学は史料批判によってその精度高めていくことができる.


【広島における歯科の歴史】
 広島にて始めて西洋歯科醫術を行ない業を成した人物は,備前岡山出身の青山千代次であった.彼は山紀斎の一番弟子であり,明治17年3月に齒科開業免狀一號を得た人物である.
 兄:青山松次郎によると,「鎮台(ちんだい)」 というその地方の守備に当たる軍隊として,明治初年に各地に駐在された軍隊(1871年(明治4)に東京・大阪・鎮西(小倉)・東北(石巻)に設置。1873年に東京・仙台・名古屋・大阪・広島・熊本の6か所が加えられたが,1888年に師団と改称)の当時の鎭臺司令長官 野津道貫(のづみちつら)中将野津道貫(明治18年5月21日〜明治21年5月12日,明治21年5月14日より第五師団長)と鎮台病院長の瀬軍医監よりの勧誘に応じて広島の細工町にて開業し,治療に来る患者も多く名声も得られたが大変多くのたが,住所を1885年(明治18)12月に安芸の廣島に開業したが,翌1886年3月5日に急性肺炎のため歿すとの記事があった.(齒科醫學叢談第五號,1(5)43-46, 1986 故齒科醫青山千代次君行状).実兄の青山松次郎により行状(生前の行動や業績・履歴などを記したもの)が記述されている.
 これによると,青山千代次は元治元年三月に備前岡山に生まれ,XXXXXXXXXXXX住所は細工町であった.細工町は,現在の中区大手町一丁目の一部で,原爆投下の際の爆心地である島病院がこの町内に位置していたことで知られている.治療を求めるものは多く名声も多かったが急性肺炎に罹り歿す.猫屋町妙ヘ寺に葬られ,遺骨を分け東京谷中村に分骨」とある.
 廣島縣齒科醫師會史や廣島縣郡市齒科醫師會史には,富永省吾をもって広島における歯科医師の嚆矢とすると記述されている.史実の訂正が必要ではないかと思われる.
 広島で二番目に歯科医として富永省吾は安政4年7月10日,肥前国大村の大村藩士の家に生まれた.岩倉使節団に加わり「医制」を立案した長與専齋のもとで醫學を修め,明治10年に小幡英之助の門下に入りて齒科醫學を修め,明治13年開業試験を東京府にて受け合格した.当社は東京市京橋肴町にて開業していたが,横浜へ移り,明治17年山口病院の医員となり19年にこれを辞し,1886年(明治19)に廣島市中町で開業した.
 この青山千代次は,明治17年3月実施の歯科医術開業試験合格者第一号で,歯科医籍第1号に登録(官報明治17年11月5日号で公告)されている.そして,彼の実弟である青山松次郎が歯科矯正の歴史によく出てくる人物である.
 青山松次郎は山歯科医学院にて病理を担当していたが,鈴木らによると,この青山がはじめて「矯正歯科」なる言葉を用いたと岩垣が述べたと 「日本の矯正歯科學の歴史」で記述している.しかし,これは岩垣の間違いである.

【広島における歯科矯正の歴史】:
1913年(大正2)の学校案内:「齒科醫師遊學案内(北村宗一編,豊文堂,大正弐年)」,それぞれの歯科医学校は,夜間授業で午後6時から10時まで,週15時間程度と書かれている.修行年限は2年から3年であった.醫術開業齒科試験の必修科目である解剖学,生理学,薬物学,病理学,口腔外科學,歯科治療学,歯科技工学などの他に,広島歯科医学校では,矯正齒科學も講義されていた.受持講師は 山瀬 優 であった.広島齒科醫学校 矯正歯科學 山瀬勝
山瀬 勝 氏について検索を続けていると,中国新聞ならびに歯科医師会会史に記録が残されていた.昭和7年より広島市歯科医師会会長を務められた方であったが,あの1945(昭和20)年8月6日の朝,元柳町(現在の平和公園内)のオフィスで診療準備を行っていたところで原爆投下にあったことが記録されていた.中国新聞社の死没者名簿より引用しご冥福をお祈りいたします.
 広島歯科医学校は,その他の教員もほとんどが死亡したため自然廃校になった.広島における矯正歯科学の講義は,佐藤もしくは寺木の教科書が用いられたと思われる.
 その後,これらの医学校や歯科医学校は,専門学校令によって歯科医学専門学校にまとめられ,新制大学へと移行する.
 1958年(昭和34)11月23日には,高橋新次郎の元で歯科矯正学を習得し,倉敷中央病院歯科にて矯正歯科治療を行っていた對木桂次を会長として 「中・四国矯正歯科学会」 が創立された.
 中・四国地域にはまだ新制大学の歯学部はなかった.当時の對木の回顧録による,当日は 100名程度の開業歯科医師が出席し学会がスタートしたとのことである.おそらく廣島齒科醫学校出身の歯科医師も多くおられたのではないかと思う.

2004

平成16

新版

プロフィトの

現代歯科矯正学

高田健治

 

Contemporary Orthodontics. / by Proffit W. R., Fields H. W. Jr., 2nd ed. 1992.

 

【 新版として2004年に日本で出版されたものは,1999年の第3版を原書としている 】

 

Contemporary Orthodontics. / by Sarver, David M., Proffit, William R., Fields, Henry W., Jr. 3rd ed. 1999.

 

4th ed. 2007

 

5th ed. 2013

 

Contemporary Orthodontics. / by Proffit, William R., Fields, Henry W., Jr., Larson, B.E., 6th ed. 2018

 

Contemporary Orthodontics, 6e: South Asia Ed. by William R. Proffit, Henry Fields, Brent Larson, David M. Sarver. 6th Ed. 2019



Contemporary Orthodontics. 7th Edition 2025.

Contemporary Orthodontics. 7th ed. 2025

Fields, H., Larson, B., Sarver, D. M., Proffit, W. R.
Contemporary Orthodontics, 7th Edition.
Mosby; 2025-03-10. Retrieved from vbk://97803239345342025-03-10.

以下より,電子書籍として購入できる.
Contemporary Orthodontics: 7th edition | Henry Fields | ISBN: 9780323930710 | Elsevier Japan Bookstore


※ 米国における歯科矯正の受診率についての健康格差(人種,所得)について,第6版から記載されている.
日本では,「アメリカでは保険がきかない」,「アメリカ人は矯正するのは当たり前」,といったフェイク(偽)情報が多い.




2008.5歯科矯正学専門用語集
Glossary of Orthodontic Terms 2008
日本矯正歯科学会

2010.9高田の
歯科矯正の学び方
わかる理論・治す技術
高田健治
Part 1 歯科矯正学とその目標
 Chapter 1 歯科矯正学の歴史

    わが国における矯正歯科の黎明期 >> 以下原文のまま.

 わが国の矯正歯科の事情については,鈴木ら11が詳しく記している.以下,彼らの論文より要約引用すると,わが国で初めて咬合異常に関する言及が見られるのは,山紀齋(1850-1933)が1881年(明治14年)に著した『保齒新論』である.その前年には,アメリカで Kingsley が前記した "Treatise on Oral Deformities" を上梓している.山の執筆した 『山齒科學院講義録』 には,青山松次(1867-1945)によって,「齒科矯正學」 という用語が初めて用いられたことが記録されている.山が学術活動を開始してわずか11年後,榎本積一によりわが国で最初の咬合異常の治験例が報告されている.近代医学の習得にいそしむ明治人の面目躍如といえよう.

 

歴史認識に関する疑問点(史料批判)を以下に挙げた.

@ 咬合異常:保齒新論では irregularity of the teeth の域であり,咬合異常 mal-occlusin の概念はあったのだろうか
A 正しい論文 treatise の名前は,"A Treatise on Oral Deformities as a Branch of Mechanical Surgery".
B 山の執筆した:青山松次郎が講演,本間仁次郎が筆記
C 青山松次:正しくは青山松次郎.
D 鈴木らの論文... への史料批判として; 以下に記載した.

 

   鈴木らの論文

鈴木祥井 ほか 「日本の矯正歯科学の歴史(I)」
『Orthodontic waves: 日本矯正歯科学会雑誌』 62(2)
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/10631626

 鈴木らの報告で重要な点は,「しかしその1年前(1889年),パライトの著書を翻譯した小林義直の 「齒科提要」 にすでに 「矯正」 という語がでている」 という一文である.これはすでに森山らによって詳細な報告がなされているのであるが,歯科矯正学会や歯科関係者が取り上げられることがほとんどない.こうした歴史の偏好・歪曲については,別項(歴史認識の偏りはなぜおこるのか)を参照されたい.

 

E 岩垣によると...  への史料批判として;

 以下の史料から,「岩垣によると... 」 という引用が多くなされ,迷信となっている.明治23年(1890)の血脇は慶応義塾を卒業して東京新報社で新聞記者をしており,佐藤運雄とともに共著出版することはありえない.血脇守之助が山齒科学院へ入学したのは明治26年であるから,岩垣の間違いである.歴史を記述する場合,本人自身が1次史料原典の確認をすべきであり,過去の他人の記述を鵜呑みにすることを地位のある人物が書いたり,話すことで事実は迷信となり歴史がゆがめられてゆく.正木,鈴木らもこうした罠にはまり,「間違った迷信」や「言い伝えの引用」によって,日本の歯科矯正の歴史に偏好が生じてしまったといえる.

  参考☞血脇守之助傳

 

  岩垣によると

岩垣宏
「日本における矯正歯科史(4月例会,集談会記事)」
『歯学史研究』1 日本歯科医史学会.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/11493782

 

F わが国で最初の咬合異常の治験例:榎本関一の演説(講演)は,亂排齒(現在の用語でいうと,上顎右側の犬歯唇側転位,側切歯の口蓋側転位といった前歯部叢生)に加えて,同側の第一大臼歯の重度う蝕の症例であった.これを第一大臼歯を抜歯し,小臼歯を遠心移動して叢生の改善を行ったようである.当時はまだ咬合異常(上下の齒の咬み合わせ)に対する概念はなかった.

『歯科研究会月報』(23) [歯科研究会] 1892-11.

国立国会図書館デジタルコレクション

https://dl.ndl.go.jp/pid/1506962

 

【まとめ】 原典史料から,正確な記述を行うとすれば,以下のようになるのではないだろうか.

 この明治期においては,1906年に(旧)歯科医師法が定められ,矯正歯科学の講義が文部省令にって課せられるようになった.当時の歯科矯正に関する教科書は,小林義直の「歯科提要」,山紀齋の「保齒新論」ぐらいしかなかった.(青山松次郎の回想に記載されているので参照ください) このため学院では学生たちの便宜を図るため,講義内容を記録し,配布販売を行っていた.矯正歯科學の講義を担当した青山松次郎は,いろいろな海外の書物を種本として,かいつまんで講義をした.これを筆記者がまとめ 「山齒科醫學院講義録」 とした.その 「齒科一班」 の中には,歯の不整に関して述べた部分がある.

 鈴木らは,この中に(現代の)歯科矯正学に該当する部分があり,これを青山松次郎が執筆していると書いている.これが誤解を生んでいるようである.青山松次郎が講演(授業)したものを,筆記者がまとめて講義録としたのであり,山紀齋の著というわけでもない.講義録の中には,「歯科矯正學」という用語もなく,その中では 「矯正」 という言葉が用いられているだけである.現代の歯科矯正学にあたる内容であったことが,歯科矯正学と書かれていると誤解されることがあるようである.

 重要な点は,この講義録の刊行1年前に,小林義直譯述の 「歯科提要」 において,orthodontishe behandlung が 「歯列矯正術」 と翻譯されている.ということ.1次史料からも確認できた.

☞ 関連する部分:1次史料からの検証:を参照ください

 

2016FDI-
口腔の健康の新しい定義

口腔の健康は多面的な概念であり、痛み、不快感、頭蓋顎顔面複合体の疾患がなく、自信を持って話し、微笑み、嗅覚、味、触覚、咀嚼、嚥下、そして表情を通して様々な感情を伝える能力を含みます。口腔の健康は、生活の質を高めるために不可欠な生理的、社会的、心理的特性を反映しています。

2019FDI-

口腔の健康と歯科矯正の再定義.

必要な歯科矯正への財政援助を提言

https://www.fdiworlddental.org/malocclusion-orthodontics-and-oral-health

各国は,必要な歯列・咬合の異常に対して,国民への財政的援助

定義
不正咬合(ふせいこうごう): 正常と認められる範囲を超えた歯列の不正または歯列弓の不正な関係4。

歯列矯正治療必要度指数(IOTN):
歯の健康上の理由で、英国国民保健サービス(NHS)の歯列矯正治療を受ける18歳未満の子供の必要性と適格性を評価するために使用される評価システムで、特に口腔の健康に影響を与え、美容的ではない不正咬合の問題を特定するために設計されている。

歯科審美指数(DAI):
10の咬合特性を評価する指数で、不正咬合の重症度を4段階に分類している: 「治療の必要なしまたは軽度、選択的治療、治療が非常に望ましい、治療が必須」6。

原則
不正咬合を審美的な問題としてのみとらえるのではなく、矯正治療を行うことにより、口腔疾患の予防と進行を阻止し、生活の質を向上させることができる。
 ☛ 日本の厚生労働省の見解とは逆であり,日本の歯科会の2040年までのロードマップには,「歯科矯正」 という言葉さえない.
    日本はFDIを脱退したのかもしれない.
 ☛ 最近の歯科矯正学の教科書には,歯科矯正の目的に,QoLが明記されるようになった.これは憲法(健康で文化的な生活)を保障するという視座から,日本の歯科矯正のあり方,公平な医療についての議論をする場,患者も参加できるような場での歯科矯正専門医たちの意識改革が必要であろう.

方針
歯科矯正学は歯科医学の不可欠な一部であるため、FDIは以下の声明を支持する:

@ 不正咬合と歯周炎やう蝕、歯の外傷性損傷や気道閉塞の可能性など、不正咬合と口腔および全身の健康の相互関係は、歯科教育で教えるべきである。
A 臨床検査とレントゲン検査に基づく適切な診断の後、歯科医師は、衛生上の問題が歯の早期喪失を引き起こす可能性があるような重度の不正咬合や、機能および/または審美性が著しく損なわれるような不正咬合の影響について、患者に適切に伝えるべきである。
B 歯科医師/歯科矯正医は、歯歴や病歴、患者の行動的、心理的、解剖学的、発達的、生理学的制限を考慮し、不正咬合の治療と予後に影響を及ぼす可能性がある。
C 歯列矯正治療は、歯列矯正専門医または有資格歯科医師(適切な歯列矯正教育を受け、適切なトレーニングを受けた歯科医師)の全責任の下で監督されなければならないことを一般に周知すべきである。
D 「自分で行う」または「消費者に直接行う」 矯正器具の提供や、矯正歯科医または資格を有する歯科医師との直接的な交流がない場合、患者の口腔の健康に重大な悪影響を及ぼす可能性があり、積極的に予防しなければならない。
E 他の医療専門職(例えば、看護師、小児科医、言語療法士、顎顔面外科医)との緊密な協力が必要な場合があり、患者の治療結果と利益を向上させるのに役立つ。
F 公的または民間の口腔保険政策および第三者支払者は、FDIの口腔健康の定義に沿って必要な矯正治療の必要性を認め、財政的に貢献すべきである。
G 不正咬合と口腔の健康および全身の健康との関係について、さらなる研究を行うべきである。


 

 

   ■ 日本醫史學雜誌 バックナンバー

   ■ 歯学史研究

    ■ 日本歯科医史学会会誌

 

 

 

 古代ギリシャ・ローマ時代

 医局に入局したころ,ある論文の引用元を調べていると,孫引き引用といいますか引用先文献に書いていないことや,解釈の違いに遭遇すことがありました.今思うと史料と資料,あるいは1次史料と2次史料の違いなのですが,これらの区別ができなければ研究者とはいえません.

 成書4)によると,顔面の変形の中で歯の叢生について最初に記述した人物は,古代ギリシャの医者ヒポクラテスHippocrates, BC460377)とのことです.しかし,その文章は,”Among individuals whose heads are elongated, some have a big neck and strong members and bones; others have an arched palate, teeth arranged in an irregular fashion, topsy-turvy, and they suffer from headache and otorrhea.(英訳)と記述され5),残念ながら二千年前,僕自身で実際の実物出典6)を確認できませんでした.歯が凸凹しているという記述でのみです.世界中に実際にこれを確認した人はいるのか不明です.定説というのは時として史実ではないこともあります.

 治療法を最初に記述したのは古代ローマの学者ケルススAulus Cornelius Celsus, BC25AD50)でした.現存するケルススの著書「De Medicina(邦訳:医学論)全8巻」は,アレクサンドリア図書館の喪失によって一部消失したとのことですが,古代ローマ医学を知る貴重な資料です.ケルススの研究者によると,彼の病気の治療に対する原則は,「健常な体の動きをよく観察し,患者の体がそこから外れていれば矯正する」というものであり,「De Medicina VII」p.371には,” In children too if a second tooth is growing up before the first one has fallen out, the tooth which ought to come out must be freed all round and extracted; the tooth which has grown up in place of the former one is to be pressed upwards with a finger every day until it has reached its proper height. (ラテン語からの英訳) と記述があり,歯列から外れた永久歯は,乳歯を抜歯後に,正しい高さにもってくるように指で毎日力を加えることが述べられており,多くの成書にてこれが矯正歯科治療の初めなる記述として記載しています.継続的な力によって歯が動くことは,約二千年前から知られていました.

 当時の書物は,パピルスや羊皮紙に記録されたもので,複製するには書き写しするしかありませんでした.複製を多く作る場合は,誰か一人が書を読み,複数人がそれを聞きながら書くという手法のため,書き間違いが起こります.こうした時代に新しい知識や発見・思想を,異なる遠い地域に広く啓蒙し伝えるということには,大変な年月を要しました.このケルススの書も1478年(グーテンベルグによる活版印刷技術の発明後)になって初めて印刷されました.今日ではこうした 「古書」 のデジタル化により,いつでも誰でも自宅で読むことができます.本文にはハイパーリンクリンク処理をしていますので,ぜひ自分自身で」1次史料をご確認してください.

 

― 中世から近世のヨーロッパにおけOrthopedia(cs) / Orthodontia / 齒科矯正學

 活版印刷技術は,情報伝達のスードを速め,科学革命に貢献しました.16世紀以降のヨーロッパでは,医学・歯科学に関する多くの書籍が出版されてゆきます.フランスの Pierre Fauchard,イギリスの John Hunter,ドイツの Philipp Pfaff の三人が,近世歯科医学を開拓した三大偉人とされています.

 現代のデジタル社会では,出版業者へ pdf ファイルを送ると 3-4 日後には冊子が完成します.何百年も以前には,出版物によって新しい知識や考え方が伝達されるには,大変な時間と労力を要し,何十年や何百年もかかることが通常でした.例えば,Fauchard の書籍は,1719年から1723年に書き上られ,校正を続け,1728年に刊行され,ヨーロッパ全域で受け入れられました.しかし,当時は知識を共有するという慣習がなく,同業者からは廃業したといううわさが流されたそうです.5年後にドイツ語に翻訳され,英語に翻訳されるまでに200年を要しています.

 矯正歯科學の目的は時と共に変化し,その始まり,The irregularity of the teeth の修正は,見た目を良くすることから始まったようです.「美」.見た目を治すという目的で,指で押すという方法からはじまり,多くの先人の知恵と努力の継続とひらめきによって,様々な装置が考案され,しだいに複雑化し,咬合関係や顎発育も考慮され,他の医療分野とも連携する分野となってきたようです.基本的人権としての健康で文化的な生活は,病気であるかどうかというだけでなく,社会的にも精神的にも満足されたものであることは,もうずっと以前より世界的な常識となっています.誰でもっひっ.健康で

 

 フランス

 はじめて歯の移動に装置を用いたことを記述したのは,パリの歯科外科医 Pierre Fauchard(ピエール フォシャール1678-1761)でした.彼は1728年に ” Le Chirurgien Dentiste, ou Traité des dents ” を刊行し,歯科医学全般について記述しました.約300年も以前であるにもかかわらず,現在読んでみても違和感がありません.1巻の27 p.309-330 には,歯並びの不正であった12才から22才までの12例ついて,これを改善したことが記述されています.各治療年や患者名も記述され,最も古い患者は第7の症例で,彼が歯科医となってすぐの1696年,22才の家具屋さんの犬歯を抜いて切歯の位置異常を改善したと記述されています.本が出版される30年前の施術です.

 山氏の翻譯による日本語版では,「矯正」という日本語が使用されています.原文に「矯正」というフランス語はまだなく,dérangement des dents 歯の乱れ,mal arranges 位置異常,les dresser 正す,といったフランス語を「矯正する」といった記述をされています.Orthodontia の用語もまだ用いられていません.

 具体的な施術方法は,2TOME SECOND 8Chapitre VIII p.85-110 に驚くほど詳細に記述されています.両端に穴をあけた薄い銀板に糸を通し,それを歯にしっかりと結ぶことで,間接的な力を歯に加えていました.口蓋に転位した歯は舌側に,唇側に転位した歯は唇側に薄板を位置づけ,銀板を結紮して力を加えていました.十分なスペースがない場合は,ヤスリで歯を削る(今の IPR 処置)ことや抜歯処置を行っていました.また移動の前に,ペリカン(抜歯鉗子の原型)で歯を脱臼させることも行っていました.薄板つける固定のための糸は,2-3日に1回以上は必ず交換すべしと記述されています.弾性のある装置は未だ使われていないこと,多くの症例は一週間程度で位置が改善したと記述しておりますので,脱臼と RAP 現象を併用したコルチコトミーに近い方法であったようです.

 そして,Fauchard の支持者であった Etienne Bourdet (エチエンヌ ブルーデ1722-1789)は,1757年の書籍 ”Recherches et observations sur toutes les parties de l’art du dentiste.”の第二巻 の中でFauchard のプレートを改良し,右図のような弯曲した装置を考案しています.叢生の改善のための 「便宜抜歯」 とし て,第1小臼歯の抜歯を勧めていました.

 1741年には,Orthopedics という用語が,Nicolas Andry de Bois Regard 1658-1672)による整形外科の書籍 ”L’orthopedie” で始めて用いられました.よく整形外科の教科書にある右図はこの書籍のものです.1743年に,Robert Bunon 1707-1749)は,歯と顎骨の不調和について記述していますが,Orthodontics という用語はまだ用いられていません.まだ100年先にならないと使用されなかったようです.

 

― ドイツ

 

 

 

― 英国

 イギリスの外科医・解剖学者 John Hunter (1728-1793) は,1771年と1778年につの著 ”The natural history of the human teeth: explaining their structure, use formation, growth, and diseases, illustrated with copper-plates” と “A practical treatise on the diseases of the teeth ; intended as a supplement to the Natural history of those parts.” おいて,齒の萌出や下顎の発育に関する観察を行い,すでに リーウェイ スペース の存在や,摘出した顎関節円板(Fig.3)の矢状断における形態的特徴についての記述を行っていました.

 Hunter の弟子であった Joseph Fox (1776-1816) は,ロンドンのガイ病院で医学生に講義をしており,彼が27才の1803年には,とても長い名前の書籍ですが,”The natural history of the human teeth including a particular elucidation of the changes which take place during the second dentition, and describing the proper mode of treatment to prevent irregularities of the teeth, which is added, an account of the disease which affect children during the first dentition” を書き,この中で Hunter の観察をより発展させ,乳歯から永久歯に生え代わる過程を詳細に考察しました.

 叢生や交叉咬合の治療法や器具を図版で初めて示し,過剰歯や叢生といった不正咬合の分類も行いました.右図のように被蓋が深い場合の中切歯の牽引に際し,咬合を挙上するバイトブロックを組み込むという画期的な装置を報告しています.

 Orthodontics という用語が用いられたのはこの少し後の 1839年のことです.Jacques Lefoulon によって始めて,ギリシャ語の 「まっすぐ」 を意味する orthos” と,「歯」を意味する odontos” から創られました.

 

米国における近代矯正歯科学

 「歯科矯正学の父」 として知られ New York 大学創設者でもある Norman William Kingsly 1829-1913)は,叔父の A.W. Kingsley に学び,更にボルチモア歯科医学校を卒業しました.Dental Cosmosに公表していた口蓋裂の歯列矯正に関すいくつかの論文を1879年にまとめ,1880年に歯科矯正学書 “A Treatise on Oral Deformities as a Branch of Mechanical Surgery” として刊行しました.口唇裂口蓋裂の詳細な記述を行ったこの本は,始めての系統的な歯科矯正学の書籍であり,歯科矯正学を歯や顎骨の位置を移動させ,口腔内外の環境改善や審美性の向上や回復に貢献する歯科学の一分科として価値あるものとした,ということが歯科矯正学の父とされる理由であると多くの文献に書かれています.

 医史に関する調査研究では,1次史料,原典史料を自分自身ので読むことが最重要課題であることが 「医学の歴史」 を書かれた酒井氏によって述べられています.読者のみなさんもリンク先より原典にアクセスし,一般の歯の不正 irregurality も含め,病因,疫学,治療法や症例も交えて記述されている全21章の内容についてご覧ください.

 「近代矯正歯科学の父」,Edward Hartley Angle1855-1930)の登場により矯正歯科學は歯科医学の中の独立した一分野として確立されました.” Treatment of malocclusion of the teeth and fractures of the maxillae. Angle’s system” 1898年に刊行され, 固定式矯正装置として E-arch に始まり,Ribbon Arch Appliance1915)を経て Edgewise Appliance1925年に発表されました.これが原型となり,現在のワイヤー矯正へとつながっています.彼は現在の 米国矯正歯科医会 AAO の前身となる The Society of Orthodontists1901年に創立し,1922年には E.H. Angle Society of Orthodontists も創立しています.

 この時代のもう一人の人物,Angleと抜歯論について議論したCalvin Suveril Case (1847-1923)については 下記に文献をご参照ください.

 その後,とてもたくさんの先人の功績によって,エッジワイズシステムは,ワイヤーやブラケットという装置の特性や形状の改良といった持続的イノベーションが加えられ現在に至っています.

Orthodontics in 3 millennia.   by Norman Wah

American Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics

Chapter 1: Antiquity to the mid-19th century

Vol. 127 Issue 2p255–259 Published in issue: February 2005

Chapter 2: Entering the modern era

        Vol. 127 Issue 4 p510–515 Published in issue: April 2005

Chapter 3: The professionalization of orthodontics

Vol. 127 Issue 6, p749-753, JUNE 01, 2005

Chapter 4: The professionalization of orthodontics (concluded)

Vol. 128 Issue 2 p252–257 Published in issue: August 2005

Chapter 5: The American Board of Orthodontics, Albert Ketcham, and early 20th-century appliances

Vol. 128 Issue 4 p535–540Published in issue: October 2005

Chapter 6: More early 20th-century appliances and the extraction controversy

Vol. 128 Issue 6 p795–800Published in issue: December 2005

 Chapter 7: Facial analysis before the advent of the cephalometer

Vol. 129 Issue 2 p293–298Published in issue: February 2006

Chapter 8: The cephalometer takes its place in the orthodontic armamentarium

Vol. 129 Issue 4 p574–580 Published in issue: April 2006

Chapter 9: Functional appliances to midcentury

Vol. 129 Issue 6 p829–833 Published in issue: June 2006

Chapter 10: Midcentury retrospect

Vol. 130 Issue 2 p253–256 Published in issue: August 2006

Chapter 11: The golden age of orthodontics

Vol. 130 Issue 4 p549–553 Published in issue: October 2006

Chapter 12: Two controversies: Early treatment and occlusion

Vol. 130 Issue 6 p799–804 Published in issue: December 2006

Chapter 13: The temporomandibular joint and orthognathic surgery

Vol. 131 Issue 2 p263–267 Published in issue: February 2007

Chapter 14: Surgical adjuncts to orthodontics

Vol. 131 Issue 4 p561–565 Published in issue: April 2007

Chapter 15: Skeletal anchorage

Vol. 134 Issue 5 p707–710 Published in issue: November 2008

Chapter 16: Late 20th-century fixed appliances

Vol. 134 Issue 6 p827–830 Published in issue: December 2008